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とある魔導士少女の物語   作者: 中国産パンダ
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第5章 6.前の席の彼女とクーちゃん

 その彼女は教室後方の窓際の席で、物思いに耽るように頬杖をついて、一人外の景色を眺めていた。

 私の位置からでは彼女の表情まではわからないが、その情調は何処となく物憂げだ。

 僅かに青みが掛かったようにも見える金色の、胸上まで伸びて毛先が丸みを帯びた彼女の髪は、陽の光に当たってまるで卸したての絹糸の束のようにふわりと輝く。

 その清く透明感ある美しい横顔は、優しいと言うよりも慈悲深い…、可憐と言うよりも優美…、上品と言うよりも神々しい…

 周りの生徒と比べ、明らかに異彩を放つ…いや、別世界の人間と言っても過言ではない…、そんな佇まいの少女だった。

 彼女のその神秘的な存在感に、私は暫し彼女の姿に見惚れるように釘付けになってしまっていた。

 すると、私の熱い視線に気付いたのか、彼女は唐突に私に目を向けた。

 私は驚きと気恥ずかしさで、思わず顔を背ける。


「では、君の席はあの後方の空いているとこだ。早く行きなさい」


 ビアンテ先生は私の余韻をぶち壊すが如く、冷淡に席に座るよう促すが、先生に指示されたその席とは…、なんと彼女の真後ろの席だった。

 彼女の席の横を通り過ぎる際、私と彼女は真正面から目が合った。

 彼女は、薄っすらと笑みをこぼしながら、淑やかな仕草で私に会釈をした。

 髪色と同系色の長く柔らかな睫毛(まつげ)…、そしてそれに引き立てられた琥珀色の瞳の奥は星のように燦然(さんぜん)と輝いている。

 彼女の気品溢れる微笑みに、私は無意識に畏まってしまい、強張った表情でぎこちなく頭を下げた。

 席に着いてすぐに、目の前の彼女の後ろ姿を眺めながら、素敵な笑顔で接してくれた彼女にあんな態度を取ってしまったことを酷く後悔する。

 次の休み時間にはこちらから声を掛けようと決心した。

 ところが休み時間…、私は皆の質問攻めに遭い、その間に彼女はどこかへ行ってしまった。


「ねえねえ、あなたセンチュリオン本家の子なんでしょ? どうしてこの学校に来たの?」


「フェルトに住む私の従姉妹がこちらに留学することになって…、その付き添いもあるけど……、一番はやっぱり、私自身が学校に通ってみたかったからかな…」


「そうなんだ…、名家だと名家なりに色々あるんだねえ」


 こんな感じで、私は彼らから浴びせられる質問を、一つ一つ的確に処理していく。

 そしてついに…


「で、ガノン戦役に参加してたって本当なの?」


 一番恐れていた質問が来た。

 私の知りたくない事実を聞いてしまいそうで怖いが、止むを得ない…。


「なんで…そんな話になってるの…?」


 少し表現をぼやかして…、私は逆に彼らに、何故それを知っているのかを尋ねた。


「だって、ガノンから凱旋した時、あなた魔導部隊の馬車に乗ってたでしょ? みんな見てるよ」


(あの時か…!)


 確かに私たちがジオス城下に入った時、たくさんの市民が見物に集まっていた。

 その中に、彼らの何人かがいたわけだ。


(……ということは…、まだ…何とかなる…?)


 そう思い立った私は、瞬時に脳を全力で回転させて言葉を紡ぐ。


「ああ、あれね…。ちょっと家のお手伝いさんと一緒に、城塞外へピクニックに出かけたら、道に迷って帰れなくなっちゃって…。そうしたら、たまたま帰還した部隊の方たちと出会って、助けてもらったの…。ちょうど、部隊の方たちが父の知り合いで、面識のある人だったのも運が良かったかな……」


「ええ〜、そうなのー?」


 皆の反応は、何だか釈然としない様で微妙だった。


(よくもまあ、我ながら咄嗟に、ここまで出任せが出るもんだ…)


 しかし、一度言ってしまった以上、もうこの設定を押し通すしかない。


「そうそう、いくらなんでも私なんかが、戦争になんか行けるわけないじゃない…。変な噂立てられて、正直迷惑してるのよね、あははは…」


 私は不器用な下手くそな演技で、何とかその場をやり過ごした。

 そうなると、ビアンテ先生もあの日、私の姿を見て知ったのだろうか…?

 いや…でも…、彼の含蓄あるように見えたあの顔は、真実を知っているようだった…、あの人は一体…?



 私が話したかった前の席の彼女は、休み時間が終わると教室に戻って来た。


(次は休みは昼食の時間だ…、その時こそ絶対に話しかけよう…)


 そう強く思ったのだが…、昼食時、私は二人の女子生徒に捕まった。


「ねえ、クラリスさん、一緒に食堂に行きましょ。案内してあげる!」


「うん…ありがとう…」


 またもや邪魔をされた形になってしまったが、彼女たちの厚意もとても嬉しく、私は一緒に食堂に行くことにした。

 そうして彼女たちと食堂へ行く途中、フェニーチェに会った。

 彼女は、その持ち前の社交性で、早くも初日から友達が出来たようで、三人の女の子たちと一緒だった。


「どう、フェニーチェちゃん?、学校は楽しい?」


「はいっ、とっても楽しいです!」


「綺麗な人…、フェニーチェちゃん…誰なの…?」


 女の子の一人がフェニーチェに尋ねた。


「ふふん…!、この人がさっき話した、わたしのクラリスお姉様よ。とっても綺麗で優しくて、わたしの憧れの人なの!」


 フェニーチェは大層自慢げに、まるで彼女たちに見せびらかすように、私を紹介した。

 一体全体、私のことをどのようにどれだけ話したというのか…。


「本当にすごく綺麗…。こんな素敵なお姉さんがいるなんて、フェニーチェちゃん羨ましい…」


「そんなおねだり声で言ってもダメよ。お姉様はわたしだけのモノなんだから! 誰にも渡さないんだから!」


 彼女の友達や私のクラスメイトの前で、恥ずかしげもなく堂々をそんなことを言われ、私は顔を真っ赤にして羞恥に耐える。


「では、お姉様、また後で!」


 そんな私の気持ちを他所に、フェニーチェは友達を引き連れて、颯爽と去って行った。


「あれが、クラリスさんの従姉妹の子?」


「う、うん…」


「何というか…我が強そうな子だね…。でも、クラリスさん本当に可愛いから、あの子の気持ちもわかるなあ…」


「そうそう、私たちも『お姉様』って呼んでいいかな?」


「もう…、からかうのはやめてよ…」


「ふふふ…、クラリスさんって面白いね…」


「うんうん、センチュリオンの令嬢だっていうから、どんだけお高く止まったのが来るのかと思ってたけど、すごく素朴で優しい子だよね」


 彼女たちから面と向かって言われて、身体中がこそばゆいように恥ずかしい。


「あー、赤くなってる! 可愛い〜!」


「ところで『クラリスさん』のまんまじゃ、なんか他人行儀だよねえ…。『クラリスちゃん』でもいいけど、ちょっと普通過ぎるなあ…。……そうだ!、あなたのこと『クーちゃん』って呼んでもいい?、てか、いいよね?」


「ああ、それいい! じゃあ、改めてクーちゃん、よろしくね!」


「は、はい…こちらこそ…」


 有無も言わさず彼女らに押し切られて、私は変なあだ名を付けられてしまった。

 そういえば、あだ名を付けられるのは、記憶の上ではこれが初めてか…。

 少し照れ臭さはあるものの、不思議と悪い心地はしなかった。


「そんなことより、早く食堂行こうよ。良いメニューなくなっちゃうよ!」


「うん…!」


 『クーちゃん』という変なあだ名と引き換えに、彼女たちに受け入れてもらえた喜びを隠し切れずに、私は胸弾むように返事をした。



 それから…、歩きながら私はこの二人の女子から自己紹介を受けた。


「そうそう、忘れてた! 自己紹介するね。あたしの名前はスノウ・ガーラ・ナミシュ、よろしくね!」


 私に人生初のあだ名を付けた彼女ことスノウは、肩に着くぐらいの髪の長さで、前髪を眉の辺りで綺麗に切り揃えた、小柄で人懐っこく可愛らしい、活発な少女だった。


「私の名前はソラ・テューラ・クロベロ。よろしく!」


 もう一人の女生徒ソラは、入念に手入れがされた綺麗で艶やかな髪、整った顔立ち…、彼女のお喋りで明るい人柄とは裏腹に、清楚な佇まいの美少女だった。


「もう…この子ね、黙ってたら、本当に淑やかな美少女でモテモテなのに、口を開くと正体がバレちゃってドン引きされるんだよねえ…」


 ソラの私への自己紹介を受けて、スノウが呆れ気味にソラのことを語る。


「そんなことないって! そんな男は私を見る目がないだけだよ!」


「いやいや…、男子の前で、進んで下ネタ話す女子がどこにいるっていうのよ…」


「いや…、あれは話の流れでああなったわけで…。てか、クーちゃんも見てる前で、やめてよー!」


「何で、男子の前よりも女子の前で恥ずかしがってるの…?」


 二人の流れるような相性バッチリの会話を側で聞いて、私はそれがとても面白可笑しくて、ただクスクスと笑っていた。


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