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とある魔導士少女の物語   作者: 中国産パンダ
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第5章 10.窓際に佇む少女

 それから2日後のこと…

 朝、私が教室に入ると…、そこにはいた…初日に話したくても話せなかった、私の前の席の彼女が…。

 彼女はやはり、あの時と同じようにぼんやりと窓から外を眺めながら、気品高く佇んでいた。


「あの…おはよう…」


 また彼女に話しかける機会を失わないためにも…、今度は彼女が私の存在に気付く前に、私の方から挨拶をした。


「おはよう、クラリス・ディーノ・センチュリオンさん」


 その清らかな微笑み…、奥床しい物腰…、上品な語り口…、同性ながら思わずドキッとしてしまう。


「私の名前、覚えててくれたんだね…」


「当然よ、同じクラスメイトだもの…」


「ありがとう…、ところであなたのお名前は…?」


「あら、失礼したわね、私の名前はシエラ・オルビラ。よろしくね」


「えっ…、教名は?」


「ごめんなさい…訳あって教名は公に出来ないの…」


 教名が “ない” のではなく “出せない” …、一体どんな都合なのだろうか…。


「たまにしか学校に来ないけど、お体の調子でも悪いの?」


「いいえ…、実は家の都合でね…、毎日はここに来れないの。せっかく来れても、早退せざるを得なかったりね…。先生方も、それを理解して下さっているから、ありがたいのだけど…」


 シエラは物悲しそうに力なく語った。

 家の都合というのも気にはなるが、それ以上に彼女のことが不憫に思えて仕方がなかった。

 私はここに来てまだ1週間も経ってはいないが、スノウやソラたちのおかげで、たくさんの初めてを知ることが出来た。

 でも、彼女はそれすらも知ることが出来ず、ただいつも一人、窓を眺めてここで佇むだけだ。

 シエラのために何とか力になってあげたい…、そう強く思ったのだ。

 それは後に、とんでもない身の程知らずの思い上がりであったことを痛感させられるわけだが…。

 しかし、今はその想いだけが頭を過ぎり…、私は咄嗟に、彼女に対して直情的に言葉が出た。


「あの…もしよかったら、私とお友達になってくれないかな…?」


 すると…、先ほどまで物憂げな表情を浮かべていたシエラの顔が、ぱぁっと花が満開に咲き誇るように明るくなった。

 その透明感のある琥珀色の瞳は若干の涙で揺らめくように潤い、編入初日に初めて目が合った時以上にキラキラと輝いている。


「ええ、もちろん!」


 彼女は屈託のない満面の笑みを見せて答えてくれた。


「ねえ…、あなたのこと何て呼んだらいいかな…?」


「私のことはシエラでいいわ。あなたのことは?」


「私のことは、クラ………クー…ちゃんって呼んでもらえたら…嬉しいかな…」


 私は言葉の途中で突然思い立ち、勇気を出してその言葉を言い切った。

 自分で自分のあだ名を持ち出すことは、正直とても恥ずかしいのだが、それでも…もう私はこのあだ名で呼ばれることに唯一無二の心地良さを感じていたのだ。


「ふふふ…可愛らしい名前ね。では…よろしくね、クーちゃん」


「うんっ!」

 

 そういうわけで、毎日とはいかない限られた時間ではあるが、“前の席の彼女” ことシエラとの交流が始まった。

 私とシエラが談笑していると、自然にスノウやソラたちも集まって来た。

 シエラのことを近付き難いと敬遠していた彼女たちも、実際に話してみるとシエラの清純で素朴な人柄をちゃんと理解し、親しく会話をするようになった。

 ただ、ソラが私に対するみたいに弄るような接し方をしないのは、さすがの彼女もシエラが(まと)う品位に当てられているからなのだろうか…。

 こうして、何も変わりはないが平和で穏やかな日々が徒然と過ぎて行く。

 ところで、しばらく日々の様子を観察していると、私はとあることに気が付いた。

 シエラは、何故かアリアが学校にいる日にしか登校して来ないのだ。

 非常勤のアリアがいない日は、シエラも必ずと言っていいほど欠席する。

 単なる偶然なのだろうか…。



 私がこの学院に編入しておよそ1ヶ月が経った、ある日の朝のことだった。

 いつものように、私たちはビアンテ先生が教室に入って来る瞬間を、緊張感を持って迎えていた。

 そして、教室のドアが開いたのだが…

 入って来たのはビアンテ先生ではなく…、副担任のアリアだった。

 教室中から、皆の微かな安堵のため息が聞こえる。

 教壇についたアリアは、徐に話を始めた。


「えー…、みんなには申し訳ないが、ビアンテ先生は急遽、王国のガノンへの教育派遣団に加わることが決まり、長期休職することとなった」


「おおー!」


「こらっ!、喜ぶ奴があるか、バカッ!」


 一部の生徒が歓喜の声を上げるが、それをアリアはきつく(たしな)める。


「そういうわけで、今日は新しい担任の先生を紹介する。ライトウェイ先生、どうぞ」


 そうしてアリアから紹介されて教室内に入って来た『ライトウェイ先生』だが、彼は……


(スコットさん…!)


 私は思わず口に出てしまいそうな勢いで、心の中で叫んだ。

 そう…、私たちの新しい担任ことライトウェイ先生は、元魔導部隊のスコットだったのだ!

 彼は私と目が合うと、あの懐かしい柔和(にゅうわ)な顔でニコッと笑ってくれた。


「はじめまして、このクラスを担当することになったスコット・クレイル・ライトウェイです。教師として、またこの学院に戻って来れるだなんて、夢にも思いませんでした。教師としては全くの新人です。みんなと一緒に成長していけたらいいなあと思っています。よろしくお願いします!」


「このライトウェイ先生は、実は元魔導部隊所属でな。子供を教えたいという本人の希望もあって教師になったんだ。この学院の卒業生でもある。聞いての通り、教師としては全くの新人だ。私も最大限にサポートするから、みんなもよろしく頼む」


「元魔導部隊!?、すげえー!」


 一部の男子が興奮を抑え切れずに声を上げる。

 優しい爽やかな笑顔…、柔らかく人懐っこい物腰…、明るく謙虚な自己紹介…、クラスの皆は一瞬で彼を受け入れた。

 無論、前のビアンテ先生への反動もあったのかもしれないが…。

 そんなわけで、教室中が新しい先生の誕生に沸く中…


「ピレーロ先生!、ビアンテ先生は今どちらに?」


 突如、シエラが声を上げた。

 皆と話すようになったとはいえ、今でも私との会話が大半を占める大人しい彼女が、場の空気を破って発言したことに教室中が一瞬固まった。


「え…ああ…、ビアンテ先生なら荷物の整理で…、まだ学院内にいるはず…だが…」


 シエラに尋ねられて、珍しくアリアがしどろもどろになって言葉を詰まらせた。

 いや…珍しいなんてものではない。

 上官であるお義父様に対しても、物怖じせずに意見を述べられる彼女が…一体どうしたことか…?


「失礼します!」


 皆の視線を一身に浴びながら…、そう一言告げて、シエラは教室を飛び出した。


「ごめんなさい、先生、私も失礼します…!」


「おいっ、クラリス…!」


 アリアの制止を振り切って、私もシエラを追うように教室を飛び出した。


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