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とある魔導士少女の物語   作者: 中国産パンダ
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第5章 2.お義父様の計らい

 その部屋はやはり、約1年半前、初めて私がこの屋敷に連れて来られた時、皆と面会したあの部屋だった。

 先日のガノンの件があるので、この部屋に入ること自体は別に久しぶりではない。

 ただあの日、自分はこれからどうなるのか…緊張に震えながらこの部屋のドアを跨いだ私が、今では、この家の一員として、新たな家族を迎えようとしている…。

 私と手を繋いで部屋に向かうフェニーチェを横目で見ながら…、胸に感慨が込み上げて来た。

 そして部屋に入ると、テーブルを囲んで、中央の単座のソファーにお義父様、左側のソファーにトテムとリグが座っていた。

 厳格な佇まいのお義父様に、肝が据わってそうなフェニーチェもさすがに恐縮したようで、緊張でぎこちなくなる。


「ご、ごきげんよう…アルテグラ叔父様…。こ、この度…はお世話になります…、よろしくお願いします…!」


 カチコチになりながらも、フェニーチェは健気な大きな声で、部屋に入って早々に自己紹介をした。

 その様子を見て、珍しくお義父様が笑った。


「ははは…、そんなに固くならんでよろしい。とりあえず皆、掛けなさい」


 そう促されて、私たち三人は右側のソファーに腰を掛けた。


「さて、今日から学院への留学のために我が家に下宿することになった、フェルト南家の長女フェニーチェだ。……といっても、皆面識はあるな。フェルトとは何もかも勝手が違って、わからないことだらけだろう…、皆よろしく頼む」


 お義父様は私たちにそう言った後、フェニーチェに対し言葉をかけた。


「フェニーチェよ…ジオス在留中は、私のことを実の父と思ってくれていい。わからないこと気になることがあれば何でも言いなさい」


「はいっ、ありがとうございます!お父様」


 調子のいい彼女は、早くもこの新天地での環境に慣れ始めたようだった。



 するとその時だった。


「父上、ご用件はこれでよろしいでしょうか? 魔導審査会のための勉学が遅れています故…、私はこれにて失礼します」


 トテムが急にお義父様に一方的にそう告げて、退室したのだ。

 彼はフェニーチェを、部屋に入って来た時に一瞥しただけで、全く見ようとしなかった。

 それはもう、存在自体に関心がないように…。

 後で聞いた話だが、トテムが言った『勉学が遅れている』というのは、お義父様がガノン遠征中に彼が執務を代行していた影響らしく、これを理由に持ち出されたら、さすがのお義父様も何も言えないようだ。

 唐突なトテムの非礼に、フェニーチェは先の生活に不安を感じるように表情が曇った。

 するとお義父様が申し訳なさそうに言った。


「すまんな、フェニーチェ…。あやつはああいう人間なのだ。心配しなくても良い、フェルカとクラリスとリグがお前を助けてくれる。私も出来ることは何でも支えになろう…」


「大丈夫です、お父様。わたし頑張ります!」


 フェニーチェは精一杯強がるように、満面の笑みで返事をした。


「そうか…」


 お義父様は、彼女の屈託のない返事を聞いて、少し嬉しそうに笑みを浮かべながら軽く鼻息を()いた。


「そうだぞ、この俺様が学校の先輩としてしっかり教えてやるからな。何ならお兄様って呼んでくれたっていいんだぜ?」


 リグが得意げな顔で、フェニーチェに対して偉ぶるようにそう言うが…


「バッカじゃないの?、誰がアンタなんかにお世話になるって言うのよ!」


「な、何だとぉ、てめえ!」


「こらっ、二人とも止めんか!」


 お義父様がその場でリグとフェニーチェを咎めるが、二人の口論はまだ止みそうにない。


「わたしはクラリスお姉様に教えてもらうもん! アンタなんかどうでもいいんだからっ!」


「はあ?、お前、何にも知らないのな…。学校行ってんのは俺だけだぞ?、クラリスは行かないぞ」


「えっ…!?」


 フェニーチェはてっきり、私も学院に通っているものだと思い込んでいたようだ。


「お姉様…本当なんですか…?」


「うん…」


「そ、そんなあ…」


 彼女は酷く落胆し、ついには涙ぐんでいる。

 その様子を見て私も少し心が痛み、この子たちと一緒に本当に学校に行けたら…と、ふと心の中で思ってしまった。

 自分では全く意識していなかったが、そんなにも顔に出ていたのだろうか…、私とフェニーチェを見て、お義父様の口から出た言葉は……


「……クラリス…、お前も学院に通いたいのか?」


 予想だにしない彼の言葉に、その場にいた全員の視線が彼に集まる。


「……はい…」


 重々しく答えた私に対し、お義父様は力なく一息吐いて淡々と言った。


「馬鹿者、そういうことならもっと早く言わんか…。まあ、少々急にはなるが、学院長に掛け合って、来週にでも編入出来るよう手配しよう」


「い、いいのですか…!?」


「良いも何も、別に不都合なことはあるまい? 確かに当家は代々、子女に対しては家中にて教育を行って来たが、必ずしもそれをこれからの世代が踏襲しなくてはならない理由はない。物事は時代の流れに即して、変革していかなくてはならん…教育もまた然りだ。勉学魔術以外にも、学校でなければ学べない、経験出来ないことはたくさんあろう…、しっかりと励んで来い」


「ありがとうございます…お義父様……」


 私はお義父様に深く感謝した。


「お姉様……」


「うんっ…!」


 フェニーチェが私を見つめて、目を輝かせながら言葉を吐く

 それに対し、私は歓喜を抑え切れない心持ちでそれに応えた。

 フェルカとリグは、まるで私たちを祝福するように、優しい目で見守っていた。

 そういうわけで、お義父様の計らいで、私はフェニーチェと同日に学院に編入出来ることになった。


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