第5章 18.最後の思い出作り
すっかりしおらしくなったフェニーチェは、自宅謹慎の1週間を淡々と屋敷内で過ごした。
自習や読書をしたり…、フェルカに料理や裁縫を教わったり…、家中の使用人の手伝いをしたり…、そして退学処分が下ったら、すぐにここを出れるように身の回りの整理をしたり…
平穏な日々は徒然と過ぎて行く。
そして処分決定日の前日のこと…
その日はたまたま休日で、皆が屋敷内にいた。
フェニーチェはその日も気塞ぎがちで部屋に閉じこもっていたが、そんな彼女を見兼ねてクラリスとフェルカが声をかける。
「ねえ、フェニーチェちゃん、私たちと一緒に街に行きましょ」
「えっ…、でもわたしは謹慎中じゃあ…?」
「今日はみんなお休みだから大丈夫よ。お義父様に確認しても、休日の外出なら問題ないと仰ってたしね…」
「ありがとうございます…じゃあ……」
明日のことを思うと気が気ではなく十分には喜べなかったが、それでも二人の心遣いがとても嬉しく、フェニーチェは初々しく微笑んだ。
そうして、三人で出掛けようとした時、玄関付近でちょうどリグが通りかかった。
彼は何も気にする様子もなく、「おう、おはよう」と、ただいつものように素っ気なく挨拶をしてそのまま通り過ぎようとしたのだが…
「ねえ、リグくんも一緒に行きましょうよ!」
「えっ…、 行くってどこに?」
フェニーチェが何かを思い立ったように、唐突にリグを誘った。
「わたしたち、これから街へ行くの。いいでしょ?、どうせ暇してるんだし」
「ええ…、やだよ、女三人の中に男一人って…恥ずかしいだろ。お前らだけで行って来いよ…」
「えー、なんでよ、わたしは気にしないわよ?」
「俺が気にするんだよ! 仲良く三人で女子会でも何でもして来いよ…俺は部屋で二度寝してくるからさ…、じゃあな!」
リグがフェニーチェの誘いをムキになりながら振り切って、部屋に戻ろうとした時だった。
「なんで……なんでそんなことを言うの……うっうっ……」
突然、フェニーチェがワザとらしく泣き始めた。
それの様子を見て、ここぞとばかりにクラリスとフェルカが彼女に加勢する。
「ひど〜い、リグくん、フェニーチェちゃん泣かせて…」
「よしよし…フェニーチェちゃん……酷いお兄さんね…」
「な、なんだよ…、俺そんな酷いこと言ってないだろ…?」
リグは焦って弁明するも、二人はリグに対して冷ややかな視線を浴びせる。
「………わかったよ!、行きゃあいいんだろ、行きゃあ!」
ヤケになったリグの反応を見て…、フェニーチェは器用にもすんなりと泣き止み、クラリスとフェルカは顔を合わせてほくそ笑んだ。
市街に向かう乗合馬車の車中でのこと…
クラリス、フェニーチェ、フェルカの三人が楽しく女子トークに花咲かせている中、半ば無理矢理連れて来られたリグはずっとご機嫌斜めである。
「なんで俺がこんなとこ来なきゃならないんだ……」
そんな感じで、彼は一人ブツブツと不満を漏らし続けているが、それをフェルカがきつく嗜める。
「こらっ、リグ、いつまでもいじけていないの!、感じ悪いわよ?」
「あったりまえだろ! 来たくもないのに無理矢理連れて来られて…愚痴の一つや二つも出るわっ!」
躍起になって鬱憤をぶちまけるリグを見てフェルカもクラリスも呆れ顔だが、ここでフェニーチェが何かを閃いたように一瞬表情をハッとさせて彼に尋ねた。
「ねえ…、リグくんは女の子ばかりの中に男子一人だけだから嫌なの?」
「ああ、そうだよ…!」
「だったら、女子ばかりの中でも恥ずかしくならない方法があるわ」
「な、何だよそれ…」
「リグくんも女の子になっちゃえばいいのよ!」
「はあ?、何言ってんだ、お前…?」
「だって、自分だけ男の子なのが嫌なんでしょ? アンタが女の子の格好すれば、すべて解決じゃない」
「いや…言ってる意味がわかんねえ…。お前…前から思ってたけど、ちょっと頭ぶっ飛んでるよな…」
そこに、またまた好機を捉えたように、フェルカとクラリスが加勢をする。
「そうね、それは名案だわ! リグって童顔だし、案外可愛い格好似合うと思うわ」
「うん…、私も女の子なリグくんの姿、見てみたいかな…」
「街に行けば、可愛い服売ってるお店がたくさんあるし、今日の楽しみが増えたわね」
「そうですね、私も妹が増えて嬉しいなあ…」
悪戯げな笑みを浮かべながら徐々に顔を近付けるフェルカとクラリスに、リグは得も言われぬ恐怖感を抱く。
「………わかったよ、俺が悪かったよ! もう文句言いません、素直に楽しみます、だから許してくださいっ!」
リグの縋り付くような懇願に、三人は車内にも関わらず声を上げて笑い合った。
こうして、四人は思う存分ジオス城下の観光を楽しんだ。
伝統情緒残る街並みを見て歩いて…、美味しいものを食べて…、可愛らしい服やアクセサリー、雑貨を見たり買ったり…
楽しい時間は瞬く間に過ぎていった。
夕暮れになり、四人は屋敷の最寄りの乗合馬車の停留所で降りて屋敷へと帰る。
その帰り道、当初乗り気ではなかったリグもなんやかんやで楽しめたようで、皆が今日の思い出話に花咲かせる中…、フェニーチェが突然歩みを止めた。
「みなさん、今日はありがとうございましたっ!」
フェニーチェは手を重ね腰をしっかりと曲げて、皆の前で大きな声で礼を言った
そして、眩い夕日が彼女を背後から包むように照らす中、物悲しげな表情を浮かべて話を続ける。
「みなさんのおかげで、最後の最後に忘れることのない楽しい思い出が出来ました…。これで心置きなく、この街を去れます…。本当に…本当にありがとうございました!」
「フェニーチェちゃん…」
フェニーチェに何て言葉をかければあげればいいのか…、三人は居た堪れない心地で口を噤む。
次に、フェニーチェはリグに個別に話しかけた。
「今日は無理矢理連れて来ちゃってごめんなさい…。でも、楽しかったわ…」
「ああ…気にするなよ…。俺もまあ…、思っていたよりかはつまらなくはなかったからさ…」
リグは照れ隠しをするように、微妙に彼女から視線を逸らしながら片意地を張る。
「ふふふ…、でもリグくんの可愛らしい女の子の格好が見れなかったのが、ちょっと残念だったかな…」
「だから、しねえって言ってんだろっ!」
二人の閑静な邸宅街に響く騒がしいやり取りを見て、クラリスとフェルカからは思わず笑みが溢れる。
しかし、その笑いはカラッとした楽天的なものではなく、幾分か陰鬱さを帯びていた。
すると…
「なあ、まだ退学と決まったわけじゃないだろ? 気を強く持てよ…諦めんなよ…」
リグはフェニーチェに、ぶちまけたくて堪らない感情を押し殺すように、落ち着きながらも抑揚の効いた芯の強い声で訴える。
「……そうね…。その気持ちだけで嬉しいわ、ありがとう…リグくん…」
リグの言葉に対して力なく笑って答えたフェニーチェだったが、その表情には明日下されるであろう退学宣告を潔く受け入れようとする彼女なりの覚悟が見て取れた。




