最終章 閑話8.それぞれの20年後(ターニー編)
生彩溢れる新緑の木々に、光の粒が零れ落ちるように差し込む木漏れ日。
清澄な空気が美味しく、鳥たちが織りなす囀りが耳当たりの良いこの森は、この世界のどこかである。
未だ人の手によって汚されていない、そこに生きるものにとっての楽園でもあるそんな場所。
ところが奇しくも、森の住人たちがあたかも歓迎をするように取り囲んでいたのは、一人の女性だった。
歳を重ねても、相変わらずの黒ずくめの出立ち…、そう、ターニーである。
彼女はあれから20年経った今でも、愛竜ミーちゃんと一緒に、まさに文字通り世界中を飛び回って旅を続けていた。
気まぐれで立ち寄ったこの地で、動物たちとの触れ合いを楽しむターニーだが…
「ふふふ…くすぐったいよぉ……って、服の中にまで入ってこないでよっ…ちょっとっ、いやぁっ…そこはだめぇっ…!」
動物たちとコミュニケーションが取れる能力が災いしてか、“彼ら” の中には一部不逞な連中もいるようである。
そんなこんなでしばらくして、ターニーが読んでいたのはとある雑誌。
“現代公論” と題されたそれは、現在ジオス国内で出版されている月刊総合誌である。
彼女が持っていたのは半年も前の号なのだが、そんなことは当の本人は気にもしていない。
活字に触れられさえすれば、それだけで十分だからだ。
ところで読み進めているうちに、ある寄稿記事の前でターニーのページを捲る手が止まった。
その題名は 『魔導の終焉』 。
“太古より、文明の発展における根源とも言うべき地位を占めて来た魔導の力。だが今日、圧倒的な技術革新の脅威の前に、前時代的なそれはあらゆる分野において淘汰され続けている。特にモールタリアにて発見された新エネルギーは、今この時代をも未開なものへと化してしまうほどの無限の可能性を持っている。最早、この世界における魔導の終焉は揺るぎもない現実である。魔導はその文化的歴史的価値に訴えることで、世界史という巨大な幹に引っ掻き傷を付けることが精々の足掻きであろう。”
要約すると以上の内容であるこの論文の執筆者は、ジオス国立大学教授レーン・ディーノ・センチュリオン。
そう、あのレーンである。
それは師であり父であるマルゴスがかつて語った未来でもあった。
さてところで、掲載雑誌が世に出た当初、この論文は一部界隈にて大きな波紋を呼んだ。
問題となったのは、その内容というよりも執筆者のレーン本人である。
『ジオス魔導士一族の頂点であるセンチュリオン本家の者が、このような言説を宣うとは何事か! 魔術を侮辱しているのか!』
批判の大部分は概ねそんな内容だった。
無論、レーンはレーンで悪意など毛頭ない。
むしろ彼は、『魔導はその存在を歴史に残していくために、その生きる道を自ら見出して行かなくてはならない。』と論文内で言及している。
だが偏執で直情的な非難の嵐の中では、正論すらも呆気なく呑まれてしまうというもの…。
中にはレーンの過去を論って、差別主義的な誹謗中傷を行う者もいた。
予想外の事態に、普段は気丈な彼も流石に心が折れかけることもあった。
だがそんなレーンの姿を見る度に、妻フェニーチェはいつもこう言った。
『いつまで下を向いてるの?、ちゃんと顔を上げなさい! あなたは本家当主であるこの私の夫なのよ。あなたに石投げ付けてくる人間がいるなら、この私が全員ぶっ飛ばしてやるわよ! アンタが進む道はこの私が照らす。だからアンタは堂々と胸張って自分の信じる道を歩めばいいのよ!』
………………………
(『魔導の終焉』かぁ…。レーンさんが言ってることはきっと間違ってない…。なんか最近、堂々と人前で魔術を使えない雰囲気が強くなって来てるし…、もしかしたら何十年後には魔術使える人なんて誰もいなくなって……魔導士もただのお伽話の中でしか出て来なくなっちゃうかも……)
レーンの論文の内容が、魔導士である自身に痛く突き刺さるターニーだが……
(でも…それでも…、私には魔導士として生きる人生しか考えられない…。もしも未来で魔術というものがお伽話の中だけでしか存在出来ないのなら、せめてカッコいい主人公として描いてもらえるようにしっかりと生きよう…。それが…きっと私がこうして世界に生を受けた理由なんだろうから……)
世界がどのように変わろうとも…、彼女は魔導士として自身の生を全うする覚悟を決めていたのだった。
ところで、ターニーは首元に何やらブローチ大の宝飾をぶら下げていた。
その石はオパールのように七色の艶かしい輝きを放っている。
すると、ちょうどその時…
ブオオオン…ブオオオン…ブオオオン……
突然、石が仄かな発光を帯びて振動し始めたのだ。
「うえぇ…また来た…。何だか嫌な予感がするなぁ…。でもここ最近ずっと着信拒否してるし…、いい加減に出てあげないと流石に心配されるかなぁ…」
心なしかげんなりした様子でボヤくターニー。
彼女は渋々石を手に取ると、それを口元に近付けた。
「はい、もしもし…」
「あっー、ターニーちゃんっ!?、やっと出てくれたぁ〜!」
「えっ?、ノアちゃんっ…?」
なんとターニー、石を受話機のようにして会話を始めた。
“石越し” に聞こえた快活な女性の声は、あのデール族の里で出会った族長の孫娘ノアである。
実はこれ、ターニーがルロドとアイシスと共に、苦心の末に開発した魔導通信機だった。
最強の魔導士ターニーと最強の魔導民族デール族。
まさに双方の魔導の粋を集めたこれより、ターニーは世界中どこにいても彼らと連絡を取り合うことが出来る。
「もおっ〜、ターニーちゃん全然出てくれないんだもんっ。心配してたんだよっ?」
「ご、ごめんね……ちょっと色々とまあ…忙しくて……。で、どうしたの? ノアちゃんから連絡なんて珍しいね」
「どうしたもこうしたもないよぉ〜。またお姉ちゃんが族長の仕事サボってぼけーとしてるの。そのせいで私がその肩代わりをしなきゃなんないし…。お爺ちゃんはずっと『昔は良かった…』みたいなことボヤいてるし…。ねえお願いっ、ちょっとの間でいいから戻って来てよぉ〜。ターニーちゃんが戻って来てくれたら、お姉ちゃんもお爺ちゃんも喜んでやる気出ると思うからさぁ」
「ええ…」
「お願い!、それにあたしもターニーちゃんに会いたいし……えーっ?、お姉ちゃんがまた脱走したっ?、いっけない、捕まえなきゃっ……。ごめんね、ターニーちゃんっ、悪いけどここで切るねっ?、またね〜!」
「あっ、ちょっとっ……」
………………………
「はぁ…、どうしようかなぁ…」
一方的に相手の言い分だけを押し付けられて、ターニーは深いため息を吐いた。
ちなみに、幼い頃は甘やかされの我儘娘だったノアだが、意外にも駄目姉アイシスを厳しく支えるしっかり者に育ったようだ。
するとその時、ターニーの周りに群がっていた動物たちが一斉に逃げ失せた。
「ピッー!」
「あ、ミーちゃん、おかえりー」
近くの泉で水浴びを楽しんでいた相棒が戻って来たのだ。
「ピー!、ピー!、ピピピィー!、ピーピピィッ〜!」
「えー、なになにぃ?……え、ミーちゃんは帰りたいの…? うんうん…まあ確かにミーちゃんの言う通りかもしれないね…。流石に3年近くも帰ってないのはちょっとやり過ぎたかなぁ…」
先の会話を聞いていたのか、ミーちゃんは必死に訴える素振りを見せる。
そんな “彼” の姿を見て、大人気ない意地で凝り固まったターニーの心も少しばかしは解れたようだ。
父アンピーオが亡くなって帰る家を失い、この世界でも自分らしくいられる場所を失いつつある大魔導士ターニー。
そんな彼女にとって、ありがままの自分を受け入れてくれるデール族の人々は、今や家族同然の存在でもあった。
「しょうがないなぁ…、じゃあ帰ろっか?」
「ピィッー!」
してやられたように微苦笑を浮かべるが、本心は満更でもない様子のターニー。
帰りを待ってくれている新たな "故郷” を目指して、大空へと飛び立って行ったのだった。
特別編はこれにて終わりです。「特別編が終わったら最終回です」とお伝えしましたが、やはりあと1エピソードだけ追加することにします。そういうわけで次回はまだ最終回ではありません。あしからず…




