表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
とある魔導士少女の物語   作者: 中国産パンダ
77/623

第5章 16.魔術を使う意味

 こうして、リグはフェニーチェを背負って、満身創痍ながら城塞の北門までたどり着いた。


「お、おいっ、あの子たちが戻って来たぞ!」


 門には元いた衛兵だけではなく、応援の自警団員も数人待機していた。

 リグたちの姿を確認して、彼らは至急センチュリオン邸に連絡を入れる。

 そして、程なくして屋敷より迎えの馬車がやって来た。

 リグたちを乗せた馬車が屋敷正門に到着すると、すでに門前にはクラリスとフェルカが待ち構えていた。

 まず先にリグが降りて来る。


「どうだっ!、ちゃんと連れ戻して来たぜ!」


 彼は大仕事を成したかのように、Vサインを指で作って満面のドヤ顔でそう言い放った。


「うん、ご苦労様、リグくん。本当にありがとうね…」


 クラリスの深厚な感謝の念が表れた安らいだ微笑みを見て、リグは少し調子が狂ったのか、「お、おう…」と気恥ずかしそうに頬を掻いて答える。

 ところで…、肝心のフェニーチェは馬車から一向に降りて来ない。

 足を挫いていて外に出るのが困難なことも理由の一つではあるが、一番の理由はやはりクラリスたちに会わせる顔がないことだった。

 フェルカがフェニーチェを心配して馬車の中を覗く。


「フェニーチェちゃん…? まあ、あなた脚怪我してるの?」


「うん、そうなんだ。あと脚も挫いているみたいでさ…」


 後ろめたそうに黙りこくるフェニーチェの代わりにリグが答える。


「フェニーチェちゃん、ちょっと脚を見せてごらんなさい」


 フェルカが上半身だけを馬車の中に乗り出して、フェニーチェに脚を見せるよう促す。

 フェニーチェが徐に脚を差し出すと、彼女は血に染まったタイツをゆっくりと脱がして、露わになった傷口に手を(かざ)した。

 すると、フェルカの(てのひら)が白く発光し…、白い光は瞬く間にフェニーチェの脚全体を覆う。

 そして…


「す、すごい…傷が治ってる…! 挫いた所も…全然痛くない…!」


 フェルカはフェニーチェに治癒術を使ったのだった。

 病弱のため魔術の修練には参加出来ず、また使う機会もなかったため知る者はごく少数ではあるが、実は彼女は齢8歳にて術を習得した実績を持つ、治癒術の使い手であった。

 魔導士として戦うことが出来ない彼女は、その分戦いで傷付いた人を救えるようになろうと、人知れず自室の中で術の精励(せいれん)をし続けて来た。

 ちなみに、ガノンの件でクラリスが罰として受けた鞭打ちの痕を治したのもフェルカであり、クラリスですらその時に初めて姉が治癒術の使い手であること知ったぐらいである。


「すげえ!、姉ちゃん治癒術が使えるっていう噂は聞いてたけど、こんなにあっさり治っちまうなんて…」


「これでもセンチュリオン本家の端くれよ。甘く見ないでちょうだい!」


 リグの驚きの声に対し、フェルカは少し(おど)けながら、そして少し自慢げに答える。


「あ、ありがとうございました…フェルカお姉様…」


 負い目を顔に浮かべたまま礼を言うフェニーチェに対し、フェルカは優しく諭すように語りかけた。


「あのね、フェニーチェちゃん、何故私たちが魔術を使うのか…。それはね、私たちの助けを必要としている人々を救うためなの。あなたが学校で使ってしまった術だって、ただ闇雲に人を傷付けるのではなく、それで救われる人々が必ずいる…。どんな術であろうと、使う人間次第で善にも悪にもなる。せっかく魔術の学校に通うのだもの…、あなたにはその分別を学んで欲しいの…」


「お姉様…」


 フェニーチェに向けられた言葉ではあったが、その言葉はクラリスの琴線にも触れた。

 ガノンでの真相を悲壮の覚悟で打ち明けた彼女に対する、フェルカなりの思い遣りだったのかもしれない…。


「はい…フェルカお姉様…」


 すっかりフェルカの言葉に胸を打たれたフェニーチェは、自身の行いを深く反省するように神妙な面持ちで言葉を吐いた。


「フェニーチェちゃん……」


 クラリスがようやく馬車から降りて来たフェニーチェに声をかけようとした…、その時だった。

 突如、彼女たちの前に険しい顔付きのアルテグラがやって来た。

 峻厳たる彼の登場に、クラリスのフェニーチェへの言葉は途中で遮られる。


「話は一段落したようだな…。続きは後だ、リグとフェニーチェ…来なさい」


 クラリスとフェルカに有無を言わせず、アルテグラは二人を屋敷内へと連れて行った。



 そして、ここはアルテグラの自室…


 ゴツン!


「痛っ…!」


 まずはリグの頭上にキツい一発が振り下ろされた。


「この馬鹿者が!、お前まで勝手に飛び出して、騒ぎをより大きくしてどうするのだ! 少しは状況を考えて行動せんか!」


「ご、ごめんなさい…父上……」


 鉄拳制裁を食らった途端に縮み込むようにしおらしくなったリグだったが、そんな彼に対し、アルテグラは軽くため息を()いて力なく苦笑した。


「しかし、よくぞフェニーチェを連れて帰って来た。それについては褒めてつかわそう…。ご苦労だったな…」


 父の思いがけないお褒めの言葉に、リグは()たれた頭を押さえながらも誇らしげにはにかんだ。

 ところが…


「さて…問題は貴様だ、フェニーチェ…」


 表情を一変させて、アルテグラは突き刺すような冷徹な眼光でフェニーチェを睨み付ける。

 かつて経験したことのない激甚な威圧感に、彼女は本能がそうさせるように深く俯いて視線を逸らし、ただただ恐れ(おのの)いて全身をガタガタと震わせていた。


「私の話が終わっておらん内に勝手に屋敷を飛び出し、あまつさえこれほど多くの人間に迷惑をかけ……、相応の罰を受けてもらうぞ…、来い!」

 

 アルテグラは無理矢理フェニーチェの手を引っ張って、彼女を屋敷の外へと連れ出した。



 こうして今、彼女は寒風吹き荒む中、シュミーズ1枚の姿で後ろ手に縄で縛られて庭園内の木に繋がれている。

 ガノンの件でクラリスが受けた罰と同じだ。

 ただあの時はまだ初秋で気候は涼やかで過ごしやすかったが、今の季節はもう冬である。

 肌の大部分を寒風に晒し…、フェニーチェは体を(すく)ませて、歯をカタカタと音立たせながら必死に寒さに耐える。

 しかしどれだけ気丈に耐えようとも、寒さで体力は急速に低下する。

 ついには……


「…………………ッツ」


 体が冷えて膀胱が収縮し、さらに長時間トイレに行っていなかったこともあり、猛烈な尿意が彼女を襲う。

 厳しい寒さの中、震えながら太ももをギュッと閉じて全身全霊の気力で堪えるも…


「あ…ああ………」

 

 抵抗虚しくそのまま彼女は失禁してしまった。

 脚を伝う温かさに、情けないことに一瞬安らぎを感じてしまうが、すぐに寒風に晒されて熱は奪われる。

 脚に感じるむず痒さ、さらに尿で濡れたシュミーズの裾が脚にペッタリと張り付き、得も言われぬ不快感が彼女にまとわり付く。


「何でこんなことに…。わたしの今の姿をフェルトにいるみんなが見たら…、何て思うかしら……」


 寒さだけでなく恥辱にも耐えながら…、フェニーチェは今の自分の惨めな姿に涙を流した。

 彼女の頬から落ちる大粒の雫が風に流されて、彼女の立ち位置から1、2メートル飛んで地面に痕跡を付けていく。

 それでも…

 これは全て自分の行いが招いた結果…、そして再び、この家の人々に自分が受け入れられるための試練でもある…。


(頑張らなきゃ…! そしてこの罰が終わったら、ちゃんとお姉様に謝る…!)


 過酷な環境下で…、彼女は再び気をしっかり持って、自身に課されたこの難局を乗り越えようと決意した。

 するとその時だった。

 木に繋がれているフェニーチェの方に人影が近付いて来る。


(えっ…、誰なの…?、叔父様にしては早過ぎるし…。ひょっとしてお姉様…?)


 主人の帰りを待ち侘びた愛犬のように、一瞬ぱあっと表情を蘇らせるフェニーチェ。


 しかし彼女の願望も虚しく、やって来たのはクラリスではなく………リグだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] フェニーチェの聖水!パシャパシャ(カメラの絵文字使えなかった)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ