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とある魔導士少女の物語   作者: 中国産パンダ
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最終章 閑話5.それぞれの20年後(ジェミス、ゴレット編)

 ガノンの首都エクノカ中心部のとある場所。

 そこには周囲に強烈なインパクトを放つ一軒の食堂があった。

 店の門構えよりも大きい看板が掲げられたその店の名は……


 “ゴレットのうまい店総本家”


 そう、あのゴレットの店である。

 元はと言えば、行き場を失った孤児たちのために食堂を営んでいた彼。

 生きるために道を踏み外した不良少年少女たちを、弟子として迎え入れ世話もしていた。

 ゴレットの底無しの愛情に触れた彼らは見事に更生し、その後 “暖簾分け” という形で自らの店を持つまでに至った。

 そんなわけで、今やエクノカのあちこちに “〇〇のうまい店” といった感じで、ゴレットの功績の跡を見ることが出来る。




 さて、ここはその本店に当たる “総本家” 。

 その門を叩いた多くの若者たちが威勢良く働いており、その活気の中心には当然ながらゴレットがいた。

 そしてもう一人…


「おいっ、ジェミス、お前腹にガキがいるんだろ? そんな働いて大丈夫かよ」


「そうっすよ、姐さん…。ここは俺らに任せて休んでてくださいよ」


 義足のためややぎこちない足取りながらも、若者たちに混じって忙しなく働くジェミス。

 ちなみに、あれからゴレットとは子宝に恵まれ、彼女は今五人目の子を身籠もっていた。


「大丈夫だよ、お腹の中の子も元気に動いてる…。母親のアタシもこの子に負けないように頑張らないとね」


「まったくお前ってやつは…、しょうがねえなぁ、無理だけはするんじゃねえぞ」


「うん、わかってるよアンタ」


 大層愛おしそうにお腹の子に手を当てる妻の姿に、ゴレットは若干の呆れを含ませながらも屈託なく微笑んだ。

 するとその時…


「おかーちゃーん!」


 無邪気な声を上げながら、突如ジェミスの元に駆け寄って来た三人の幼い子たち。

 彼女らの二番目の子である長女レリー、そして次女サーファと次男ボリーである。


「わぁっ、すごーい!、本当におなかの中でうごいてる〜!」


「ねーねー、おなかのなかの赤ちゃんって女の子?男の子? わたしはまた妹がほしいなぁ」


「えー、おれいい加減に弟がほしいよぉ…。こいつすんげえ暴れてるからきっと男だな!」


「まあまあアンタたち、男であろうと女であろうと家族がもう一人増えることには変わりがないんだからさ。お姉ちゃんとしてお兄ちゃんとして、この子のことよろしく頼むね」


 そう子供たちに優しく言い聞かせながら、ジェミスは三人の小さな体を一気に抱き締める。


(まったく、あいつは本当に子煩悩だよなぁ…。父親の俺としちゃあ少し甘過ぎな気もするが…、でもたくさんの子沢山の家っていうのがあいつの夢だったからなぁ。それにしても()()()()、今頃どこで何を…。たまには親に顔ぐらい見せやがれってんだ…)


 少し離れた厨房奥から、ゴレットは感慨と憂心が入り混じった様子で妻と子を見つめていた。




 こうして周囲の慌ただしさすらも中和されるほどに、和やかな空気に満たされるその場。

 ところがその時…


「あの…母ちゃん……、久しぶり…」


「……ッ、アンタっ…ジェフっ……」


 物音立てず遠慮がちな様子で店の中に入って来たのは、年齢20歳前後と思われる一人の青年。

 ジェミスを『母ちゃん』と呼んだ通り、彼は長男のジェフだった。

 下の子供たちとは年齢が10歳ほどかけ離れている。

 さてこの長男ジェフだが、猫の手も借りたいほどに日々多忙な時期に産んだ子ということもあり、ジェミスとゴレットは子育てに大層苦労した。

 反抗期が始まる頃には、無思慮にジェミスの容姿を(なじ)るような暴言を吐くこともあった。

 そんな時決まって、父ゴレットは『俺が惚れた女に何てこと言いやがるんだっ!』と激怒し、息子を容赦無く殴り付けた。

 そんな経緯もあって、10代後半に入る頃にはジェフは一人家を出てしまったのだが……


「あの…母ちゃんこれ……。今日は父ちゃんとの結婚記念日だろ?」


 そう言って、ジェフはジェミスに大きな花束を差し出した。


「アンタ……」


 花束を受け取ったジェミスは、気恥ずかしさで視線を逸らす息子の顔を見て呆然としている。

 一方のゴレットは、厨房の奥から息子の行動を神妙な面持ちで注視していた。

 すると…


「それと…、ちょっと会ってもらいたい人がいるんだ。なあ、入ってこいよ」


 ジェフが声量を上げて入り口に向かって呼びかけると、彼と同年齢程度と思われる女性が眼前に現れた。

 そしてそのお腹は、ジェミスと同様に膨らみを帯びている。


「アンタその子は……」


「うん…、俺と今一緒に生活してる()でレイラって言うんだ。結婚を考えてて…、それに今お腹の中に子もいるんだ」


 ジェフに紹介されて、その相方の女性ことレイラは少々畏まった様子でぺこりと頭を下げた。


「ずっと紹介したかったんだけど、俺も仕事が忙しくてなかなか来れなくて……。でも今日は母ちゃん父ちゃんの結婚記念日だから、無理に仕事を休んで来たんだ。それと母ちゃん…、今まで酷いこと言ってしまってごめん…。俺…、あの頃まだガキだったから、母ちゃんの優しさに甘えるばっかで母ちゃんの苦しみなんて少しも考えてなかった…。本当にごめんなさい…」


 自身が親になるという意識が芽生えて来たせいか、ジェフは悔やんでも悔やみ切れない胸の内を吐露した。

 息子の懺悔の言葉を黙って聞いていたジェミスだったが……


「う……ううう……」


 突然彼女は、渡された花束に顔を埋めるようにして咽び泣き始めた。


「おかあちゃんどうしたの?、かなしいの?」


「ううん…、違うよレリー…。すごくね…嬉しいんだよ…。だってまた新しい家族が増えるんだからさ…。おかえりジェフ、よく帰って来てくれたね…」


「母ちゃん……本当に…心配かけてごめんな……うっ…ううう……」


 新たな家族を連れて帰って来た息子を、ジェミスは母らしい慈愛に満ちた笑みで迎え入れる。

 さて、そんな感動の再会劇の片隅で…


(ったく、あの野郎…、父親の俺には目もくれようとしねえ…。俺だってどんだけ心配してたと思ってんだ…。でもまあ、優しさじゃあいつには敵わねえからな。俺は父親らしくドシっと構えてあいつらを守れればそれでいい)


 この先さらに増えていくであろう家族の姿を見据えて、父親としての矜持を新たにするゴレットであった。


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