第6章 4.トテムの過去
現れたのは…、ブロンズ色の長い髪を二つ結びにした小柄な少女だった。
瞳孔が据わった灰色の透き通った瞳からはしっかりとした気丈な性格が見て取れるが、つるんとした可愛らしい童顔をしており、下手をすればフェニーチェやターニーと同じ歳ぐらいにも見える。
この彼の頭を叩いたのは彼女なのだろうが、精一杯に背筋と腕を伸ばして背伸びしないと彼の頭上には到底届かないのではなかろうか…。
「痛いな〜、何するんだよー!」
先程までの私に対する気障な態度とは打って変わって、彼は彼女の前ではまるで頼りない弟のように人が変わった。
この少女と彼は一体何者…?、そしてこの二人の関係は一体…?
「それはこっちの台詞よ!、あんた、また手当たり次第に女の子口説いてるの?」
「いや…これは運命の出会いなんだ…。だって彼女は………」
彼の言葉を遮って、少女は気疲れ気味に苦々しく笑って私に声をかけて来た。
「ごめんね…このバカが不快な思いさせて…。……それにしてもあなた随分と若いね? 審査会にやって来てるんだとは思うけど、お名前は?」
「ふふふ…、聞いて驚くなよ…この子はセンチュリオン家の令嬢様なんだ!」
少女は私の名を尋ねるが、何故だか私が口を開く前に彼が私のことを誇らしげに語った。
というか、明らかに私よりも年下のはずなのに、『随分と若いね』とはどういうことか…?
「ええっ〜、そうなのー!?」
「はい…、センチュリオン家の次女、クラリス・ディーノ・センチュリオンと申します…」
「そうなんだ、よろしく……って、あれ?、あの家って次女なんていたっけ?、長女だけだったんじゃ…」
そのあどけない顔に似合わず、唐突に痛い所を突いて来た少女に対し一瞬狼狽えるも、辛うじて動揺を抑えて私は言葉を紡ぐ。
「実は私…あの家の本当の子供ではないんです…。養女となって、正式に次女として籍を入れてもらったんです…」
「そうなんだ…答えづらいこと聞いちゃってごめんね…」
少女は私の素性が気になるようではあったが、敢えてそれを詮索しようとはしなかった。
「いいえ…気になさらないで下さい…。ところであなた方は…?」
「ああ、ごめんね、このバカのせいで紹介遅れちゃったね…。私の名前はレジッド家の長女のマリン・リーベ・レジッド。で、こっちのバカがグラベル家の長男のブリッド・ペイル・グラベル、二人とも18歳になって審査会の受験に来てるんだ。よろしくね、クラリスちゃん!」
なんと二人は、当家に並ぶ王国を代表する魔導士一族グラベル家とレジッド家の子女だった。
そんなことよりも、私がずっと年下の少女と思い込んでいた彼女ことマリンは、あろうことかフェルカよりも年上の18歳だった…。
軽率に子供扱いしなくて本当に良かったと、身体中の気力が抜けるほどに胸をなで下ろす私。
それにしても、私が違和感を感じたのは、二人の距離感である。
まるで姉弟のように気兼ねなく接し合う彼らを見て、同じ魔導士一族の名家同士はこんなにも自由に親しく交流出来るものなのかと思った。
ならば、何故私たちセンチュリオン家は彼らとは一切交流を持とうとせずに孤立しているのだろう?
王国一の魔導士一族として馴れ合いを好まない気風でもあるのだろうか…。
「あの…、お二人は随分と仲がよろしいんですね…」
「そりゃあね…レジッドとグラベル、長年の家族単位での付き合いだからねえ。まあこのバカとは完全に腐れ縁だけど…」
「おい、さっきから人のことをバカ呼ばわりして…、ちょっと失礼なんじゃないのか?」
「だったら、そう言われないように少しは節度ある振る舞いをしなさいよ! まったく…あんたのご両親、あんたのこと甘やかし過ぎだわ…」
ブリッドとマリン…、二人の戯事のようなやり取りがとても面白く…そして少し羨ましくて…、私は控えめにクスクスと笑い声を漏らした。
すると、マリンは唐突に予期もせぬことを聞いて来た。
「ところで、フェルカちゃんは元気にしてる?」
「えっ…、姉のことをご存知なんですか?」
「そりゃあ、知ってるよ。昔はよくあの屋敷に遊びに行っていたからね、私たち。リグのことも知ってるよ。まだ小さかったけど、あのヤンチャ小僧……私たちのスカートめくるわ…屋敷の森でヘビ捕まえて投げつけてくるわ…、散々な目に遭ったわ。おかげで今でもヘビがトラウマになってんだから…」
「ああ…、フェルカ嬢も麗しい…。今はどれほどまでに美しくなってるだろうか…」
「あんた、見境なさ過ぎるでしょ…」
私には全く関係ない時代の話ではあるが、その頃からリグが皆に迷惑をかけていた話を聞いて、現姉として多少の心咎めと責任を感じる。
「すみません…弟が大変なご迷惑をおかけしたみたいで…。彼は…多少マシになったとは思いますが、相変わらずです…。姉は体は病弱ですが、この頃は体調も良好で元気でやっています」
「別にクラリスちゃんが謝ることじゃないよ…。でもそうか…元気そうなら本当に良かった…」
マリンはフェルカのことを慈しむように、優しく…そして物憂げに微笑んだ。
「でも…、何故近頃は、私たち疎遠になっているんですか?」
「う、うん…それはね……」
私の質問に、突如二人の表情が暗雲の如く曇り出した。
「ご、ごめんなさい…! 何か不味いことを聞いてしまったみたいで…」
「ううん…。そうだね…あなたには言ってもいいか…。実は…トテムが原因なんだ……」
突然、トテムの名が出されて、私は思わず気構える。
「あれは私らが12歳のときだったかな…、私とブリッドとフェルカちゃんはあの屋敷で一緒に遊んでたの。元々トテムはいつも部屋で勉強していて、私たちとは一切関わりを持とうとしなかったんだけど、その日はたまたま気が立っていたのか…、それとも以前から私たちのことを疎ましく思っていたのか…。私たちが廊下を走って騒がしかったみたいで、『うるさいっ、ゴミどもが!』っていきなり部屋から飛び出て来て、私たちに向けて術を放ったのよ…」
「ええ…、そんな…」
「幸い怪我人はなくて、あなたたちのお父上が頭を下げる形で一応解決にはなったんだけどね…。トテム本人も相当な罰を受けたみたいで、彼の額の傷はその時に出来たみたい…。それでも、私たち子供の間には完全に溝が出来てしまってね…。それ以降センチュリオン邸には近付けないようになってしまったの。だから私たちの親同士なら、ちゃんと付き合いはあるよ。そもそも同じ王国に仕えているわけだしね」
「今日はトテムの奴も来ているんだよな…。あいつ僕たちの目の前にどんな顔して現れるやら…。クラリスちゃんもあいつには気を付けた方がいいよ」
まさか…、こんなところでトテムの額の傷痕の真相を聞くことになるとは思わなかった。
正直、二人の話を聞かなきゃ良かったと思った。
マリンが原因を話すきっかけを作ってしまったことを酷く後悔した。
ただでさえ、トテムに接するだけで心労が絶えないのに、彼らとこんな確執があることを聞いてしまったら余計に顔を合わせづらくなる。
そんなことをふと思案しつつ、彼らとは別れた。
少し気が塞ぎがちになりながらも、再び徘徊するように当てもなく廊下を歩いていると…、前方から高身長のスラリとした男性がやって来る。
それは……まさかのトテムだった。




