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とある魔導士少女の物語   作者: 中国産パンダ
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第5章 11.素っ気ないお別れ

 シエラを追いかけると…彼女は校舎の玄関付近にいた。

 そして、彼女が見つめるその先には…、大きな鞄を持ってちょうどまさに今、学校を去ろうとしていたビアンテ先生の姿があった。

 彼女の存在に気付いているのかいないのか…、先生は前だけを向いて、決して彼女の方を振り返ろうとはしない。

 すると…


「先生、ありがとうございました! 私のことをちゃんと一人の生徒として見てくださって…本当にありがとうございました…!」


 シエラは体が前屈みになるぐらい懸命に声を張り上げて、大声で彼に対してお礼を言った。

 それに対し先生は決して振り返らず、いつも私たちを叱るように声を上げる。


「くだらんことやってないで、さっさと教室に戻りなさい!」


 ただそれだけを告げて…、先生は結局一度もこちらを見ることなく、学院から去って行ってしまった。

 それでもシエラは…


「はいっ…!」


 先生に聞こえているかのかいないのか…、彼女にしかわからないであろう感情が込められた大きな声で返事をした。

 少し間を置いて、私はシエラに声をかける。


「ちょっと素っ気ないよね…。最後、振り返ってくれても良かったのに…」


 しかし、彼女は先生を擁護するように、僅かに口元を緩ませて悟ったように言葉を漏らした。


「きっと、先生なりに私たちのことを思っての、あの去り際なのだと思うわ…。それだけ不器用な人なのよ…あの人は…」


 先生のことをまるで慈しむかのようなシエラの物言いに、私は何と言葉を返したらいいのかわからなかった。

 そんな私を尻目に、彼女は表情変えずに淡々と話を続ける。


「みんなはあの人のこと、あまり良い印象を持っていなかったみたいだけど、私はそうは思わないかな…。私のことを特別扱いせず、平等に接してくれたしね。新しい先生も良い人なのでしょうけど…、ビアンテ先生も十分に生徒想いな先生だったと思うわ。クーちゃんもそう思った心当たりはない?」


(……心当たりは…ある…)


 私がクラスの皆と打ち解けられるきっかけを作ってくれたのは、結果としてあの人だ。

 この学院は1学年1クラスで、全く同じクラスメイトと最大で9年間を共に過ごすことになる。

 もちろん、私たちみたいに途中から編入して来る生徒もいるが、やはり編入生だとそれだけ周りと馴染むのは難しくなる。

 決して好きな先生ではなかったし、私のことをどこまで知っているのか…底知れぬ如何(いかが)わしさには未だに不信感は拭えない。

 ただ一方で、シエラの言うことの半分程度は共感出来るぐらいまでには、あの先生のことを理解している自分がいた。


(あの日、皆の前で私に術をやらせた本当の意図を…、さっき無理にでも引き留めて聞いておけばよかったかな…)


 そんなちょっとした後悔が心を過って…、私は少し感傷的な気分になった。


「クーちゃん、私を追いかけて来てくれたのね…。心配かけさせてごめんなさい…。さあ、教室に戻りましょ?」


 そう言うと、シエラはさりげなく私に手を差し出した。


「うん…」


 彼女の柔らかく滑らかな暖かい手をそっと握って…、私たちは教室へと戻った。



 さて、休み時間、私はスコットに呼ばれた。


「ごめんなさい、スコットさん…、さっきは勝手に教室飛び出したりしちゃって…」


「いや、いいんだよ。勝手に船の中にまで侵入して来る子だからね…、今更そんなことで驚かないさ」


「ふふふ…そうですね…」


 彼の冗談半分の言葉に、私は懐かしさも覚えて自然と笑みが溢れる。


「ああ…ごめんなさい…!、今は先生でしたね…」


「いいんだよ、二人の時はいつも通りで構わないよ。それにしても学院に編入してたんだね。制服姿とても似合ってるよ」


「あ、ありがとうございます…。ところでスコットさんの方こそ、この学院の卒業生だったんですね、ビックリしました!」


「ああ、実はそうなんだ。ウチは世間一般では裕福だったんだろうけど、さすがに専任の家庭教師を雇う余裕はなかったからね。というか、トレックさんもライズドさんもみんなここの卒業生だよ。姐さんのピレーロ家は代々宮廷魔導士や高級官吏を輩出して来た名家だから違うけど…。それにしても俺がいた時と全然変わってないなあ……、と言ってもまだ卒業して10年も経ってないか…はははは…」


 うっかりしていたようにごまかし笑いをするスコットの表情はとてもお茶目で愛嬌があって、見てるだけで心が和む。


「スコットさんは…前から教師になりたいと思っていたんですか?」


「いや…実はそういうわけじゃないんだ…。自分探しっていうと言葉が軽いけど、部隊に戻れなくなって、魔導士としての自分のキャリアを活かせることを模索していたら、姐さんからこの仕事を進められてね…。ちょうど前任の先生が休職するタイミングもあったんだろうけど、姐さんは『お前に打って付けの仕事だ』って言ってたなあ…。まあともかく、そういうことで、みんなにはむしろ迷惑ばっか掛けるかもしれないけどよろしくね」


 スコットは少し気恥ずかしそうにはにかんで、自分の身の上を話してくれた。


「大丈夫ですよ!、みんないい子ばかりですし。まあ…ちょっとクセがある子もいますけど…」


 誰のこととは言わない…。

 大人しく物腰柔らかな彼が、彼女の標的にされないかが心配だ。

 ところで、スコットの姿を見て…、私は天明の閃きとも言うべき良案を思い付いた。


「あの、スコットさん…、折り入ってお願いがあるんですが…」


 そのお願いとは…



 次の休み時間、すっかり人気者となったスコットは生徒に取り囲まれていた。


「じゃあ、本当にクーちゃんはガノンに行ってないんですか?」


「そうだよ。ちょうど僕たちが軍港から城下に戻るまでの道中、この子たちが迷って途方に暮れていたのを見つけてね…、それで城下まで送ってったんだ。彼女のお父上は魔導部隊の長官ということもあって、クラリスちゃんとは以前に面識もあったからね」


「なーんだ、つまんねーの…」


「はははは…、残念だったね。でも普通に考えて、国が13歳の女の子を戦地に送るわけがないだろ?」


 そう…、スコットに頼んだのは、私のガノン疑惑に対するアリバイ工作だった。

 皆から飛んで来るであろう質問を全て想定して、事前に二人で入念な打ち合わせを重ねていたので、鉄壁と言ってもいいほど準備は万端だ。

 編入初日に、私はキッパリと皆の前でガノンへ行ったことを否定したが、皆の疑念は晴れていなかった。

 むしろ次の日、ビアンテ先生に促されて術を使用したせいで、余計に疑惑が強まってしまっていたのだ。

 あれから1ヶ月…、さすがに皆がその件を持ち出して来ることも少なくなったとはいえ、私としては不安を拭えていなかった。


「クーちゃん、ごめんね…。今まで変なこと聞いちゃって…」


「ううん…、全然気にしてないよ…」


 作戦の成功に、私とスコットはチラッと顔を合わせて互いに軽く笑みを交わした。


前半クラリス編はこれにて終了です。

次回から後半、リグとフェニーチェがメインのお話となります。

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