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とある魔導士少女の物語   作者: 中国産パンダ
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最終章 14.父と娘

 それから約2時間後、出席者全員が大広間に揃い、ついに24年ぶりの饗宴が始まった。


「本家当主フェニーチェ・ディーノ・センチュリオンと申します。本日は皆様お忙しい中、そして遥々遠方から、このセンチュリオン一族原点の地にお集まりいただきありがとうございました。あの日から…随分と時が経ってしまいましたが…、こうして皆様の息災な姿を見ることが出来て本当に嬉しく……胸が…いっぱいに…なります……うっ…ううう……。ジオス…そして一族の繁栄を願って、乾杯の音頭とさせていただきます。乾杯っ!」


「乾杯っ!!!」


 悲喜交々(ひきこもごも)の記憶と想いが去来して、フェニーチェは挨拶途中で感極まって泣き出してしまう。

 それでも当主としてみっともない姿は絶対に見せられないと、気合いで立て直して音頭を完璧に取り切る。

 そんな気丈な彼女の姿に、皆は盛大な拍手代わりの “乾杯” を返した。




 そうこうして宴は佳境に入り…


「ええと…、あちらのテーブルお酒足りてるかしらっ…? あなたたち、地下の貯蔵庫から大至急お酒を補充してちょうだいっ。重いし割れちゃったら大変なんだから、必ず複数人で運びなさいね。あとお料理も…、みんなそろそろお腹は膨れてる頃合いだろうから、おつまみ的な物を多めに作ってもらわないと…。あとデザートを出す時間の打ち合わせと……。誰かっ〜、シェフのとこ行って来てくれないっー?」


 フェニーチェは当主として客人個々への挨拶を(こな)しながら、一方で現場責任者として場内隅々の調整に奔走する。

 今や一族筆頭であるはずの彼女が、裏方仕事まで取り仕切る理由…。

 使用人の数が足りないというのもその一つではある。

 だが本当の理由は、自身が念願の末に実現させたこの一大イベントを、どうしても自分の手で成功させたかったからだ。

 ちなみに今回の料理は、外部のレストランからの出張というケータリング方式で供されている。


(ああっ!、フェリスったらテーブルの上に登っちゃってっ……。子供があの子たちしかいないから、みんな甘やかしちゃうのよね……って、お義父様っ、何煽ってんのよっ…? それに何でか知らないけど、ブリッドさんがカレラを口説いてる…? アルタスはすごく殺気立ってるし……。ちょっとぉっ、レーン(あなた)っ、ゆっくりお酒なんて飲んでないで注意してよぉっ!)


 そんなこんなで、フェニーチェの気苦労はまだまだ続く。




 さて、場内では一部で片付けも始まり、華やかな饗宴はその幕を下ろそうとしていた。


「はあああぁ……」


 大層お疲れな様子で、どっぷりと深いため息を吐くフェニーチェ。

 だがその一方で、見事大役をやり遂げてこの上ない達成感と充実感にも浸っていた。

 するとその時、エクノスが娘に声をかける。


「フェニーチェ、お疲れのところ悪いが、今から少し時間を取れないか? お前と二人になりたいんだが…」


「ええ、別に構わないけど…」


 父からの要望で、フェニーチェは適当な部屋を用意した。


「で、一体何の用なの?、お父様。というか、何でお酒を…?」


 エクノスは宴の席から酒瓶とグラス2脚を持って来ていた。


「なあに、大した理由じゃない…、お前と二人で酌み交わしたかっただけさ。実は僕には、大人になって一人前の男となった息子と、男同士で忌憚なく酒を酌み交わしたいという夢があったんだ。まあそれはすでに叶えられたんだが、息子だけではなく娘とそれをやるのも悪くないと思ってね」


「お父様…」


 婉曲的な物言いではあるが、それは父が自身の大成を認めてくれたという証に他ならなかった。

 思わず胸が熱くなるフェニーチェ。


「まあともかく大役ご苦労だったな。お疲れ様、フェニーチェ」


 娘の働きを労うと、エクノスは彼女のグラスに酌を取る。


「ありがとう、お父様…。いただきますわ」


 その “父の酒” は、これまで味わったことのない格別の味であったことは言うまでもなかった。




 こうして、先ほどの賑やかな空気とは打って変わって、静穏な部屋で酒を酌み交わしながら談笑に耽るフェニーチェとエクノス。

 とはいっても、決して背景が無音というわけではない。

 部屋に備え付けのラジオからは、小洒落た音楽が控えめな音量で流れていた。

 するとその時…


「あ、そろそろ時間だわ」


 フェニーチェは唐突にそう呟くと、ラジオのボリュームを上げた。


“ピーピー…ガーガー……全ジオス国民の皆様こんにちわ。ここからは番組内容を変更致しまして、国権委任式の模様を生中継でお送りします。500年余りに及んだ王権が、レイチェル女王陛下御自らによって我々国民の手に委ねられる…、その歴史的瞬間が今訪れようとしております。”



「そうか…、まさに今日だったな。ここまで来る間の市内の警備もえらい物々しかったよ。僕らが乗って来た車と馬車も、何度検問に捕まったことか…。ところで、その新首相となるビバダム・グリンチャーというのはどういう人物なんだ? 平民出身で一兵士の身からここまで立身出世したとは聞いているが…。お前は彼と会ったことがあるのか?」


「ええ、正式に本家の当主になって、レイチェル様へ御挨拶にお伺いした時に一度だけね。とても穏やかそうで人当たりが良さそうなお方よ。見る人にとっては、ちょっと頼りなく映るかもしれないけど…。そういえば子供の頃、こっちの魔導学院に留学してた時、顔がそっくりな兵士のお兄さんに会ったことがあるのよねぇ…。あの人は……まあいくら何でも別人よね。似たような顔の人いっぱいいそうだし」


「世の中には同じ顔の人間が数人は存在すると言うしなぁ…」



 ……………………


 委任式は当初の予定通り滞りなく進行し、ついに首相ビバダムの就任演説に入った。

 国民皆の大注目を浴びる中、 “平民宰相” が語った言葉とは……


“親愛なるジオス国民の皆様、この度女王陛下より首相の任を拝命しましたビバダム・グリンチャーと申します。突然ではありますが、この場を借りて私の身の上話をさせていただきます。新聞等で広く報じられている通り、私は平民の出身です。かつては王国の一衛兵として務めていました。そんな私はある日、一人の少女に恋をしました。名家の御令嬢で私なんかが到底釣り合うわけがない…、それでも無垢な笑顔を投げかけてくれる…そんな女の子でした。しかしその子はその後、政略に翻弄されて多くの苦難を味わってこの国を追われて…、それでもやっとの思いでこの祖国へと帰って来ることが出来ました。その少女のその後については、この場では敢えて言及はしません。私がこの身の上話から申したいのは、『その子たちのような不幸な存在を二度と生み出してはならない』というような、そんな簡単な話ではありません。その過酷な運命に屈せずに頑張って生き抜いた彼女たちの想いを、我々は紡いで未来へと活かしていかなくてはならないということです。女王陛下の御英断により、我々国民に国家運営の選択の自由が委譲された以上、その責は当然ながら私たちが負うのです。もう誰にも、国造りの失敗を責任転嫁をすることは出来ません。今日、この歴史的で偉大なる日は、我々国民への祝福の日であると同時に試練が与えられた日でもあるのです。国民自らの手で国を作り上げるということは決して楽な道ではありません。しかしそれでも、私はその道を未来の世代へと舗装して繋げるべく、全身全霊をかけてこの職務に捧げる所存です。”


 ゴルベットが用意した演説草稿を固辞までして、己自身の言葉に拘ったビバダム。

 そんな彼の渾身の演説だったが、それをラジオ越しで聞いたエクノスは顔を小難しく顰めていた。


「うーん…、何だかなぁ…。普通就任演説って、その国の歴史的背景を反映した自身の政治哲学や国家観を語るものだろう? それなのに何だ、個人の恋愛話って…。そりゃあまあ、人柄の良さは伝わったし最後はそれらしく纏めてはいたが…。こんな演説内容、周りは誰も添削しようとはしなかったのか?」


 伝説のスピーチとして後世に語り継がれることとなる、ビバダムのこの就任演説。

 だが首相としての彼を評価する指標が何もない今現在では、エクノスの懸念通り、メディアや有識者の批判に晒されることとなった。

 それでも…


「そうかしら? 私はビバダムさんらしい素晴らしい内容だったと思ったわよ?」


 演説の中の “少女” と共にあの激動の時代を生きた人々にとっては、それはビバダムを信頼するに足る十分な理由となったのだった。


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