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とある魔導士少女の物語   作者: 中国産パンダ
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最終章 9.公開プロポーズ

 時は現在に戻り、あれから10年もの年月が経った。

 ここは王都を四方八方に取り囲む巨大城塞の正門の屋上部。

 かつては衛兵たちが厳重に守衛をしていたこの場所も、今では人々の憩いの場として開放されている。

 ふと城塞の内側に目を向けると、王城という象徴を失ったものの、昔から変わらぬままの王都の姿を一望することが出来る。

 だが外側に目を向けると一転、長閑(のどか)に広がっていた平原や森林、農村の姿はもう見る影もない。

 フェルトから運び込まれた重機が主役となって、現代的な都市建設が進行中だ。

 この新都心にいずれは政治行政さらには経済に至るまで、首都機能が完全に移転することとなっている。




 さて夕暮れ時…、首を180度振るだけでジオスの新旧を目の当たりに出来るこの場所で、20代と(おぼ)しき男女二人が佇んで会話を楽しんでいた。

 女性の方ははっきりとした輪郭の美形の顔立ちだが、気の強さがその顔にも表れている。

 一方の男性の方は、褐色肌で精悍な顔付きをした好青年。

 実はこの二人…、何を隠そう、成長した10年後のフェニーチェとレーンである。

 あれからセンチュリオン本家の当主となるべく、さらなる精進を続けた彼女。

 今では多くの人々の信頼を勝ち取るまでに大成長した。

 現在でもティアードが当主代理を務めてはいるが、彼の年齢的な問題もあって、ここ数年のうちにフェニーチェは家督を譲り受けることとなるだろう。

 一方のレーン。

 彼は4年前にフェルトから帰国、正式にマルゴスの養子となった。

 そして “父” とともにジオス初の大学設立のために奔走する傍ら、各方面で技術顧問も務め、フェルトで学んで来た学識を余すことなく還元している。

 そして昔から、レーンに対しては素直になれない屈折した想いを抱き続けて来たフェニーチェ。

 だが、今では聡明とまで謳われるようになった彼女は、子供の頃のあの感情が一体何だったのか、すでに答えを見つけ出していた。


「早いなぁ…もうあれから10年かぁ…。王都の街並みは変わらないのに、外側の景色はもうすっかり変わっちゃったわね。確かあそこに見えるのが、来年出来るレーンたちの大学よね?」


「国立大学だから俺たちの大学ってわけじゃないけどな…。でも父さんの長年の夢がようやく叶って嬉しいよ」


「マルゴスさん、そのためにジオスに戻って来たんだって言ってたものね…。それで、次はまた何か夢があるの?」


「『夢』かぁ…。そうだな、これは俺個人的なものだけど、ジオスとフェルトを結ぶ国際列車を走らせたいんだ。そうすれば現在船でも5日ぐらいかかるところを、2日程度に大幅に短縮することが出来る。と言っても、今作られてる国内の路線ですらとんでもない費用なのに、こんなの夢のまた夢だけどな…」


「いいじゃない、すごいじゃない。夢はでっかく持ちなさいよ。でもアンタ本当によく頑張ったわよねぇ。大学設立の資金集めに国中あちこち走り回ってたもんね。そうでなくても仕事忙しいのに...。こっちに帰って来たのも3週間ぶりでしょ?」


「ああ、そうだな。もう小さくなってもいいからこの身体が分裂出来たらいいのにって、本気で思うぐらいに忙しかったよ…。でもフェニー、お前だってすごく頑張ってるじゃないか。俺が会った人たち、みんなお前のこと褒めてたぞ?、『一時はどうなるかと思ったが、これで次の本家も安泰だろうな』って」


 レーンにそう言われて、フェニーチェはその嬉しそうな顔を隠すことなく彼に見せ付ける。

 すると…


「ねえレーン…、私が晴れて本家の当主になれたら、私考えてることがあるの」


 唐突にそれらしく一瞬間を置いて、話を切り出したフェニーチェ。


「『考えてること』…?、何だよそれ?」


「私が本家の当主になったら、私たち結婚しましょう?」


 なんと幼少時代の意地っ張りさなど見る影もない、ど直球過ぎる逆プロポーズ。

 いや、この突拍子もない気随気儘な物言いは、じゃじゃ馬御転婆だったあの頃のままと言うべきか…。

 さて、当のレーン。

 彼とてフェニーチェのことを愛おしく想っており、これには満更でもないはずだ。

 ところが…


「……(わり)い…、俺には誰かと一緒になることなんて出来ないよ…」


 フェニーチェからそっと目を逸らして、レーンは大層後ろめたそうに彼女の申し出を拒んだ。


「何でよっ?、私のこと嫌いなのっ…?」


「いや…そういうわけじゃねえよ…。何というか…俺にはそんな資格なんてないっていうか……。なあ、俺の過去のことは知ってるよな?」


「うん…、昔にチラッとは聞いたことあるけど……」


「奴隷として一緒に生活していたサーナって女の子がいたんだ…。俺たちはここから解放されたら一緒になろうって約束してたんだけど…、その子は主人の野郎に散々慰み物にされて、それが原因で病気で死んぢまった…。死ぬ間際にそいつ俺に言ったんだ……『愛せる人を見つけて、私の分まで生きて』って……。それで俺は、死にものぐるいでガノンを抜け出してこの国にやって来た…。だけどな、こうやって俺だけが幸せになれて……、これ以上の幸せなんて、サーナを見殺しにした俺が享受する資格なんてないんだよ…。俺がこうやって馬車馬のように働いているのも、こうすることでその罪から目を背けたいっていう思いがあるのかもしれないな…」


 レーンの言葉をただ黙って聞いていたフェニーチェ。

 意外にも彼女は呆れ気味にため息を吐くと、平然とこう言って退けた。


「ふーん…、じゃあアンタはそのサーナって子の呪いに取り憑かれてるのね」


「『呪い』ってっ…、お前そんな言い方っ…!」


「だってそうじゃない?、その子はアンタに『私の分まで幸せになって』って言ったんでしょ? それなのにアンタは、そうやっていつまでもその子のせいにして、自分が幸せになるために進むのを諦めようとしている…。そんなの呪いでしかないじゃない」


「お前なんかに何がわかるんだよっ……」


 強く握った拳を震わせて、レーンは苛立ちを露わにする。

 だがフェニーチェは、そんな彼に躊躇することなく、なおも手痛い言葉を浴びせ続ける。


「わかるわけないでしょっ。そりゃあわかってあげられるなら、私だって優しい言葉の一つや二つかけてあげるわよ。本当にわかんないんだからしょうがないじゃない。アンタがいつまでもそうやって呪いのせいで前に進めないなら、私がその呪いごと背負ってアンタを前に進ませてやるわよっ。私に任せなさいっ、何たって私はセンチュリオン本家の当主になる女なんだから!」


 昔から少しも変わらないフェニーチェの意気がった物言い。

 偶然にも、ちょうど沈み行く夕焼けが彼女の背後を物々しく照らして、その言葉に説得力を付与するような特殊効果を発生させていた。

 流石にこれには、レーンも苦笑いを浮かべざるを得なくなる。


「ほらレーン、何か私に言うことはないのかしら?」


 がっつり腕を組んで、小憎たらしいほどのドヤ顔でレーンに迫るフェニーチェ。


(子供の頃は『チビスケ、チビスケ』って散々俺がこいつのこと揶揄ってたのに、今じゃ俺が手玉に取られる方か…。でもまあ、それも悪い気はしないな…)


 レーンはフェニーチェの前で姿勢を正し、彼女の目を真っ直ぐに見据える。

 そして…


「フェニー、さっきは心にもないことを言ってしまって悪かった。それと…、俺と結婚してください!」


「ええ、いいわよ」


 レーンから差し出された手を、フェニーチェは強く握り締める。

 プロポーズの承諾にしてはやや素っ気ない返事。

 だがフェニーチェの今にも溢れそうな潤んだ瞳は、彼女の万感の想いを物語っているようだった。


 …………………


 ところで先に説明したように、この場所は街の人々の憩いの場となっている。

 手を繋ぎ合った後、そのまま自然の流れで熱く抱き締め合うフェニーチェとレーン。

 その場に居合わせた人々の好奇と祝福の視線を浴びながら、二人の甘い甘い時間はまだまだ続くのであった。

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