最終章 3.2年前の追憶
さて、レイチェルがシエラの自室から退出して数十分後のこと…
「おいいぃっすっ、シーエラちゃーんっ、遊びに来ったぞ〜!」
王女の自室に、あたかも我が家同然に乗り込んで来たのはソラだった。
何やら大量の荷物を持ち込んでいる。
「では、ソラお嬢様、ごゆっくり…。お荷物はこちらに置かせていただいてもよろしいですか?」
「うんっ、ありがとーっ、ドルグのおっちゃんっ」
「いいえ、どういたしまして」
たとえ王家邸であろうとお構いなしのソラに、ドルグはむしろ微笑ましさすら感じた様子で去って行った。
「ちょっとっ、ソラ?、あんたいくらなんでも常識なさ過ぎでしょ…。自分家じゃないんだからさぁ…」
「えー、何でぇ?、だってシエラちゃんが言ったんだよ?、「気兼ねなく遊びに来てね」って。ねぇ?、シエラちゃん」
「え、ええ…そうね……」
悪びれる様子もなく、おそらく注意された理由すらわかっていないソラに、苦笑いを浮かべるしかないシエラ。
「それにしてもスノウ、アンタ上手いことやったねぇ。ちゃっかり王女様に家に転がり込みやがってぇ、このぉ〜」
「もう、そんなんじゃないったらっ。ところであんた何持って来たの?、なんかえらい荷物の量だけど…」
「ああ、このでっかいのはお父ちゃんが女王様に持ってけって、ベーコンとハムの塊。でもこれだけじゃないんだぜぇ〜。ここに来る途中にとっても良い物見つけてさぁ、シエラちゃんのお土産に買って来たんだ!」
「ありがとう、ソラちゃん。とっても嬉しいわ」
「なんかあんたのセンスがすっごく不安なんだけど……。で、何買って来たの?」
「ふふふ…、見て驚くなよ…。シエラちゃんも感激して泣いちゃうよ? じゃかじゃーんっ、見てっ見てぇっ、全裸男人形の王都限定バージョン! 数量限定で残り1個だったとこを運良くゲットしたの。本当は手放したくないんだけど、シエラちゃんにあげるね!」
「………………」
一瞬にして凍り付くその場。
「あれぇ…、嬉しくないの?」
「う、ううんっ…、と、とっても嬉しいわ……。大事に…するわね……」
シエラの言葉通り、この全裸男人形はとっても大事に保管され、闇に閉ざされた物置の中から二度と日の目を見ることはなかった。
そうこうして、賑やかで楽しいひと時を過ごす三人。
そんな中…
「でもなんかこうやって三人でいると不思議だなぁ」
「『不思議』って何が?」
「うん…、あたしね、もちろん学院にいた頃はシエラちゃんが王女様だったなんて知らなかったけど、でもなんかすごく王女様っぽいなぁって思ってたんだ。それだけ、あたしらなんかが気軽に話しかけちゃいけないような、高貴な雰囲気が出てたっていうか……。だから今、こうやって楽しくお喋りできてるって、すごく不思議な感じがするなぁって思ったの」
「私、同じ年の子たちと気兼ねなくお喋りしたことなんてなかったから、みんなと馴染めずに浮いてしまっていただけだと思うけど…。でも確かに、そう言われてみると不思議ね…」
「でしょ? これも元はといえばクーちゃんが……あっ……」
スノウがうっかりクラリスの名を出してしまった途端、流暢に流れていた華やいだ時間はぴったりと止まってしまった。
当然ではあるが、それだけクラリスの死が三人の心に暗い影を落としているのだ。
とはいえ、一度口にしたその名を引き下げることなど出来ず、スノウは重苦しく言葉を続けた。
「クーちゃんのおかげだなぁって……。あの子がいなければ…あたしたち多分普通にお喋りする機会もなかったもんね…」
「そういや、街中でクーちゃんとシエラちゃんがデートしてる時に、うちらと偶然出会したんだっけ。あの時は一緒にご飯も食べて恋バナもして楽しかったなぁ…。ちょうど2年前の…今頃だったよね……」
「うん…、そうだったね……。もう2年経つのかぁ…、長いような短いような……」
すると、ここでシエラが…
「実はね……、私…あの時クーちゃんに告白したの……」
「えっ…!?」
唐突過ぎる彼女の告白に、思考が追い付かず表情が固まるスノウとソラ。
「私、あの子のことが好きだった…。友達としてとか憧れだとかそういうのもあるけど…、それだけじゃなくてきっと恋してたんだと思う…。それで告白をしたの……あの子の唇まで奪っちゃって……。結局振られちゃったんだけどね……」
「シエラちゃん…」
神妙な面持ちで見つめるスノウとソラを尻目に、シエラは独白を続けた。
「その後、あの日の行いをすごく後悔して……、もしかしたらただの若気の至りなのかもしれない…、むしろそうあって欲しいって思った…。だってそうでないと、クーちゃんを困らせてしまうから…。でも、囚われていた私をクーちゃんたちが助けに来てくれた時、再会出来た嬉しさ以上に胸の高まりが止まらなかったの…。その時、『ああ…私は本当にこの子のことが好きだったんだなぁ』って……。でも最後は、何も言えずにお別れしちゃった…。私おかしいわよね……同じ女の子に…しかも友達に恋しちゃうなんて……」
窓に映る、あの告白の日と同じ晩秋の空が、シエラの心をより一層遣る瀬なくさせる。
ところがその時…
「……ッ?」
スノウが突如立ち上がり、その小さな体で車椅子のシエラを強く抱き締めた。
「ううん、全然おかしくなんかないよ? そりゃあ、あたしも女の子に恋したことはないけど、人を好きになるのに性別なんて関係ないと思う…。それに恋することに良い悪いもないんじゃなかな。だからシエラちゃんの恋も叶わなかったけど、でもそれはとっても素敵で綺麗なものだってあたしは思うよ? でも、今までずっと悩んでたんだね……辛かったよね……。そんな言いづらいこと、あたしたちなんかに打ち明けてくれてありがとね…」
「スノウちゃん………うっ…ううう…うわああああんっ……」
スノウの言葉で意固地を張っていた胸中が解れたシエラは、彼女の胸元で堰を切ったように泣き崩れた。
さてそんな中、一人蚊帳の外のソラだが…
「何だよっー、お前らっ、二人だけでいい感じになりやがってっ……。私だってっ…、私だってぇ……クーちゃんのこと………うわおおおおんっ……!」
まるでおっさんのような野太い声で号泣し、その麗顔を台無しにする彼女。
スノウとシエラとの少女同士のいじらしくも美しい友情と、鮮明に対比されるようだった。




