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とある魔導士少女の物語   作者: 中国産パンダ
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最終章 15.女王レイチェルの婚活記(前)

 ジオスが民主国家の道を歩み始めて早5年。

 昨年の第一回国民議会総選挙は大きな混乱もなく終了し、前期での実績が一定の評価を得たビバダム政権は、そのまま二期目へと入った。

 そんなわけで、とりあえずはジオスの政情は安定期に入ったと言っても良いだろう。

 そうなると、政治の表舞台からますます遠ざかるのが女王レイチェルである。

 最早彼女が大権を行使せざるを得ない状況は訪れない。

 これまでの激動の時代が遠い夢物語であったかの如く、さぞや持て余すほどの平穏な日々を謳歌しているものと思いきや……


「グリンチャー首相っ、次の王位継承者が不在である現状についてどう思われますかっ?」


「事は王室の存続にも関わる由々しき問題だと、我が社の世論調査でも出ていますが?」


「王室のご事情に関しては、私は私見を申し上げる立場にはありません。王室ならび女王陛下に対して不敬となるような報道はされないようお願いします」


 記者たちから矢継ぎ早に質問をぶつけられる首相ビバダム。

 だがそれも無理もないことで、実は今、王室の世継ぎがいないことが大きく憂慮されているのだ。

 もしもこのままの状態が続けば、ジオス王室は廃絶という最悪の末路を辿ることにもなりかねない。

 つまりこれは決してゴシップネタなどではなく、王国としての根幹をも揺るがす国難級の大問題なのである。

 ところで、そんな渦中のど真ん中に立たされているレイチェル。

 適当な名家から養子を取ってその子を王位継承者に仕立てる…、あるいはそれなりの家柄の男性と契約的に婚姻する…。

 彼女であれば、あの冷徹な “鉄の王女”であれば、王室存続のためにその程度のことはやりそうなものである。

 ところが…


(若き頃はただ剣一筋に武を磨いて来ましたが…、齢50をも越えた今、それにも虚しさを覚えるようになってしまった…。もちろんそれは、このジオス王室の王女として生を受けた宿命でもあったのですが…。しかし、私は己の半生を(もっ)てその宿命の嵐に耐え切ったのです。もしも、神が私の姿をご覧になられているのなら…、こんな侘しい私に素敵な殿方との出会いを……)


 なんとレイチェル…、人生の半分をとうに過ぎた今、彼女はごく平凡な女性としての幸せを切望していたのだ。




 それから数ヶ月後…、女王レイチェルの姿は大洋を隔てた遥か彼方、ヴェッタの地にあった。

 両国の友好親善の証として、シュナイダー公爵家より国賓として招かれたのだ。

 ちなみに、現在のヴェッタの領主はあのアスターである。

 ジオスとの架け橋を築いたことが高く評価され、また民衆からの人気も高い彼は、次男ながらにして家督を継ぐこととなった。

 こうして10日間にも渡る船旅を経て、ついにヴェッタ港へ降り立ったレイチェル一行。


「ようやくヴェッタの地に到着しましたね、レイチェル様。長きに渡る船旅でしたが、ご体調はいかがですか?」


「ええ、全く問題はありませんよ、ヘリオ。この眼前に広がる雄大な山脈と清々しい空気に触れるだけで、旅の疲れなど吹き飛んでしまいましたからね」


 レイチェルに随伴していたのはヘリオだった。

 魔導部隊が解体されても忠誠は決して揺らがない彼は、レイチェルの護衛兼秘書として仕えている。

 さて、形こそ変われど今も強い信頼関係で結ばれているこの二人。

 しかし、レイチェルのヘリオへの感情は、最早主君としての()()だけでは収まらなかった。

 一体いつの頃から、彼を男性として意識していたのかなど覚えていない。

 ただ気付けば、これまでと同じ目で彼を見ることが出来なくなってしまっていた。

 もちろん立場上、自身からヘリオにその想いを伝えることなどあってはならない。

 だが、もしも運命の悪戯で彼がそれに気付いてしまったのなら…、そして願わくば彼の口から愛の言葉を聞けたのなら…、レイチェルはそれを受け入れる決心はとうに出来ていた。

 とはいえ、そんなものは恋愛小説に毒された年甲斐もない妄想…。

 現実は無情なものだ。

 ヘリオにとってレイチェルは忠義を尽くすべき主君…、それ以上それ以下の何者でもなかった。

 そして何より、彼は数年前に一般女性とちゃっかり結婚しており、今や一児の父である。


(もう20年以上も私の側にいるというのに、この男はどうして私の想いに気付いてくれないのでしょう…。やはり…、“武” 一筋に生きて来た私には、殿方が求める女としての魅力などないということなのでしょうか…)


 今も悶々と気持ちが吹っ切れないレイチェルは、ヘリオをそこはかとなく恨めしそうに見つめる。


「い、いかがなさいました?、レイチェル様…。やはりどこかお身体でも…」


「なっ、何でもありませんよ…。さあ参りましょう」



 ……………………… 


 こうしてレイチェル一行は、シュナイダー家の馬車隊に出迎えられて街へと出立した。

 馬車隊が進む街道沿いには、人々がわんさかと集まって歓迎ムードを盛り立てている。


「おおっ、あれがサーニー先生の作品に出てた『鉄血の王女』のモデルとなった、レイチェル女王か!」


「うおおおおっ!、今こっちに手振ってくれたぞぉ!」


「なんて凛々しく気品溢れる佇まい…。麗しい……あれ、よく見ると……まあそんなもんだよな…」


「ヴェッタジオス友好ばんざーい!」


 レイチェルを乗せた馬車が通過する度に、民衆の歓声は一際高くなる。


「素晴らしい歓迎ぶりですね、レイチェル様。ヴェッタにて我が国の好感度が非常に高いとは聞いていましたが、まさかこれほどとは…」


「本当に素晴らしいことです。これもアンピーオの作品の影響によるものが大きいのでしょうね」


「あの人は今や、この国では伝説の作家として語り継がれているみたいですしね」


「彼が遺してくれたもの…、それは作品のみでなく、ジオスとヴェッタとの絆もだった…ということですね。それにしても、人々のみならずこの街並みも素晴らしい。まるでかつての王都のようで郷愁をそそられます。ただ…」


「いかがなされました?、レイチェル様。何か気付かれた点でも?」


「ええ、これほど街が栄えているにもかかわらず、全裸男関連のものが全く見当たらないのが気になりますねぇ。ヴェッタといえば何と言っても全裸男発祥の地…、それも期待していたのですが……」


「レ、レイチェル様…、恐れながら、そのような言葉を申されてはいけません。あとアスター様との会話でも絶対に口にされてはなりませんよ?」


「それは何故なのですか?」


「『何故』でもです!」



………………………


 一方その頃、こちらは出迎えの準備万端のシュナイダー家邸。


「アスター様、レイチェル女王陛下御一行はあと小一時間でご到着されるものと思われます。沿道は大変な賑わいで、人々も今日という日を待ちに待っていたようです」


「うむ、それは何よりだ。これもきっと、アンピーオさんが遺してくれた想いが実を結んだからなのだろう。何事も起こらないとは思うが、最後まで御一行の警護だけはしっかりとな。ところで、兄上はまだ見つからないのか?」


「はい…、残念ながら、未だヨーゼフ様の発見には至っておりません。申し訳ありません…」


「いや、君たちが謝ることではない。むしろ私の兄のことでここまで手を煩わせてすまないな。それにしても本当に困った人だ…。どこまで私に迷惑をかければ気が済むのか…。しかもレイチェル様がいらっしゃるという日に限って……」


 かつてヴェッタ全土を震撼…いや熱狂させた “全裸男” こと、シュナイダー家長男ヨーゼフ。

 晴れて領主となっても、その血縁という呪縛に頭を悩ませるアスターだった。


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