第5章 3.南家の意図
そして、登校初日の朝…
私とフェニーチェはお揃いの制服に身を包んだ。
くすんだ青色のジャケットと膝丈までのプリーツスカート…、白のブラウスに顔大の大きな赤色のリボンとクリスタルブローチという学院の女子制服。
縁に金刺繍が施された、肩を覆う濃い紺色の短いローブと、十字と三日月の月理教のエンブレムが刺繍されたベレー帽型の制帽は、男女とも共通デザインだ。
女子制服のクリスタルブローチは初等部は翡翠色、中等部は青色、高等部は紫色と区別されている。
私が青色でフェニーチェは翡翠色だ。
ちなみに男子制服のブローチは、初等部がブロンズ色、中等部が銀色、高等部が金色となっている。
「お姉様とお揃いの制服着て学校に行けるなんて、何だか夢みたいですぅ…」
「うん…本当だね…」
互いに感慨深げに顔を合わせる私たちを見て、フェルカが微笑ましそうに声をかける。
「二人とも制服姿、本当に似合ってるわ。とても可愛いわよ」
フェルカに褒められて、私たちは嬉しそうに再びニッと顔を合わせた。
「じゃあ、みんな気を付けて行ってらっしゃい。リグ、二人のこと頼んだわよ?」
「おう、任しとけって!、ここじゃ俺が一番の先輩だからな。お前ら、ちゃんと俺の言うこと聞くんだぞ」
「ふんっ、アンタなんてちょっと先に通い始めただけじゃない!、調子に乗るんじゃないわよ! ねえ、お姉様?」
「ふふふ…、みんな朝から元気だね…」
この朝の静けさの中に響く騒がしさが私にはとても尊く感じられ、思わず笑いが込み上げてしまった。
さて、学校までの道中のこと…
「それにしてもアルテグラ叔父様、一見すごく怖そうだけど、優しくて物分かりも良くて素敵だわぁ…。うちのお父様とはえらい違い…」
「フェニーチェちゃんのお父様はどんな方なの?」
「わたしのお父様は、わたしのことを、お家のための道具にしか思っていないんです…。お兄様ばっか構って、わたしのことちっとも構ってくれないし…。まあ、お兄様のことはわたしも好きだからいいけど…。将来、どこかの名家に嫁がせることしか、考えていないんです…。お母様もお父様の言い付けを守りなさいって繰り返すばっかだし……」
「そ、そんなこと……」
私はフェニーチェを慰めるために、思わず彼女の言葉を否定しようとしたが、途中で言葉が詰まってしまった。
というのも、実はそのことは事前にお義父様から聞かされていたからだった。
昨日の夜のこと…、私は一人、彼に部屋に呼ばれていた。
……………………………………
「さてクラリスよ、明日から学院に通うわけだが…、準備は万端か?」
「はい、お義父様…、色々とありがとうございました」
「礼などいらぬ。親が子供により良い教育の機会を与えるのは当然のことだ。それよりも、フェニーチェのこともよろしく頼んだぞ?」
「はいっ」
挨拶代わりに軽く会話を交わすと、お義父様は少し重々しい様子で本題を切り出した。
「……実のところ、これは言おうか言うまいか迷ったのだが…、あやつの世話役のお前にだけは伝えておこう。実は、今回フェニーチェを留学させるに当たって、南家の方から一つ、あやつのことで頼まれごとをされているのだ…」
「そ、それは…?」
お義父様の表情からしてそこはかとなく嫌な予感がしたが、私は止むなく恐る恐る尋ねた。
ところが…、彼の口から出た言葉は全く予測不能な内容だった。
「フェニーチェの男嫌いを直してやってくれという話だ…」
「へっ……?」
拍子抜けしてすっかり気の抜けた返事をしてしまった私に対し、お義父様は思案に暮れるように控えめな面持ちで話を続ける。
「まあ、そんな反応になるのも無理もない…。しかし、これは殊の外重大な問題なのだ。あやつと付き合っていて薄々感づいていると思うが、あの娘の男嫌いは尋常ではない。それでも、あやつもいつかは、他家に嫁ぐ日が必ずやって来る。センチュリオン南家の令嬢としての役目を果たさねばならんのだ。さすがに同性愛ということはないだろうが、男嫌いをこのまま拗らせてしまっては、家のためにも本人のためにもならん。あやつはフェルトでも学校に通っているが、それは女子だけの学校のようだ。一方、学院に通えば異性の生徒もたくさんいる。娘の男嫌いを直すきっかけになるのではないかと、南家は考えているようだ…」
お義父様の言葉を聞いて…、私は烏滸がましくも不快感にも近い違和感を感じてしまった。
令嬢としての役目を果たさなくてはならないことはわかるが、他家に嫁ぐことだけが道ではないだろうに…。
だとしたら、病弱で外に出れないフェルカは一体どうなるのか…?
彼女は彼女で、その弱々しい体に鞭を打って、本家の長女としてやれることを一生懸命やっている。
フェニーチェにだって、家のために彼女にしかできないことがきっとあるはずだ。
それに、人を好きになるのに、男も女もないだろう。
同性愛の何が悪いのか?
私は彼女から『好きです!』と告白された。
一体どんな感情であの子が私のことを好きなのかはわからないが、真剣な眼差しで人から好きと言われることはとても嬉しく……そして心が満たされる。
腑に落ちないように曇った表情を浮かべる私を見て、お義父様は静かに言った。
「まあ、こればかりは個人の嗜好の問題だ。我々他人がどうこう出来る問題ではない。ただ、あやつの親よりそういう話があったということだけは頭に留めておいてくれ…」
さっきは、お義父様に批判的な思いが脳裏を過ってしまったが、実のところ、彼の考えも理解は出来る。
自分の信念を現実が受け入れてくれることなど、実際はそれほど起こり得ないからだ。
それを、私はガノンにて嫌というほど思い知らされた。
それだけ、この世界は不条理で…、そして生きづらい。
「はい…わかりました、お義父様…」
私は若干のやるせなさを感じながら、力なくそう返事をした。
…………………
……………
………
…
フェニーチェのさっきとは打って変わって悲しげな表情を横目で見て、私は昨晩のお義父様の話を思い出し、自分のことのように心が痛んだ。
すると、唐突にリグが話の流れをぶった切るように口を挟む。
「でもさ、父上、怒るとめっちゃ怖いんだぜ…。女子供にも容赦ないからな。こないだなんて、こいつ裸にされて縛られて鞭打ちされて外に放り出されてたし…」
「なっ…!?」
思いもよらぬ、顔から火が出るぐらいに恥ずかしい過去の暴露に、私は顔を真っ赤にするどころか蒼白になった。
「な、何なのそれ…!?、ちょっと詳しく教えなさいよ…!」
陰鬱な表情を一変させたフェニーチェが、興味津々にリグに詰め寄る。
「ああ、こいつが勝手にガノンに付いてっちゃって、それで父上に罰でお仕置き部屋に連れて行かれて、服脱がされて裸に……」
「は、裸になんてされてないわよ…!」
「じゃ、じゃあ…どこまでされたんですか…?、わたし気になります…!」
「ああ、もうっ!」
ベラベラと私の過去の汚点を暴露するリグと、興奮気味に食い付くフェニーチェに苛立ちを感じながらも、その状況をとても楽しいと思う自分がいた。
こんなことであの子の顔に笑顔が戻るのなら、この程度の汚れ役ぐらい喜んで引き受けよう…。
意図的にやったのかどうかは知らないが、この楽しい時間を与え、フェニーチェの元気を取り戻してくれたリグに、私はほんのちょっぴりだけ感謝をした。
すっかり元通りになった私たちは、他愛のないお喋りを交わしながら、期待に胸を膨らまして学校に向かう。
学校まであと数分というところで、リグが唐突に話題を切り出した。
「そういえばさ…、お前らに教えとくけど、一人めちゃくちゃ怖い女の先生がいるんだ…」
「どんな人なの?」
「うーんと、そうだな…、30歳ぐらいで、まあ美人だとは思うけど、赤毛で女にしては身長が高い…、カンタレ先生に似た感じの人だよ。非常勤でいつもいるわけじゃないけど、俺らこないだぶん殴られたからなあ…。お前らも気を付けろよ」
フェニーチェはその話を聞いて、少し不安げに怯えたような表情を見せるが……
(間違いない…それはアリア姐さんのことだ……)
「ぷっ…!」
そう思った途端、私は不覚にも吹き出してしまった。
「あははは…、大丈夫よ、フェニーチェちゃん。その先生、きっととてもいい人だから。バカなことして先生に怒られるリグくんが悪いんだよ」
「な、なんだよそれ…。俺の忠告聞かなかったこと、あとで後悔したって知らないんだからな…!」
まるで負け惜しみを言うようにムキになるリグが可笑しくて、私たちはケタケタと笑った。




