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とある魔導士少女の物語   作者: 中国産パンダ
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第1章 7.危険な誘惑

 そうこうして、およそ1週間の陸路での旅を経て、私たちは港町ルイに到着した。

 そこで初めて、私は海というものを見た。

 それはあまりにも壮大で、視界を遮るものが一切なく、地平線は無限に続いているかのように見えた。

 海というものの存在自体は、知識としては知っていた。

 きっと、記憶を失う前に学んだのだろう。

 しかし、確かなことは言えないが、海を実際にこの目で見るのは、恐らくこれが生まれて初めてだろうと思った。

 そして港で見たのは、幾面もの壮観に張られた巨大な布がそびえ立つ、水面に浮かぶ大きな建造物…、これが船であることを私は初めて知った。

 船も知識として知っていただけだった。

 目の前に広がる広大な海を見て、私が尋常ならざる様子で目を輝かせていたからだろうか…、ご主人様は私に声を掛けた。


「海を見るのは初めてか?」


「は、はい…」


「そうか…。いいか、これから我々はあの船に乗って、この大洋のはるか彼方にある街フェルトへと向かう。これまた長い航海になるだろう…。子供には辛いかもしれんが、耐えるのだぞ」


「……あの先に、街があるのですか?、人が住んでいるのですか?」


「そうだ。……何だ、興味があるのか?」


「はい…とても…」


 私は、この大洋の遥か先に住む人々の営みに想像を膨らませて、期待に満ちた表情でご主人様の問いに答える。

 すると、彼は「そうか…」と一言呟いて、一瞬笑みを浮かべたかのように見えた。



 こうして、この港町で旅支度だけ早々に済ませて、私たち彼方先の対岸へと航海に出た。

 当面の目的地フェルトへはおよそ3週間ほどかかり、その間、私たちはこの大洋の上で生活をする。

 エクノカの街にある港から出航する船はもっと巨大で速く、船内設備も整っていて快適に船旅が出来るとのことだが、小さな港町ルイから出る船は旧式のものばかりなのだそうだ。

 実際、ご主人様が言っていた通り、船の中での生活はなかなかに過酷だった。

 食料は保存の利く味気ない乾物が主だし、水も思う存分には飲めない。

 時折、甲板に打ち上がってくる魚だけがご馳走だった。

 季節は夏に入り、さらに船は木造なので、常に船内は湿度が高く蒸し暑い。

 そんな状態なのに、入浴はできないので、皆は限られた水を使って身体を拭いていた。

 その湿度のせいで、船内のあちこちでネズミや虫が湧いており、衛生状態もあまりよろしくなかった。

 海洋を往く船の最大の敵といえば、言うまでもなく高波である。

 比較的穏やかな時期だったとはいえ、海洋に出れば船体は常に揺れている。

 そして、ごく稀にやって来る高波によって、船体は持ち上げられては落とされるような状態となり、心地の悪い浮遊感に襲われる。

 それでも、少し前まで私が経験していた苦難に比べたら、それぐらいは耐え忍ぶことが出来た。

 それに、甲板に出れば、そこには無尽蔵に広がる青い平面がある。

 北に進めば、一面雪に覆われた銀世界が広がっているのかとか…、南に進めば、年中温帯で透き通るような美しい海が広がっているのかとか…、はたまた妖精の国とか人魚の国とか小人の国とか…。

 波が穏やかな日に甲板に出て、そんな子供特有のいい加減な空想に思いを馳せるのが、何気に楽しみだった。



 長かった航海を経て…、私たちは3週間後、無事港湾都市フェルトの首都ウェルザに到着した。

 この街は、クアンペンロードで最も繁栄しているだけあって、街には5~7階ぐらいの高層の建物が立ち並び、ガノン以上に活気にあふれていた。

 そしてガノンとの比較において、街の規模や活気の差以上に気が付いたのは、街全体に治安の良さと清潔感が感じられ、決して生活が楽ではない一般庶民であっても、気高く誇りを持って生きていることだった。

 エクノカの街でよく見たような、あの奴隷商のような下衆な顔つきの大人はあまり見かけない。

 大都市らしく街並みは似ているのに、こうも中身は違うものかと子供ながらに思った。

 ご主人様と一緒に街を一通り見て回ったあと、彼に聞かれた。


「どうだ?、フェルトの街は」


「はい…とても栄えていて、それでいて人々は優しくて…、とてもいい街だと思います」


「そうだろうな…。お前がいたガノンの街とは、街並み以外は何もかも違うとは思わないか?」


「……はい…それは…」


 ご主人様の、私の思考を見透かしたかのような問いかけに、思わず私は驚いて、曖昧な返事をしてしまう。


「以前に我々ジオスとガノンは対立関係にあると言ったな」


「はい…」


「あの国はもうダメだ…。政治にせよ経済にせよ人々の意識にせよ、皆腐り切っている…。そのしわ寄せを無力な庶民が被っている。そもそも奴隷制度を認めるなどいつの時代の話なのだ? ここフェルトの権益を巡って奴らと敵対関係ではあるが、それ以上に、連中は我が王国と親交のあった王室を滅ぼした、我々の最も憎むべき存在だ…」


 常に沈着で冷厳な物言いしかして来なかったあのご主人様が、熱がこもったような口調で話しをしていたのが、とても印象的だった。

 私の様子を見て、彼はつい熱く語り過ぎたことに気付いたのか、いつもの落ち着いた口調で再度私に語りかけた。


「すまんな…、子供に聞かせる内容ではなかったな。今話したことは忘れろ。長旅で疲れただろう、ここからまだまだジオスまでは遠い。しっかりと休養するためにも、今日はこの街で宿を取ろう」


「はい…ありがとうございます…」




 私たちは、市街でも一層賑わった場所に位置する、一軒の上級な宿屋に宿泊した。

 夜空を背景に月がぼんやりと輝き、周囲が食事と酒を目当てに繰り出す大人たちで賑わう頃、ご主人様が私に告げた。


「すまんが、これからこの国の役人と、会合がてら酒を交わすことになった。子供は連れて行くことが出来ん。私が戻るまで、絶対にこの宿屋から外には出るな。比較的安全な街とはいえ、夜の繁華街は何が起こるかわからん。わかったな?」


 ご主人様の命に私は「はい」と素直に答え、彼を見送った。

 ご主人様が出掛けて小一時間が経った。

 幼い子供には広すぎる客室で、私は一人ベッドに寝転がっている。

 何もすることもなく、時間の経過速度は体感的に非常に遅い。

 窓の外を見ると、通りは飲食店やら酒場やら屋台やらの灯りで煌びやかに彩られている。

 よく見ると、親に連れられた私ぐらいの小さい子供だっている。

 ましてや、この宿屋は大通りに面しており、遠くからでも目立つ立派な店構えだ。

 遠くに行かなければ、迷うこともないだろう。

 きっとこの時の私は、ご主人様の優しさに甘えていたのだ。

 ひょっとしたら、奴隷に分際なのに、彼のことを父親のように思っていたのかもしれない。

 煌びやかな夜の街に誘惑されるがままに…、私は宿屋の大人たちの目を盗んで、一人外へと出た。



 街に出ると、夜の繁華街の雰囲気は思っていた以上に刺激的だった。

 見たこともない食べ物や、用途はよくわからないが何故か興味をそそる謎の商品が大量に、通行人の目を引くように売られている。

 夕食は済ませていたので食欲はあまりそそられなかったが、物欲は大いに刺激された。

 お金は持ち合わせていないが、見るだけでも十分に楽しかったので、私は夢中になって大通りの店々を見回った。

 そして、夢中になり過ぎて、当初の予定よりもかなり遠方に来てしまったことに気付く。

 遠方と言っても、大通り沿いではあるので、元来た道を戻ったら宿屋には着けるだろう。

 そろそろご主人様も戻ってくるかもしれない……急がねば…!

 そう思った時だった…、中年のやや小汚い男が、私に声を掛けてきた。


「おお、可愛らしいお嬢ちゃんだなー。こんなとこでどうした? 親御さんは?」


 親などいない……、返答に困って口ごもっていると、男は優しい風情で話を続けた。


「何か事情があるのかな? これからどこへ行くんだい? 夜の街は危ないよ」


 あの宿屋へ戻ることを告げると、男は近辺まで一緒に付いて行ってやると言う。

 最初は警戒した、なぜならガノンでのことがあるからだ。

 しかし、あの時は一人森の中で行き倒れていて、それしか選択肢がない状況だったが、今は違う。

 それにこの街の人々が優しいことを私は知っているし、ご主人様もそう言っていた。

 私はその男に同行を頼んだ。

 歩き始めて数分後、突然男が「せっかくだし何か買ってやる」と言う。

 その時点で、愚かにも私のこの男への警戒心は完全に和らいでいた。

 ただ遠慮の気持ちから申し出を断ると、「ならば見るだけ見よう」と私を大通りの端に連れて行った。

 大通りでも荷物が高積みしてあり、通行人からは死角になる位置に入った時だった…。

 男が突然、私の眼前でパッと手を開いた。

 次の瞬間……、私は意識を失った。


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