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とある魔導士少女の物語   作者: 中国産パンダ
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最終章 6.ガノンからの来訪者(中)

ここから2話は回想エピソードとなります。

 遡ること、およそ半年前…、ここはガノンの首都エクノカの中心部。

 ジェミスは一人、エクノカ中央駅の前で途方に暮れていた。

 特に理由もなく日常的に振るわれる激しい暴力…、過酷な搾取により食べる物にすら事欠く生活…、そしてそんな日々が、殺されるか野垂れ死ぬまで延々と続くという絶望……。

 ついに耐えかねたジェミスは、夜中にこっそりと所属していた組織の下から逃亡した。

 不自由な身体で片足と杖のみを頼りに、クラリスとリグも通った地下水路からこの場に行き着いた彼女。

 だが当然ながら、ジェミスに行く宛などない。

 エクノカで一二を争う人出の中央駅前だが、そこに佇む片脚を失った浮浪者同然の少女に手を差し伸べる者などいなかった。

 その時、ジェミスの足はふらりと半ば無意識に跨線橋に向かっていた。

 橋の上から見下ろすと、ちょうど駅を発ったばかりの急行列車が橋下を通過しようとしている。


(もういいや……このまま生きてたって何も……)


 今生の世界に、最早一寸の希望も見出せなくなったジェミス。

 欄干に両手をかけて、拙く身体を乗り出そうとするが……


「おいっ、嬢ちゃんっ…!、何やってんだっ、お前っ…!」


 ちょうどそこに通りかかったのが、野生な顔立ちをした大柄な青年…ゴレットだった。

 だが彼によって自死を食い止められても、ジェミスは何の感情の発露もなく、ただ死んだように俯いているだけだ。

 ゴレットは彼女の容姿にあえて触れることなく、()()()()()()()こう言った。


「お前腹減ってんだろ? 腹減ってるから考えも鈍って、こんなバカなことを仕出かすんだ。さあ、俺が美味い飯を食わせてやるっ、早く行くぞ?」


「えっ……」


 すでに人の善意など全く信じられなくなっていたジェミス。


(この男…アタシをどうするつもりだろう…。でもいいや…もうどうなったって……)


 そんな自暴自棄になりながら、ジェミスはゴレットに付いて行った。




 こうしてここは、その名の通り “ゴレットのうまい店” 。

 狭いカウンターには、この店名物のモールタリア風の異国情緒溢れる料理が所狭しと置かれている。


「さあ、遠慮することないんだぜ? 全部余りもんや賄いだからよ、じゃんじゃん食ってくれ!」


 まさか本当に食事をご馳走してくれるとは夢にも思わなかったジェミス。

 手を付けてもいいものかと躊躇するが、そんな勿体ぶった理性など抑圧され続けた食欲の前には無力だった。

 独特の香りを放つ未知の料理を、まずはスプーンで一口パクリと…、そしてその味をしっかりと舌に覚えさせて二口目、三口目……。

 どれもオイリーで香辛料が効いた癖の強い味ではあるが、舌に馴染めばもう一瞬にしてその虜となる。

 ただ味もさることながら、その出来立ての手料理の温かさが、何よりジェミスの荒んだ心に(こた)えた。


「うっ……ううう……」


 いつしか彼女は、料理にがっつきながらポロポロと大粒の涙を溢す。


「おいおい…、もっとゆっくりと味わって食えよ。飯は逃げねえんだからよ」


 そう呆れ気味に言いつつも、ゴレットはジェミスの元にそっと水を置いてあげた。




 そうこうして…


「あ、あの……どうも…ありがとう……」


 食後、ジェミスは初めて言葉を発した。

 その様を見て、ゴレットの顔も自ずと綻ぶ。


「ちゃんと腹一杯になったか? 足りないんだったらまだまだ作ってやるぞ? 何たって、俺は中途半端なのが一番嫌いだからよ」


「い、いや…もう…大丈夫……」


「ならいいけどよ。で、お前これから先、どっか行く当てがあんのか?」


 ゴレットにそう問われて、正直に答えるべきか一瞬悩んだジェミス。

 だが、いつしかゴレットに気を許していた彼女は、小さく首を横に振る。


「そうか…。まあとりあえず、今日はここに泊まってけよ。汚ねえ店だが、一応奥に寝るスペースもあるからよ」


 ゴレットに押されるがままに、ジェミスはこの店で一晩厄介になることとなった。




 ところが夜半過ぎ…


 ガサッ…ガサッ…ガタッ……


 店の中のどこからか聞こえる、何かを漁り散らかす音…。

 てっきり泥棒でも入ったのかと思いきや…、なんと泥棒の正体はジェミスだった。


(金目の物を持って帰ればっ……きっとまだ許してもらえるっ……)


 いくらゴレットの底知れない善意に触れたところで、彼女の深層心理は凄惨な暴力による恐怖に支配されていた。

 ジェミスは金目の物を見つけるべく、不自由な身体で必死になってめぼしい場所を漁り続ける。

 しかし…


「残念だったな。うちに金になるようなもんなんて何もないぜ? 何たってうちは万年赤字だからよ」


「あっ……」


 ついにゴレットに見つかってしまった。

 といっても、実はすでに気付いていて、泳がせてただ様子を見ていただけなのだが…。


「来いっ」


 ゴレットは有無も言わさずジェミスを連れ出す。

 もうこの時点で、彼女は『全てが終わった』と観念した。

 だが意外にも、ゴレットは店のカウンターにジェミスを座らす。

 そして彼は、熱々の白濁した飲み物を差し出した。


「飲んでみろ、甘くて美味(うめ)えぞ。心を落ち着けるには、甘いもんが一番だからよ。ただ熱いから、火傷しねえようにゆっくりと冷まして飲めよ?」


 ゴレットに促されるがままに、ジェミスはふぅふぅ…と息を吹きかけながら、その飲み物を少しずつ口に含んだ。

 鮮烈な甘みと濃厚なコクが口中に広がっていく。

 これは米を発酵して作った、いわば甘酒に近い飲料だった。


「うっ……ううううっ……」


 ようやく恩を仇で返した罪深さに気付かされたジェミスは、その場で泣き崩れた。


「泣いてたってわかんねえだろ。さあ、お前に何があったのか聞かせてくれ」


 今度こそジェミスは、包み隠すことなく全てをゴレットに打ち明ける。

 『もしかしたら助けてくれるかもしれない』などという、そんな打算的な思惑などない。

 ただ全てを正直に話すことが、ここまで親身になってくれた彼へのせめてものケジメだと思ったに過ぎない。

 ところが、ジェミスの話をただ黙って聞いていたゴレット。

 これまで数々の厄介事に介入して来た()()()()彼は、おそらく過去最大であろう怒りに打ち震えていた。

 そして…


「じゃあ、奴らが持ってるその “証文” っていうのが手に入れば、お前は自由になれるんだな? 奴らのアジトはどこだ?」


「た、確か…東第3区の…12区画……。正確な番地までは……」


「そうか…。まあ向こうに行きゃあ何とかなるだろ」


「えっ…、い、一体何を……」


「いいか?、俺が戻って来るまで、絶対にこの店の外から出るんじゃねえぞ? もし一歩でも出やがったらぶっ殺すからなっ」


「……ッ」


 ジェミスにあえて牽制としての脅しをかけたゴレット。

 困惑と怯えが入り混じったジェミスの顔を見ることもなく、彼は一人真夜中の街へ飛び出して行った。


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