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とある魔導士少女の物語   作者: 中国産パンダ
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最終章 8.鉄の女王

 話は2年前に遡るが、レイチェルはフェルトに国賓として招かれていた。

 そして彼女は、いよいよフェルト国首相との初首脳会談に臨む。


「ようこそ、遥々遠方よりお越し下さいました。レイチェル女王陛下」


「いえ、この度はお招きいただきありがとうございます、ヴォルツ首相。また先の戦いでの、我々王国義勇軍への支援についても、重ね重ね御礼を申し上げます」


 フェルト国38代目首相ルブリド・ヴォルツ。

 およそ半年前の国民議会総選挙において自党が勝利、党首だった彼はそのまま首相に就任した。

 悲願の政権を樹立したヴォルツは、ここまで不干渉主義を貫いていた自国の外交政策を一転させ、覇権主義とも受け止められかねない対外政策を提唱。

 真っ先に矛先が向いたのが、広大で肥沃な領土を有する隣国ジオスだった。


「さて…、お互いに挨拶はこの辺りにして、そろそろ本題に入りましょう。恩着せがましいようですが、先の内戦において我が国は貴軍に対し大いに貢献出来たものと自負しております。我々は互いに友好国ではあるが、決して無償の善意を分け与え続ける友人同士ではありません。何百何千万もの国民の生命を預かる国と国との関係なのです。それを踏まえて、今後の両国の未来を決めていきましょう」


 ヴォルツのその物腰柔らかな笑みと言葉の裏には、彼の溢れんばかりの野心が見え隠れしていた。

 こうして会談は進み、フェルト側から出された要求は…


“ジオス国内の既存の農地を、フェルト資本による大規模農場に転換。そこで生産された農作物はフェルト国内で生産されたものとみなし、原則無関税とする。”

“ジオスの重工業育成への支援とそれに伴う技術提供。ただし先端技術の提供は行わない。”

“フェルト資本によるジオス国内における工業地帯の開発。そのための土地はジオス側が無償で提供する。”

“既存のジオス軍港とは別に、沿岸部に大規模港を建設。港の管理権はフェルトに属することとする。”

“ジオス国内にフェルト軍の基地建造と駐留を認める。”


 …………………


 まさにジオスを植民地同然に扱うと言わんばかりの内容である。

 早々に王国存亡の岐路に立たされたレイチェル。

 だがいつもの如く、彼女は沈着に冷たい微笑を浮かべていた。


「なるほど…、貴国側の意思は理解しました。この件に関しては本国と協議した上で回答致しましょう。ところで、先ほど『国と国との関係』と仰いましたが、数多の民の命を預かるのは我が国とて同じ…。我々が()()()()()()この場に臨んでいるのならば、(わたくし)の言葉にも耳を傾けていただけるのでしょう?」


「ええ、もちろんです。伺いましょう」


 ふんぞり返るようにやや姿勢を崩して、ヴォルツは余裕顔を浮かべる。

 権謀術数渦巻く政界を生き抜いて来た “歴戦の男” …、彼からしたらレイチェルなど小娘同然だ。

 ところが…


(わたくし)からの要求はただ一つ…、フォッセルにて貴軍が犯した大量虐殺の事実を認め、それに対する謝罪と賠償を求めます」


 そんな “小娘” から浴びせられた不意打ちに、ヴォルツは思わず一瞬顔を(しか)めた。


「ふっ、これは可笑しなことを仰る…。我が国は貴国からの支援要請に応じたに過ぎません。先ほどあなたも、我々の支援への謝意を申されていたではありませんか? 我が国が軍を出さねば、北部の都市フォークは敵軍の手に落ち、内戦は今もなお続いていたでしょう」


「ええ、確かにその通りです。しかしそれとフォッセルでの貴軍の蛮行とは話が別です。現地で参戦していた我が軍の者の証言によれば、貴軍の攻撃が始まって間もなく敵軍は降伏の意志を示しています。にもかかわらず、貴軍はその後も徹底的な攻撃を続け、結果約1万もの無抵抗な人間の命を奪いました。これは決して軍事作戦などではなく、戦争犯罪として糾弾されるべきものです」


「それはそちら側の人間の一方的な証言に過ぎないでしょう。そもそも戦場という常に不測の事態が発生しかねない場においては、後に犯罪行為だと咎められるような行為も、時として正当化され得るのですっ。これ以上の物言いは我が国軍への侮辱だと捉えてもよろしいのですなっ?」


 ヴォルツの言葉が徐々に熱を帯び始めた。

 そもそも憲法で文民統制が明記されているこの国では、軍の最高指揮権を握るのは首相である。

 おそらく、自身の非を責められているように感じられたのだろう。

 そんなヴォルツに対し、レイチェルはさらに畳み掛ける。


「決してかような意などありません。ただいくら偉大な人物と言えども、犯した悪行は裁かれねばならぬもの…、そう申したいだけです。そして(わたくし)は今この場のみならず、共同記者会見の場において貴国の報道関係者の前でこのことを訴えようとも考えております。現政権に批判的な論調の新聞社もいくつかあるようですしね」


「何…?」


「そもそも半年前の総選挙で政権が交代したとはいえ、貴国議会の勢力図は与野党が拮抗している状態と伺っております。つまり貴政権の議会における基盤は決して盤石なものではなく、フォッセルでの蛮行が国内で明るみになれば、貴政権の根幹を揺るがすことにもなりかねないでしょう」


「それは私を脅しているということですかな? それとも、我が国に宣戦布告でもされるおつもりか?」


 “小娘” ごときに虚仮(こけ)にされるヴォルツ。

 ついには武力をちらつかせて、レイチェルに凄むような低い声で問い(ただ)す。

 だが彼女の返答は、ヴォルツの想像の遥か斜め上を飛び抜けて行った。


「宣戦布告などするつもりは毛頭ございません。何故なら、今(わたくし)がこの場であなたの命を仕留めれば良いだけですので。ましてや1万もの我が同胞の仇が、今こうして目の前にいらっしゃるわけですしね…」


「……ッツ!?」


 無論、首脳会談のこの場では、レイチェルは正装で丸腰の状態である。

 しかし、まさに “鉄の女王” を体現するが如くの彼女の殺伐とした眼光に、ヴォルツは心底から身の危険を覚えた。

 この場に彼を護衛するSPを同行させなかったことを、甚く後悔するほどだった。

 レイチェルの国際問題にも発展しかねない振る舞いに、時間の流れが止まってしまった室内。

 そんな中で、当の本人がなおも言葉を続けた。


「とまあ冗談はこの辺りにして…、大変なる御無礼をお許しください、ヴォルツ首相。ただ(わたくし)は、それほどの覚悟で此度の会談に臨んでいるのです。確かに我が国は貴国からしたら、あらゆる面で立ち遅れた取るに足らない国でしょう。しかし我々は現状に甘んじるつもりなど毛頭ございません。貴国のような強く繁栄を謳歌する国を目指しております。そしていつの日かそれが叶った時には、広大で肥沃な領土を持つ我が国は、同じ価値観と利害を有する同盟国として、必ずや貴国の国益に適うことでしょう。目先の利益のみで我が国をただの資源を見なすのではなく、我が国の未来に投資をしていただけませんか? ジオスの繁栄はこの(わたくし)がお約束致します」


 レイチェルはヴォルツの目を真っ直ぐに見据えていた。


(所詮は未開な国の小娘だと高を括っていたが、とんだ曲者だな、この女…。しかし、何の根拠もないにもかかわらず、彼女の言葉が(まこと)のように感じられるのは何故か……。まあ面白くはあるな)


 ヴォルツは苦々しく、それでも少しだけ可笑しそうに笑みを浮かべた。


「冗談で申されたことなのでしょう?、気になされずとも結構…。ところで女王陛下、この後のご予定は如何だろうか? 話が少々脱線してしまったが故に、会談の仕切り直しをしたいのだが?」


「ええ、構いませんよ」



 ……………………



 こうして、当初の予定時間の倍以上の時間を要して首脳会談は終了した。

 会談での合意に基づいて後日両国間で締結された各種条約協定は、全体的にはフェルト側に有利であったものの、ジオスの立場を考えれば大勝利に値するものであった。

 レイチェルは戦争犯罪の追求を行わない見返りとして、フェルト側から莫大な経済支援を引き出すことに成功した。

 ところで後世において、この歴史的会談はその評価が大きく分かれることとなる。

 『ジオスの自主独立を守り、産業化の礎を築いた』と肯定的に捉える者…、一方で『実利を求めるがあまり、戦争犯罪という決して看過出来ない問題を蔑ろにした』と否定的に捉える者…。

 とはいえその論争は、レイチェル本人がすでにこの世にいない遥か未来の別の話である。

 何はともあれ、現存するこの世界唯一の王国ジオスは、ついに近代化の道を歩み出すこととなった。




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