第6章 2.想いを授けるドレス
そして…、ついに審査会当日となった。
私は出発前にフェルカの部屋に呼ばれた。
「何かご用ですか?、お姉様…」
すでに緊張と不安で心の中がぎゅうぎゅうになっている私は、表情を曇らせて力なく彼女に尋ねた。
「ごめんね、忙しいところ…。実はクラリスちゃんにどうしても渡したい物があったの」
「渡したい物…?」
フェルカは頷くと、クローゼットの中から長さ1メートルぐらいの大きさの紙包みをそっと取り出し、大事そうに両手で抱えて私の元に持って来た。
「こ、これは…?」
少し戸惑いながら言葉が漏れる私を尻目に、彼女は穏やかな笑顔のままで徐に包装紙を取り除いていく。
中から出て来たのは……、純白のドレスだった。
袖と裾にレースがあしらわれ、首元には青色の細かく砕かれた宝石の粒らしきものが散りばめられているが、決して華美ではなく淑やかで品の良さが感じられる。
よく見ると、光の反射加減で純白の生地もキラキラと光り輝いていた。
「あの…お姉様…、この服は……?」
この可憐で美しいドレスに思わず目を奪われながらも、私はフェルカに尋ねた。
「このドレスはね…昔お父様が私にオーダーメイドで下さったものなの…。見た目はただの綺麗なドレスだけど、このドレスはマナタイトで作られた糸が編み込まれていて、魔術防御力を高める効果があるわ。さらに首元にちりばめられた石は魔石で、魔術の使用で疲弊した精神を癒す効果もある。私のお下がりだけど、これをクラリスちゃんにあげるわ。今日はこれを着て行きなさい」
なるほど…、生地自体まで輝いているのは金属の糸が編み込まれているからか…。
「そ、そんな大切なものをいただけません…」
私は恐縮してフェルカの申し出を固辞するが、彼女は物憂げな表情を浮かべて話を続けた。
「あのね…お父様が私にこれを下さった意図は、きっと私に将来を期待していたからなんだと思う…。そして今、お父様は私が叶えられなかった夢を、もう一人の娘であるあなたに託してるんじゃないかなって思うの。だから、これは姉である私の想いとして、妹のあなたに受け取ってもらいたい…」
物静かで柔らかなフェルカの口調とは裏腹に、彼女の瞳からは強い信念と彼女の絶対に折れそうにない意地が感じられた。
そして、その瞳に見つめられて…、私には彼女の申し出を断る言葉がこれ以上浮かばなかった。
「ありがとうございます…お姉様…」
フェルカの想いを受け継ぐように…、私は両手で丁重に彼女からドレスを受け取った。
屋敷の正門前には私とトテムを城まで送迎する馬車がすでに待機しており、家中の人々が集まる中、私たちはお義父様とフェルカ、リグ、フェニーチェの見送りを受ける。
私は早速フェルカから譲り受けたドレスを着用していた。
「お姉様、どうしたんですか、このドレス? とってもステキですぅー!」
フェニーチェは目をキラキラと輝かせて、もはや周りの景色など目に入らないかのように私だけを一心に見つめる。
「ありがとう…フェニーチェちゃん…」
「絶対に無理はなさらないでくださいね…。お姉様に何かあったらわたし…どうしたら……」
憧憬の眼差しで私を見ていたフェニーチェは一転、感極まって泣き出した。
そんな彼女を見て感傷に浸った私は、彼女をそっと抱き締める。
「大丈夫よ…必ず何事もなく戻って来るから…」
「絶対ですよ…、約束ですよ…お姉様……」
「うんっ…!」
するとリグが相変わらず空気も読めずに、横槍を入れるように口を挟む。
「心配するなって。こいつはメチャクチャ強いからさ。きっと他の奴らをメッタメッタにやっつけて来てくれるよ」
「アンタ、よくそんな無責任なこと言えるわね!」
「そりゃあ、こいつの凄さは長年付き合って来た俺がよく知ってるからな!」
「『付き合って来た』ですって!? わたしはお姉様に告白したもん! お姉様受け入れてくれたもん!」
「はあ…?、何の話ししてんだ、お前…?」
「うるさいわね! ちょっと一緒に住む時間が長いからって、調子に乗るんじゃないわよ!」
「こら、二人ともいい加減にしなさい。そろそろ出立の時間だ」
お義父様が、目の前で支離滅裂な言い争いを繰り広げる、リグとフェニーチェを窘める。
彼はフェルカのドレスを纏った私の姿を一瞥すると、一瞬、満足げな笑みを浮かべたように見えた。
出発直前、お義父様は機嫌が良さそうに穏やかな表情で淡々と私たちに告げる。
「さて、これから登城するわけだが、くれぐれも粗相がないようにな。まあ、リグではあるまいし、お前たちにその心配はしていないが…」
唐突にリグの名を出されて、私を含む、トテム以外の皆から微かな笑いが起きた。
リグ本人もこういう扱いに慣れているのか…、まるで他人事のようにケラケラと笑っている。
「トテムよ、当家の名に恥じない吉報を待っておるぞ。クラリスはそんなに固くならずとも良い。何事も経験だ。難しいことは考えずに、思い存分、普段の修練の成果を出して来なさい」
「はいっ!」
「はい」
私たちはほぼ同じタイミングで返事を返したが、ハキハキと返事をした私に対し、トテムの返事には気持ちが見えずそこはかとなく無機質に感じられた。
そしてフェルカとは、先ほど十分に彼女の想いの丈を受け取ったこともあり、この場では敢えて言葉を交わさなかった。
私を見つめる慈しみと潔さに満ちた翡翠色の瞳…、それだけで十分だった。
「行って来ます!」
こうして、私たちは馬車に乗り込んで城へと向かった。
少人数用の小型馬車の中で…、車内は私とトテムの二人きりである。
先ほど、私がリグやフェニーチェと駄弁っていて出発が少し遅れたせいもあって、彼はいつもに増して不機嫌な様子だ。
城に到着するまでおよそ40分、何とか車窓を眺めながら気を紛らわせようと試みるがそれでもとても気まずい…。
出発して、10分ほど過ぎた頃か…、トテムの方から仕掛けてきた。
「なぜこの僕が、お前みたいな奴隷の娘を連れて行かなければならないんだ…。城はお前みたいな下賎な人間が行っていい場所じゃないんだ! 大体、お前が当家にやって来たせいで、落ちこぼれのリグやフェルカの奴は調子に乗り出すわ…、分家から訳のわからん目障りな娘はやって来るわ…、無茶苦茶だ!」
トテムは憤慨を噛み殺すように話し始めたが、中盤からはそれを抑え切れず発露するように私に感情をぶつけた。
「お言葉ですがお兄様…、過去がどうあれ、今の私はセンチュリオン本家の正式な次女です。そして、今回の登城はお義父様のご意志です。それでも不服なのでしたら、今すぐ屋敷に帰って、このことをお義父様に報告致しますが? それに…、私のことはどう罵っていただこうと結構ですが、お姉様やあの子たちを侮辱するような発言はお兄様と言えど許せません!」
トテムの悪態に対し、私は堂々かつ理路整然と反論した。
「お前に『お兄様』呼ばわりされる筋合いはない…! 奴隷風情が…穢らわしい…」
私の毅然とした物言いに思わずたじろいだのか…、トテムはそう捨て台詞を吐いて苦々しい表情を浮かべたまま押し黙った。
正直、ここまで決然と言い切るのはかなりの心労だ。
口では歯に衣着せぬ物言いをしていても、心臓は緊張と怖気とでバクバクと脈を打っている。
それでも…、彼に付け入る隙を与えないよう、気丈に振る舞わなければ…。
結局、それ以降はトテムとの会話は一言もなく、ついに馬車は内堀に架けられた跳ね橋を渡って城門を潜った。




