第4章 最終話.ただいま
一方ここは、アルテグラの自室。
彼も自室も屋敷の庭園側に面していて、そこから縄に繋がれたクラリスの姿を見て取ることが出来る。
そして今、フェルカがクラリスのことで彼に直談判をしに、部屋にやって来ていた。
「お父様…、確かにクラリスはお父様の言い付けを破り、私たちに多大な迷惑を掛けました。それでも…鞭打ちまでして、その上あんな風に晒し者にして…、厳し過ぎではないでしょうか…。それにあの子が言葉が喋れないって…、一体どういうことですか!」
「クラリス自身が罰を受けるのを甘受した上で、此度の行動に出たのだ。当然、その責任を取らねばならん…。言葉に関しては、医師の診断では一時的なものだそうだ…、そのうちに治るだろう…」
「『そのうち』って…、そんないい加減な……」
「医師は数ヶ月以内には治ると言っている。そう心配しなくとも良い…」
アルテグラの漠然とした頼りない説明に、フェルカは到底納得が出来ず、不満と疑念の表情を浮かべる。
仕切り直すように、彼女は言葉を続けた。
「責任……そうおっしゃるなら、クラリスを行かせてしまったのは、私の不行き届きでもあります! 私はあの子の過去を知っています…。お父様がガノンに出立されると聞いて、あの子が何をしでかすか…気付ける立場にあったんです。クラリスを罰するなら、私も罰してください、お父様…!」
フェルカの懇願に聞く耳を持たないアルテグラに対し、彼女は我が身を呈してでも食らい付こうとする。
しかし彼は、必死のフェルカに対し、少し呆れ顔で彼女を諭す。
「フェルカよ…お前は少々勘違いをしているな?」
「どういうことでしょうか…?」
「何事を成すにも、まず覚悟が必要だ。そして、覚悟には自分の何かを犠牲にする代償が付き物である。代償がなければ、覚悟は覚悟の意味を成さないだろう。つまり、クラリスは今、罰を甘んじて受けることで、その代償を払っておるのだ。そこにお前が出て行ってみろ…、あやつの覚悟を否定することにもなりかねん」
それを言われてしまっては、フェルカは反論の言葉が全く思い浮かばず、押し黙らざるを得なかった。
しばらく経って…、窓の外のクラリスの姿を眺めながら、フェルカはアルテグラに不安げな様子で尋ねる。
「クラリスは…あの子は、ガノンの地で何をしていたのですか…? まさか戦場に出ていたんじゃ……」
フェルカの質問にも、アルテグラは顔色一つ変えなかった。
そして、いつもの如く、淡々と言い放つ。
「彼の地で虐げられている、大切な友を救いに行っただけだ…。そして、あやつは見事に、己の信念を貫いて、その娘を救ってみせた…」
「……そうですか…」
再びのアルテグラの具体性に欠ける説明に、フェルカはこれまた納得は出来なかった。
ただ、クラリスの友を想う…彼女の優しさが故の今回の行動であったことは理解をし、薄っすらと嬉しそうな笑みを浮かべる。
すると、アルテグラは改まって、先ほどよりも随分と穏やかな表情でフェルカに言った。
「さて…フェルカよ…、私からお前に一つ頼みがあるのだが…」
「何でしょう…?、お父様」
「クラリスが私の言い付けを破って、お前たちに迷惑をかけた罰は、この通り一家の長である私が下しておいた。だから…、お前はあやつを叱らないでやって欲しい…。戻って来たら、いつも通りに優しく出迎えてやってはもらえないだろうか?」
「随分と勝手なことをおっしゃるのですね…お父様……」
「すまぬな…」
フェルカはこれ以上何も言わなかった…、そしてアルテグラもそれ以上、彼女に無理強いすることはなかった。
さて、クラリスが縄で繋がれて約2時間後、ようやく彼女の元にアルテグラがやって来た。
「どうだ、反省は出来たか?」
力なく頷くクラリス。
「よろしい…」
反省し切った彼女の顔色を見て、アルテグラは縛っていた縄を解いた。
「体は大丈夫か、クラリス?」
再び力なく頷くクラリス。
「では、フェルカとリグの元へ行ってあげなさい…」
解放されたクラリスは、鞭打ちによる痛みと疲労とで、ふらふらになりながら屋敷に向かった。
すると…玄関ではフェルカとリグが彼女の帰りを待っていた。
「クラリス…! お前、大丈夫か? かなり父上にやられたっぽいけど…」
まず先に、リグがふらつくクラリスを心配して声を掛ける。
「ああ……」
彼女の口から、思わず微かに声が漏れるが…
「バカッ!あんたっていう子は…!」
突然、フェルカが涙目で声を荒げて、クラリスの両肩を揺さぶるように掴んだ。
「あんたは何で私の言い付けを守れないのよ…! どれだけ私に心配をかけさせたら気が済むのよ…!」
あの温和なフェルカがここまで自分に感情をぶつける様を見て、クラリスは自身の行動がどれほど軽率だったかを思い知らされた。
(ごめんなさい…お姉様……)
フェルカにそう想いを伝えたくて伝えたくて堪らないが、今のクラリスはそれすらも出来ず、彼女はただ涙を浮かべて、もどかしさと無力感と不甲斐なさに苛まれる。
しかし…、その次の瞬間……
「でも…よく頑張ったわね…。私は、あなたのことを姉として誇りに思うわ…。おかえり…クラリスちゃん……」
フェルカはいつものように優しく微笑んで、目元に溜まった涙を頬に伝わせながら、クラリスをそっと抱き締める。
その時だった…!
「……ただ…いま……帰りました……」
クラリスが数週間ぶりに言葉を発したのだ。
そのことに一番驚いたのは、他ならぬクラリス本人だった
「……うっうっ…うあああああんっ…!!!」
そして、懐かしい…大好きな姉の匂いを感じて…、これまた久しぶりに、フェルカの胸元で号泣した。
「もう…もうすぐフェニーチェちゃんもやって来て、お姉さんになるっていうのに…。しょうがない子ね……」
そう言いながらも、フェルカは慈しむような笑顔で、クラリスが泣き止むまで、彼女の頭を優しく撫で続けた。
一方、すっかり蚊帳の外になってしまったリグは、「やれやれ…」とでも言いたげに、苦笑を浮かべながら二人を見守った。
長々と続きましたが、第4章はこれにてお終いです。
皆様、ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
次回から第5章に入ります。




