最終章 最終話.クラリスとリグ
ついにここまで来ました…、これにて最終回となります。やや長めの内容ですが、もう最後なので分割せず一気に行きます。最後は、あれからさらに未来のジオスのお話です。
あれから80年…、あの救国の戦いからは100年余りもの時が経ったジオス王国。
鉄道網に幹線道路網、高速道路、国際空港、地下鉄、高層ビル群、巨大スタジアム、百貨店にショッピングモール、最先端研究施設、大規模工場地帯などなど……
ジオスはその後もめざましい発展を遂げ、50年前に “王都” からその名を変えた首都アジュールは、今や世界有数の大都市として名を馳せている。
特に今日における熱い話題が、ジオスフェルト間を僅か半日足らずで結ぶ、最高時速250kmの高速鉄道だ。
実はこの夢の弾丸列車を設計したのがレーン・ディーノ・センチュリオン…、そう、あのレーンである。
国立鉄道博物館には、ジオスの鉄道の父として彼の銅像が建てられている。
だがその一方で、国がどれだけ発展しようと変わらない景色もあった。
それは今でも “旧王都” と呼ばれる、遥か昔にクラリスたち皆が暮らしたあの街である。
とはいえ、何十年も前からその兆候はすでにあったが、そこに住まう人々の活気に満ちた息吹は感じられない。
今や世界一の観光大国でもあるジオス。
交通が発達しますます世界の距離が縮まる中、主にフェルトから夥しい数の観光客が訪れるようになっていた。
当然、旧王都地区では観光客相手の商店や飲食店、宿泊施設が乱立する。
それは交通問題やぼったくり、観光客の迷惑行為など数々のトラブルを生み、ついには現地住民との軋轢にも発展して行く。
今この街は、いわゆるオーバーツーリズム問題を抱えている。
ところで、ここまで世界がガラッと変わってしまうと、最早魔導大国と呼ばれし頃の面影などどこにもないように思われるかもしれない。
しかし意外にも、実際はそうではなかった。
あの時代…、海をも越え世界にその名を轟かせた “青” の魔導士たちは、今でもジオスの人々の誇りなのだ。
魔術そのものも、習い事や趣味として老若男女問わず広く学ばれている。
クラリスも参加した王立魔導審査会…、それも今は全国魔導選手権と名を変えて脈々と受け継がれていた。
無論、その会場は王城の中庭などではなく、一万人収容可能の巨大アリーナであるが。
そして、周辺のかつての名家の屋敷が富裕層向けホテルや投機物件に姿を変えていく中、センチュリオン家現当主はクラリスとリグが暮らしたあの家を今も守り続けている。
さて、そんな首都アジュールにおいて負の遺産とも言うべき場所…、それが王城跡である。
流石に大山の如く積み重なっていた瓦礫はとうの昔に除去され、現在では城址公園として整備されている。
その一方で、一部の区画では今も現地調査が行われていた。
調査に当たっているのは聖教大学ジオス近代史研究科の専門チームだ。
この聖教大学の学祖はシエラ・クレセント・ジオス。
およそ90年前にシエラが設立した月理教系の学校が前身の、今ではジオス有数の名門大学である。
調査現場を監督しているのは、教授と思われる中年の男性。
するとその時…
「教授っ、センチュリオン教授っ、ちょっとこっちに来てくださいっ…!」
「んっ?、どうしたっ?」
助手が教授の男を呼び寄せる。
その張り上げた声量から、彼が何らかの大きな発見をしたであろうことは容易に想像がついた。
ただその助手の声からは研究者としての興奮や喜びではなく、むしろ悍ましいものを見てしまった怖気がひしひしと感じられた。
「……ッツ、こ、これは……」
自身の足元に広がる光景を見て、教授の男は思わず言葉を失う。
なんとそこにあったのは、二人の白骨化した遺体だったのだ。
背丈も肩幅も華奢で、それがまだ10代前半の子供のものであることはすぐにわかった。
そしてこの二つの遺体…、愛おしそうに肩を寄せ合い、死の直前よっぽど強く握り締めていたのだろうか…、その手は互いの骨が絡み合っている。
また片方の遺体は、首からペンダントらしきものを掛けていた。
普通の人間ならば、一見しただけでこれ以上を推察するのは至難の業なのかもしれない。
だが、この教授の男は違った。
何故ならば、彼は現センチュリオン家当主の次弟グレシオ・ディーノ・センチュリオンだからである。
「間違いない…。フェニーチェお婆様から生前散々聞かされていた……クラリスとリグだ…」
「ええっ…?、『クラリスとリグ』と言いますと、あの戦いで子供ながらに参戦して、未だに遺体が発見されていなかった……」
「一部では二人の話は創作だとも言われてましたが…。まさか本当にあんな悲劇があっただなんて……」
この国の歴史を齧ったことがあるのならば、クラリスとリグの物語は多くの者が知っている。
とはいえもう100年以上も前の出来事であること、そして何より現代の価値観ではあまりにも荒唐無稽な事象が多々見受けられることから、語り継がれた内容を鵜呑みにする者はほぼいないのが実情だ。
「うっ……うううう……」
「教授っ…?」
グレシオは突如その場で泣き崩れた。
(こんなに小さな子供たちがこんな過酷の運命を背負う…。これがかつてこの国にあった現実か…。死の直前…この子たちはどんなに怖かったことだろう…。そしてこんな冷たい土の中で100年以上も…どんなに辛く寂しかったことだろう…。ごめんな…、今まで見つけてあげることが出来なくて……)
グレシオが溢した大粒の涙は、クラリスのペンダントのトップに綺麗に収まるようにして落ちて行った。
所変わって、ここは首都アジュールから150キロほど離れたとある村。
“村” といっても学校、役所、診療所、鉄道駅、商店などなど…、一応の施設、インフラは揃った、それなりに暮らしやすい適度な田舎である。
さてその中で、何の変哲もないとあるお宅に注目しよう。
時刻は朝…、一人の幼い少女が母親お手製の朝食を美味しそうに頬張っている。
悪目立ちをしない程度に白金を帯びた髪に、澄み切った青の瞳。
ややお行儀悪く足をばたつかせる、そんな何気ない仕草が愛らしい。
ところで、少女が食事に夢中になってる横で、室内のテレビからは朝のニュースが垂れ流されていた。
ブラウン管越しに伝えられるその内容は…
“昨日、エリエフ首相はフェルトのスコーピオル首相と電話会談を行った。ガノンの軍事力増強に対し、両国の軍事協力を一層強化することで合意。”
“モールタリアの首都ダスカにて自爆テロ発生。死者35名、負傷者100人以上。東モールタリア分離独立派が犯行声明を発表か。”
“フットボール1部リーグ第5節、Fアジュール対フォーク戦にて12−1の歴史的大差。試合内容に激怒した一部のフォークサポーターが暴徒化。10人以上を逮捕。”
などなど…。
まだ齢9歳の少女の意識がそれらに振り向くはずもなく、彼女は “雑音” を右から左に聞き流しながら食事を楽しんでいる。
ただそんな中で、一つだけ少女の気を掠ったニュースがあった。
それは…
“王城公園にて発掘調査を行っていた聖教大学の研究チームが、子供のものと思われる白骨化した遺体を発見しました。死後から相当年数経っているものと考えられ、チームを率いるセンチュリオン教授によると、100年前の救国戦争にて子供ながらに参戦していたと伝えられる、クラリス・ディーノ・センチュリオンとリグ・ディーノ・センチュリオンのものである可能性が高いとのことです。また先月、ミグノン連邦国ヴェッタにある写真館にて、クラリスとリグである思われる多量の写真が発見され、謎が多かった二人についての研究が大きく進むものと思われます。なお、アジュール王立博物館では、来週より『 “悲劇の一族” センチュリオン家特別展』が催されます。”
(『クラリス』……わたしとおんなじ名前…)
そう、少女がこのニュースに些かの関心を示したのは、決して彼女が歴史に興味を持っていたからではない。
何の偶然か、少女の名もクラリスだったのだ。
それから、食事を済ませて学校の制服にお着替えを済ますと、少女は自身の日課である登校前の読書に耽っていた。
今読んでいるのは、児童書『魔導士ターニーの大冒険シリーズ ターニーと海の王女様』。
学校の先生からは、読書感想文用として『偉人伝 平民宰相ビバダム・グリンチャー』を指定されているのだが、どうやら彼女は前者の方に夢中らしい。
さてこのシリーズ作品…、言うまでもなくモデルはあのターニーである。
稀代の大魔導士だったターニーだが、最早この世界に自身の居場所がないことを悟った彼女は、完全にデール族の里に身を移す。
そして家族同然となった里の人々に囲まれて、89歳で安らかにその生涯を終えた。
無論この世界の人々は、ターニーの最期について知る由もない。
彼女への空想は際限なく膨らんでいき、今や史実とファンタジーの垣根を越えてしまった。
するとその時、大きな洗濯カゴを抱えた少女の母親が通りかかった。
「もう、クラリスったら…。またターニーの本ばっか読んで…。先生から言われてるのは違う本でしょ? これじゃあ感想文書けないわよ?」
「だってあの本つまんないんだもーん…。ターニーのほうがおもしろいんだもーん」
母親の忠告に対し、少女は机上に華奢な腕をだらーんと伸ばして細やかな抵抗を示す。
そんな憎めない娘の姿に、母親はしてやられたように軽く笑みを浮かべる。
「だってターニーってすごいんだよぉ? いっぱい魔術使えるし、動物とおしゃべりもできるし、竜にだって乗れちゃうし、それにねっ、それにねっ……」
ターニーを語らせるとどうも熱くなる兆候がある少女。
一旦娘の話に乗ってやって適当にはぐらかそうと考えた母親だが、彼女はふと上手い切り返しを思い付いた。
「確かにターニーは何でも出来てカッコいいしすごいわよねぇ。でもねクラリス、ターニーだって最初から何でも出来て強かったわけじゃないのよ? ターニーは小さい頃は黒い髪と目が理由で、いじめられてて一人ぼっちだったの…。でもそんなターニーを救った一人の女の子がいたの。その子の名前は “クラリス” って言うのよ」
「えっ…?、わたしとおんなじ名前…?」
「そう。確かターニーのお姉さんに当たるのかしら? 実はお母さんね、あなたにクラリスみたいな思いやりのある子に育って欲しくてその名を付けたのよ」
「ふーん」
自身の名に込められた母の想いを理解するには、少女はまだ幼過ぎるようだ。
ちなみに世間一般には、クラリス・ディーノ・センチュリオンは歴史上の有名人物である。
過酷な運命に翻弄され、出生すらも謎に包まれた儚き美少女…。
それだけで、人々の興味関心を唆るには十二分というものだろう。
なお、国営放送局であるジオス放送協会では、クラリスの生涯をテーマにした長編歴史ドラマの制作が決定している。
そのタイトルは、『とある魔導士少女の物語』。
……………………
「ねえねえっ、その “クラリス” って子はどんな子だったの?」
一転、クラリスに興味を持ち始めた少女はグイグイと母親に迫る。
とはいえ母親の方も、娘の知的欲求を満たしてあげられるほど歴史に明るいわけでもない。
「ええと…そうねえ……、あっ、そうだわ! 来週アジュールのお父さんのとこ行きましょう。それでお父さんに王立博物館に連れて行ってもらうの。きっと博物館の学芸員さんならクラリスのこといっぱい知ってるわよ」
「えー、ほんとっ? うわーいっ、電車に乗れる〜!、たのしみ〜!」
「そんなことより、もうそろそろ時間よ? 学校遅刻しちゃうわよ?」
「はーいっ、いってきまーすっ」
「行ってらっしゃい。車には気をつけてねー?」
いつものように元気良く外に飛び出した少女。
母親から車に気を付けるよう言われていたが、田園風景広がるこの辺りを走っているのはせいぜいトラクターがやっとだ。
さて、そのまま真っ直ぐに学校に向かうのかと思いきや、少女が立ち寄ったのはとある家だった。
チリーンッ…
「はーい、クラリスちゃん、おはよう」
「おはようございまーす!、フェリカお姉ちゃん」
呼び鈴を鳴らして出て来たのは、20歳前後と思われる女性。
母性溢れる淑やかな佇まいで、まるでかつてのフェルカを彷彿とさせる。
「うふふふ…、今日も元気ね。ちょっと待っててね、あの子今起きたばっかなのよ…。リグ〜っ、早くしなさーい! クラリスちゃん来てるわよぉ〜!」
女性ことフェリカに急かされて家の奥からドタドタと出て来たのは、少女と同年齢と思しき少年だった。
パンを咥えて制服をだらしなく着こなした、丸っこい童顔のやんちゃ小僧。
そしてこれまた何の偶然か、この少年の名はリグだったのだ。
「まったく、この子は夜更かしばっかして…。ほらっ、制服もちゃんと着るっ。先生に怒られるわよ?」
「朝からうっせえなぁ…。そんな大声で言われなくたってわかってるよ、姉ちゃん…」
「だったらちゃんとしなさいっ。少しはクラリスちゃんを見習ったらどうなの? 本当にいつもごめんねー、クラリスちゃん」
………………………
こうして二人で登校する少女と少年。
「あー、腹減ったぁ…、時間なくてパン1個しか食えなかったよぉ…」
「そんなのリグくんのじごうじとくでしょー」
「なんだよ…、難しい言葉使いやがって…」
「てかリグくん、また遅くまで起きてたの?」
「だってしょうがねえじゃん…、昨日の夜テレビでフェルトリーグの試合やっててさぁ〜。やっぱフェルトってすげえよなぁ〜。ああー、いつか生のフェルトリーグ見に行きてえなぁー」
「興味なーい」
「……なんだよ…。てかお前、そんな文句言うんだったら別に毎朝ウチに迎えに来なくたっていいだろ。逆になんで来るんだよ…」
「そ、それは……せ、先生ができるだけみんないっしょに来るように言ってたから…」
「なんか顔赤くなってんぞ…。でもまあわかるぜ、なんかお前は赤の他人って感じがしないんだよなぁ」
「べ、べつに赤くなってないもんっ…。てか小さい頃からずっといっしょに遊んでたんだから、そりゃあ『赤の他人』じゃないでしょ」
「いや、そういうことじゃなくてさ…。なんというか…俺生まれる前からお前のこと知ってたような……。上手く言えないんだけど…」
「え…、それわたしも……」
「ん?、今なんか言ったか?」
「う、ううん…、何でもないよ…」
そんなこんなで、いつものように無邪気な会話で盛り上がる幼馴染の二人。
ところがその時…
カーンッ…カーンッ……
丘の上の学校から予鈴の鐘が響く。
「やっべっ…、ちょっとゆっくりしすぎたっ…。たしか今日校門に立ってんのはアリヤ先生……。あの先生女だけどすっげえ怖いんだよなぁ……」
「全部リグくんのせいでしょっ。わたしまで怒られるのイヤだからねっ」
「もう、うるせえなぁ…、つべこべ言うなよ…。とにかくこのままじゃ遅刻しちまう、早く行くぞっ、クラリス」
「あっ…」
何としてでも遅刻を回避すべく、突発的に少女の手をギュッと握って走り出した少年。
勝手気儘な行動であるが、そんな彼に身を委ねる少女の顔は細やかな幸せに満ちていた。
さてこのようにして、平和と繁栄を享受するジオスで健やかに育つ二人の少年少女。
だが世界に目を向けてみると、今の時代はクラリスたちがいたあの時代よりも遥かに混沌を極めていると言ってもよい。
その混沌の中心となっているのが、無尽蔵の天然資源が眠るモールタリアだ。
隣国ガノンは軍事力を増強し続け、広大なモールタリアを我が手中に収めようとしていた。
ガノンの傀儡勢力、さらには分離独立を訴える勢力なども入り混じって、今や彼の地では熾烈な内戦が繰り広げられている。
ガノンの覇権主義を恐れた北の隣国ミグノンは、ブレロ山脈という自然の要塞を活かして永世中立を貫く孤立国家となってしまった。
そしてガノンを牽制する、もう一方の覇権主義陣営がフェルトとジオス。
モールタリアの親フェルト勢力を支援すべく、逐次派兵を行っている。
当初は後方支援のみに徹していたジオスだが、今年から本格的に派兵に加わることとなった。
さらには今、フェルトの技術支援を受けてジオス国軍初となる空母の建造が始まっている。
その艦名は、かつての偉大なる魔導士一族の長の名を用いて “アルテグラ” 。
そういうわけで、遥か異国の地の大きな犠牲の上に成り立つ仮初の平和など、突如音を立てて崩れ去る日が来るのかもしれない。
それでも…
「こらっ、お前らギリギリだぞっ。もっと早く来いっ」
「ひっ、アリヤ先生……。でもギリ間に合ってよかったぁ…。これで遅刻だったらどんな目にあってたか…」
「まったくよ、もう…。リグくんの巻き添えになるなんてイヤだからねっ」
「まあそう言うなって…。でもほんと助かったよクラリス。これからもよろしくな」
「ええ…、『これからも』って…。わたしこれからもずっとリグくん家に迎えに行かなきゃいけ……まあいいけど……ひまだし…」
「なんだよ『ひま』って、あはははは……」
「笑わないでよぉ〜、もうっ……ふふふふ……」
「こらっ〜、お前らいつまでそこで駄弁ってんだぁっ。さっさと教室入れっ〜!」
………………………
運命の荒波の中でその短過ぎる命は無情にも尽き果て…、それでも死の間際の切なる願いによって、100年の時を超えてこの時代に生を受けることが出来たのだ。
せめて子供でいられる間だけは、この子たちが他愛のないことで無邪気に笑っていられるのをただ願うばかりである。
ようやくこの瞬間を迎えることが出来ました。当初の予定よりも大幅に時間がかかってしまいましたが、何とか完結出来てホッとしています。もしこの作品を最初から最後まで追って下さっている読者様がいらしたら、本当に感謝の念に耐えません。ブクマ登録してくださった方、コメントをくださった方、評価をくださった方…、本当にありがとうございました。一応、次回作の構想もあることはあります。また気が向いたら投稿を始めようと思っています。それでは皆さん、また会う日まで!




