第1章 6.魔導士になるということ
私たちは乗合馬車に急ぎ早に乗り込み、街をあとにした。
乗合馬車を乗り継いで、港町ルイまでは約1週間はかかる。
街道沿いは比較的整備されており、旅人向けの宿場が各地に点在しており、私たちはそこで宿泊しながらルイを目指す。
今日の朝までは奴隷として鎖に繋がれ檻に入れられていたのに、今はこんな年頃の少女らしい可憐な服を着させてもらって、遠い未知の国へと長い旅に出ようとしている…。
人生とは数奇なものだと幼心にして思った。
それにしても気掛かりなのは、やはりエクノカの街で目撃してしまったジェミス、そしてその他の私の仲間たち…と言うにはほとんど会話を交わすことは出来なかったが、同じく連中に奴隷として監禁されていた少女たちのことだった。
彼女らはこれから一体どうなるのだろう…。
ご主人様に拾われて衣食住を満たされ、道中泊まる宿場はあの檻の中とは天と地の差以上の快適さにも関わらず、私はジェミスや皆のことを思い出して、エクノカを出立してしばらくの間は、ほとんど寝付くことが出来なかった。
ご主人様はそんな私の異変を見逃さなかった。
ある日の馬車の中でのこと…
「お前、しっかりと寝れているのか?」
私は唐突にご主人様に聞かれた。
「は、はい…、大丈夫です…」
「私の目を誤魔化せると思うな。お前の顔色を見ていれば言わなくとも分かる」
私の嘘は容易く、彼に看破された。
「も…申し訳ありません…」
ご主人様に嘘をついたということで、私は罰を恐れて、怯えて萎縮してしまった。
しかし、彼は淡々とした口調で話を続ける。
「いいか?、よく聞け。お前が十分に眠れないまま、この先で体を壊してしまったら、ジオスへの到着が遅れてしまう。ひいては、当主である私の帰りを待つ家の者たちにも迷惑をかけることとなる。お前は私に引き取られたのだ。もうお前の身はお前だけのものではない。それだけはよく覚えておけ」
「は、はいっ…」
常に冷厳な彼の言葉を、私はいつも緊張感を持って聞いていた。
それでも、その言葉は私の心にスッと浸透していった。
きっとその言葉は、厳つい外殻の中に優しさが包含されていたのだろう。
そしてご主人様は、口振りを変えることなく、さらに話を続ける。
「せめて夜眠れないのなら、ここで寝ておけ。私が横にいれば、少しは落ち着いて眠れるだろう…」
「はい…」
ご主人様に促され、私は馬車の中で目を閉じた。
心地よい馬車の揺れと、彼が隣にいるという安心感から、私は瞬く間に眠りに落ちようとしていた。
ちょうどウトウトし始めた頃…、私はうっかりご主人様にもたれ掛かってしまった。
粗相をしたと思い、ハッと目覚めようとしたその時…、彼は私を優しく抱えて、自身の膝の上に寝かし、さらに自身が着ていた背広をシーツ代わりに掛けてくれた。
最初は恐縮と気恥ずかしさとで緊張して落ち着かなかったが、次第に彼の膝元から伝わる温もりに当てられて、私は心地よく眠りに落ちた。
それ以降、私は夜でも寝付けるようになっていった。
そして、あれほど怯え萎縮していたご主人様に、自分から話しかける機会も増えた。
そんなある日の宿でのこと…、私はご主人様に自分を拾ってくれた理由を再度確認してみた。
「あの…、本当に私なんかが魔導士になれるのでしょうか…? まったく自分で魔力も感じないのですが…」
「魔術とは都合良く会得できるものではない。ただ、お前には素質がある、それだけは私が保証しよう。その素質を活かすか無駄にするかは、今後のお前の努力次第だ。これ以上余計な詮索はするな。明日も早い、さっさと寝なさい」
「はい…、出過ぎたことを言ってしまい、申し訳ありません…。おやすみなさい…」
ご主人様に咎められるように言葉を返され、私は少し気落ちしながらベッドに入った。
(魔導士の素質……私なんかに本当にそんなものがあるのだろうか…)
実のところ、森の中で意識に目覚めた時、私の頭の中には “魔術” 、またはそれに関する言葉も概念も存在しなかった。
ご主人様と旅を始めて、ようやく魔術とは何たるかを彼から教え込まれたばかりだ。
後に学んだことだが、この世界は、魔導の恩恵に満ち溢れている。
低純度の粗悪なマナタイトや魔石を大量に精製して、魔素の代わりとなる魔燃料を取り出す。
取り出された魔燃料は、魔導灯や魔導ボイラー、魔導コンロ、冷温保存器などの様々な魔導器具に使用され、さらには、魔光を利用して遠距離でも瞬時に情報を伝達出来る無線通信にも応用される。
今や魔導の力は、この世界の人々にとって必要不可欠なものとなっている。
簡単な魔術であれば、一般庶民でも使いこなせる者は多々いるらしい。
とはいえ、その身一つで多属性の強大な魔術を操る魔導士となれば話は別だ。
彼らは、ほんの一握りの選ばれし存在だ。
そして、その素質は、その家系からの遺伝に依る部分が大きいとのことだ。
(もし、私が魔術を使えるようになったのなら…、記憶をなくす前の私を知るための…、何かの手掛かりになるのかな…)
結局ベッドの中であれこれ深く考え込んでしまい、ご主人様の言い付けに背いて、この日は中々寝付けなかった。




