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とある魔導士少女の物語   作者: 中国産パンダ
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第4章 19.覚悟の代償

「では、旦那様…とクラリスお嬢様…、屋敷に参りましょう。皆様お待ちしております」


 迎えに来た使用人が、自分の名を出す際に僅かの間があったことを、クラリスは見逃さなかった。

 やはり、今回自分のやらかしたことは、屋敷内でも大問題になっているのは間違いない…

 自分の取った行動を決して後悔はしていないが、家で待つ家族や使用人たちに多大な迷惑と心配を掛けさせてしまったことを、彼女は深く反省していた。

 クラリスが特に気掛かりなのは、フェルカのことだった。

 人一倍、優しくて人思いで心配性な彼女のことだ…、彼女に自分のことで多大な心労を掛けさせたことは、容易に想像がついた。


(ただでさえ、その前のリグの件で、お姉様には要らぬ心配を掛けさせているというのに…)


 馬車の中で、クラリスとアルテグラは一言も言葉を交わさなかった。

 皆にどう顔向けをすれば良いのか……、彼女は陰鬱な表情で車窓を眺めながら物思いに耽ていた。

 そんな彼女の様子をアルテグラも察してはいたが、敢えて言葉は掛けなかった。

 市街地から屋敷まで…、これまでの長旅に比べたら一瞬に等しい時間のはずだが、クラリスには遥か遠い道のりに感じられた。



 ほどなくして、クラリスとアルテグラを乗せた馬車は、屋敷の正門前に到着する。

 出発時と同様に、トテム、フェルカ、リグと執事長のコマック始め使用人たちが、出迎えのためにすでに待機をしていた。

 先に降りたアルテグラに対し、皆が各々に思い思いの言葉を掛ける。

「御役目ご苦労様です、父上…。このトテムが父上の御留守中、無事家中をまとめ上げました。ご不在中のお仕事に関しては、僭越ながら私が代行しました。至らぬ点もあるかと思いますので、後ほどご確認いただけると幸いです…」


「すまぬな…トテム。留守中よくやってくれた」


 なんと、トテムはアルテグラの執務代行をやっていた。

 頭脳明晰だけあって、仕事は出来るようだ。


「お帰りなさいませ…お父様…」


「父上、お帰りなさい! ガノンはどうでした?」


「旦那様、お帰りなさいませ。長旅ご苦労様にございました」


「うむ、皆、留守中は面倒を掛けてすまなかったな。出迎えご苦労だった」


 アルテグラは、穏やかな表情で出迎えた全員に対して、労いの言葉を掛ける。

 しかしその後、皆の注目はアルテグラではなく…、彼がその言葉を発した後に馬車から降りて来たクラリスに移った。

 トテムは忌々しい表情で彼女を睨むが、当の本人は皆と視線を合わさぬように俯いており、彼女の目に彼の敵視線は映っていない。

 使用人たちは、クラリスが無事であったことに大きく安堵したが、自らの立場と状況を弁えて、表情には出さなかった。

 そしてフェルカとリグは……


「……クラリスちゃん…!?」


「クラリス…!」


 二人は咄嗟にクラリスに駆け寄ろうとする。

 クラリスも顔を上げて、自分の元に向かって来る二人を感慨と心咎めが入り混じった表情で見つめた。

 ところが……

 アルテグラが駆け寄るフェルカとリグを、パッと手を差し出して制止する。


「再会は後だ。クラリス…わかっているな?」


 観念したように重々しい表情のクラリスは、フェルカとリグが背後から見つめる中、アルテグラに屋敷内へと連れて行かれた。



 彼女が連れて来られたのは屋敷別館の地下1階の、倉庫として使用されているスペースの一画にある部屋だった。

 その部屋は通称 “お仕置き部屋” と呼ばれる部屋で、よほどのことがない限り、この部屋が使用されることはない。

 さすがに拷問器具のようなものはないが、陽も当たらない石畳の床の室内には、壁に棒状の鞭と縄が掛けられ、天井には吊るすための(かぎ)が付いた滑車が取り付けられている。


「クラリス…、何故ここに連れて来られたか…わかっているな?」


 クラリスは恐怖をその表情に宿らせながらも、覚悟を決めたようにいじらしく頷く。


「よろしい…。では、まず上着を脱ぎなさい」


 恥じらいに耐えながら…、クラリスは従順にアルテグラの命に従い、着ていたワンピースを脱いで、シュミーズ一枚の姿になった。

 脱いだ衣服をキチンと畳んで床の端に置くと、彼の手を煩わせることなく、ゆっくりと両手を揃えて彼の前に差し出す。

 アルテグラは手際良く、壁に掛けられていた縄を手に取ってクラリスの手首を縛り、さらに彼女の悲鳴が周囲に響かないように、布切れで猿轡を咬ました。

 そして、彼女の手を縛った縄の先端を鉤に固定して、滑車で彼女を吊るす。

 一気に拘束が締め付けられ、縄が柔らかな肌に強く食い込む感覚に、彼女は思わず顔をしかめた。

 不安な様子で顔を強張らせるクラリスを一顧だにせず、壁に掛けられていた鞭を手に取ったアルテグラは、淡々と彼女に告げる。


「まずは鞭打ち15回だ。行くぞ」


 ピシィィッ!!!


「んぐうぅぅっ……!」


 クラリスの声にならないこもった悲鳴が、殺伐とした室内に響く。

 ヒュンッ!という空気を引き裂くような風切音を発しながら、彼女の臀部(でんぶ)に鞭が振り下された。

 皮膚を破るような激しい痛みに、彼女は条件反射的に顔を歪め、太ももを内股にギュッと閉じて腰を揺らす。

 実際のところ、アルテグラが使っている鞭はあくまで罰として痛みを与えるためのものなので、多少の使用では皮膚が裂けないように配慮はされている。

 それでも…、クラリスがいくら悲鳴を上げても全く加減されることなく、機械のように寸分違わぬ等時間隔で彼女の臀部に振り下される鞭は、彼女を酷く苦しめた。


「……んんっ…んん……」


 終盤は困憊(こんぱい)して悲鳴も出せず、ただただこもった声で呻きながら、涙を流して、必死にこの苦しみに耐える。

 猿轡の布に吸収し切れなかった唾液が、涎のように彼女の口元から垂れていた。

 ようやく、3分も経っていないが、クラリスには長い長い苦しみの時間だった鞭打ちが終わり、滑車から降ろされて縄を解かれた彼女は、全身冷汗まみれになってその場に倒れ込んだ。


「はぁ……はぁ……」


 苦しそうに重い息を吐く彼女の臀部は、打撃による赤色と内出血による紫色が入り混じったように、酷く変色している。

 清く透明感のある肌とのコントラストが、より一層生々しく痛々しい。



 しかし…罰はこれで終わりではなかった。


「クラリス…、外に出なさい」


 憔悴した彼女を、アルテグラはシュミーズ姿のままで外に連れ出した。

 鞭打ちによる激痛と極度の心労で満足に歩けない彼女の肩を、彼が掴んで支えるように歩く。

 時刻はもう夕暮れを過ぎ…、夜空には一際、黄金色の輝きを放つ大きな満月が出ていた。

 やって来たのは、屋敷本館の東側に面した庭園だった。

 その庭園内の見通しの良い場所に立っている一本の木…、その前でクラリスは再びアルテグラに縄で後ろ手に縛られて、まるで犬猫のようにその木に繋がれる。


「しばらくここで反省をしていなさい。それで罰は終わりだ」


 クラリスの生気の抜けた頷きを確認して、アルテグラは彼女の前から立ち去った。

 その場所は、屋敷の東側に面した全室から見渡すことが出来る。

 アルテグラがこの場所を選んだ理由は、クラリスに恥辱を与えるためだろう。

 ところで当の彼女は、夜の静寂な庭園の中で、一人、今回の旅を振り返っていた。

 皆の迷惑を顧みずの密航…、アリアたちとの出会い…、ガノンの街で助けたはずの奴隷の少年に敵意を向けられたこと…、あの戦場で見た光景…、理性を失って人を殺したこと…、父アルテグラから授かった青のローブ…、そしてジェミスのこと……

 色々なことがあり過ぎて、総括が追い付かない。

 ただやはり、彼女がその中で最も心残りだったのは、ジェミスのことだった。


(私はジェミスを救った…。みんなに迷惑を掛けてまで貫いた私の覚悟は無駄じゃなかった…。でもそのジェミスは今……)


 どんなに強い覚悟と心を持とうとも、残酷な現実は、それをまるで虫を踏み殺すが如く蹂躙してしまう…。


(だとしたら…、お義父様の言い付けを破って、お姉様やリグたちに多大な心配をかけさせてまで貫いた私の覚悟に、どれほどの価値があったのだろう…)


 今、その罰を受けながら…、クラリスは不条理感とやるせなさに打ち拉がれていた。

 満月の神々しい光に照らされて…、下着姿で縄に繋がれて、物悲しげにその場に佇む、白金色の長い髪の麗しい少女の姿は、官能的かつ背徳的な美しさを醸し出していた。






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