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とある魔導士少女の物語   作者: 中国産パンダ
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第5章 7.食堂での惨事

 食堂にて…、私たちが注文したのは、今日の日替りランチ。

 メニューは、シャキシャキの野菜と濃厚チーズ、柔らかなローストビーフが挟まったサンドウィッチ…、豆と根菜とハムが入った、旨味たっぷりのトマトスープ…、ベリー類がふんだんに使われた、食べるのが勿体ないぐらいの色鮮やかなフルーツゼリー。


「おいしい…。こんなこと言ったら悪いけど、思っていた以上においしい……」


 想像以上の美味しさに感嘆の言葉を吐く私に対し、スノウが待ち構えていたかのように説明を加える。


「そうでしょ、実はこの食堂のコックさんたちは、宮廷料理人の卵の人たちなんだって。若いうちは修行でここの生徒たちに腕を振るうみたい」


「あと、こんなにおいしいのに値段が安いのもいいよね。まあ、クーちゃんみたいなご令嬢様には関係ないかもしれないけど」


「そんなことないよ…。私の父は金銭感覚には厳しい人だから…、お小遣いはそんなに多くはもらってないよ?」


 嫌味でも悪意でもなくただ素で出たと思われるソラの言葉に対し、私は控えめにそう答えた。

 その返答は、『私の父』以外の部分は決して嘘ではない。

 嘘である点は、それがお義父様ではなく、執事長のコマックであることだ。

 成人扱いであるトテムや家から出れないフェルカは別として、私とリグの財布は常にコマックに握られている。

 “私たちの優しいおじいちゃん” ことコマックだが、私たち名家の子供に健全な経済感覚を身に付けさせるために、金銭面に関してはウンザリなほどに厳しいのだ。

 予算を超えて欲しい物がある場合は、その使い道の必要性と意義を彼の前で熱弁して説き伏せなくてはならない。

 私はそこまでして欲しい物などそうなく小遣いだけでも不自由はしないが、リグは度々コマックに挑んでは敢えなく撃沈している。

 ただ執事がいると言うと、そのことをまた根掘り葉掘り聞かれそうで面倒なので、無難に親ということにしておいた。



 さて、食事を摂りながら、私は彼女たちにこの学校について様々なことを教えてもらった。

 同じ年の同じ環境下にいる女の子たちと、何の遠慮もなくお喋りをする…、私が初めて経験するそれは、とても楽しい幸せなひと時だった。


「クーちゃん、先生怖かったでしょ…?」


「うん、まあ…。あの人いつもあんな感じなの?」


「そうだよ、いつも厳つい表情していて全然笑わないし、あの人がいると完全に教室内の空気が凍りついちゃうんだよね…。副担任のピレーロ先生は怒ると怖いけど、すごく生徒想いで優しいのに…」


「ピレーロ先生って…?」


「キレイでカッコいい女の先生だよ。でも非常勤だからたまにしかいないんだよねえ…。こないだなんて、何でか知らないけど1ヶ月半ぐらいずっと休んでたし…」


(ああ…ガノンに行ってた時のことか…)


 とにかく、アリアが私たちの副担任の先生のようだ。

 するとその時…、食堂の端っこの方で恐らく初等部の男の子たちが、ギャアギャアと走り回って騒いでいた。


「あーあ、あの子たち、また騒いでるよ…」


 スノウが辟易するようにボヤく。

 どうやら毎回の光景のようだ。

 男の子たちの騒ぎ声は多少耳障りではあったものの、私はそれを他人(ひと)事としか思わず、彼らの様子をただぼんやりと眺めていた。

 ところが…、よく見たら…その男の子たちの中心にいたのは……リグだった。

 予期もせぬ身内の醜態に直面して…、恥ずかしさと身内だとバレかもしれない恐怖に顔が強張る。

 そうしていると…


「こらっ、お前ら!、食堂で騒ぐなとあれほど言っただろっ!」


 食堂中に響く、強く張りのある声……アリアだった。

 アリアはリグたちに一発ずつゲンコツを食らわせると、彼らを女手一つでまとめて連行して行った。


「あれがピレーロ先生だよ。いっつも、あの子たち先生に世話焼かせてるよねえ…」


「へ、へえ…そうなんだ……」


 もちろん、アリアのことは知っているが、ここでそれを知られるとこれまた面倒そうなので、敢えてすっとぼけた。

 とりあえず、アリアがリグたちを連れ出してくれて、ホッとしたと思いきや……


「おーい、クラリス、助けてくれよぉ〜!」


 突然、リグが情けない声で私の名を叫び、スノウとソラが咄嗟に驚いた顔で私の方を振り返った。

 穴があったら入りたいとは本当にこのことだ…。


「おい、クラリス、聞こえてるんだろ!?、お〜い!」


 尚もリグは私の名を呼びながら喚き続ける。

 アリアは私に配慮してくれたのか、「うるさい、黙れ!」とリグを一喝すると同時に、彼の頭上に二発目のゲンコツを投下して彼を沈めた。

 辺りに静けさが戻った頃…、スノウが恐る恐る私に聞く。


「ええと…クーちゃん…、あの子知ってるの…?」


「……うん…、実は…私より先にここに来ている、私の弟なの……」


 俯きながら、心労気味で言葉を吐く私を見て、二人は事情を察してくれたようだった。


「まあ…なんというか…、横着な弟を持つとお姉さんは大変だね…。でもまあ、クーちゃんは気にしなくてもいいと思うよ…」


「でも、あの子、本当に血繋がってるの? 実は捨て子とかだったりして」


 ソラが冗談交じりながら、しれっと辛辣な言葉を吐く。


「こらこら…あんた、言って良いことと悪いことがあるでしょ…! ゴメンね、クーちゃん、この子たまに毒吐くから…」


「ううん…、気にしないで…。気遣ってくれてありがとう…」


 私は、スノウの謝罪に対し、力なく笑ってそう答えた。

 血が繋がっていないのは、むしろ私の方なのだが…。



 少し居た堪れなくなった私は、話題を変えるためにも二人にあのことを聞いてみた。


「ところで、私の前の席の子なんだけど…、あの子ってどんな子なの?」


「ああ…あの子ね…。どんな子って言われても、あたしたちもよくわからないよね…。すごく綺麗な子なんだけど、何だか、近付き難いオーラがあるというか…」


「うん…、そもそもたまにしか登校して来ないしね…」


「えっ…、そうなの?」


「うん、3日に1回ぐらいかな…。あと来ても、途中で早退したりね。でも、先生たちも何にも言わないし、まあ、私らには言えない事情があるのかもね」


「名前は何て言うの?」


「うーん…、オルビアさんとしか…。でも、それも名字なんだよね…。ほら、あの先生名字でしか生徒のこと呼ばないから」


「他の子と話をしてるとこ、見たことないしねー」


 二人が言った通りだった…、前の席の彼女は早退したらしく、午後の授業には姿を見せなかった。



 こうして、長いようであっという間だった学校生活初日が終わった。


「じゃあね、クーちゃん!、また明日!」


 スノウとソラと別れて、私はリグとフェニーチェとともに屋敷への帰路につく。


「何だよ〜、クラリス、お前『クーちゃん』なんて呼ばれてんのか?」


 昼間のようなことは本当にリグにとっては日常の一部分に過ぎないのだろう…、何事もなかったかのように能天気に悪戯な笑みを浮かべて、私をからかうように聞いてくる。

 しかし、昼間の件を今だに深く根に持っている私は、彼に視線も合わさず無視をした。


「おい…何だよ…、そんなに怒らなくたっていいだろ……」


「別に…、怒ってなんかないし…! あと悪いけど、当分学校では私に話しかけないでっ!」


「何だよそれ…。俺が一体何したんだよー!」


 狼狽える鈍感なリグを見て、フェニーチェは「ざまあみろ」とでも言いたげに、ニヤニヤとほくそ笑んでいる。


「それにしても、お姉様さすがです!」


「えっ…何で…?」


「だって、あんなにたくさんの先生方から好かれているんですもの…、わたしも鼻高々です!」


「いや…お前が鼻高々になるっておかしくね…?」


 何故だか得意満面なフェニーチェに対して、リグが単に疑問を持ったように突っ込むが…


「うるさいわねっ! アンタもお姉様を見習って、もっとしっかりしなさいよ! いつまでもお姉様に恥かかせるんじゃないわよ!」


「はあ!?、今は俺関係ねえだろ!」


「ちょっと、二人ともいい加減にして…!」


 またまた朝と同じようにいがみ合う二人を、私は苛立ち気味に制止した。

 この二人と一緒にいることはとても楽しいが、この気苦労をこれからも背負(しょ)っていかなくてはならないのかと思うと、少し胃がキリキリ痛むような心地になる。


「もう…お姉さまぁ…、そんなに怒らないでくださいよぉ…」


 フェニーチェが私に身を寄せ、上目遣いで口を尖らせて(へつら)うように迫る。

 そのあざとくもいじらしい面持ちを見せ付けられると、どうしても表情が綻んでしまう。

 私は諦観気味に微笑んで、彼女の制帽の上から優しく手を乗せた。


「おい、クラリス、こいつのこと、ちょっと甘やかし過ぎなんじゃないのか?」


 リグは不機嫌そうに私に意見をぶつけるが、フェニーチェは挑発するように、リグに対してあっかんべーをする。


「そんなことよりお姉様、わたしたちのクラスの先生、カンタレ先生なんですよ! とても優しい先生で楽しいです。お姉様はどうでした?」


「うん…私も楽しかったよ…」


 正直なところ、楽しかったとか単純な気持ちだけでは整理がし切れないぐらい、色々なことがあり過ぎた。

 それでも…、大勢の中で授業を受けたり…、あだ名を付けられたり…、同じ年の女子の友達が出来たり…、私は今日一日でたくさんの初めてを経験した。

 改めて、無理を言って学校に行かせてくれたお義父様に、私は感謝をした。




 ところで…


「そういえばリグくん…、私たちの担任のビアンテ先生って知ってる?」


 ビアンテ先生が私に言った、『自分はリグの元家庭教師だ』という言葉…。

 それが本当のことなのかどうか、私はリグに尋ねた。

 

「まあ詳しくは知らねえけど、顔と名前ぐらいは知ってるよ。なんかすげえ厳しそうな先生だよな」


「実はね、あの先生が私に『自分はリグの元家庭教師だ』って言ってたの…。それって本当?」


「はぁ?、そんなわけねえだろ…。俺の家庭教師だった奴は、頭ツルツルで厳つくてゴロツキみたいでクッソ怖いやつだぞ? そりゃあまあ、鼻筋や顔の形は似てないこともないけど…、どう考えたって別人だろ?」


「そう……」


 先生の発言は結局謎のままだが、リグ本人が『違う』と言うのならその通りなのだろう。

 モヤモヤは残るものの、私はそれ以上深く考えないことにした。


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