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とある魔導士少女の物語   作者: 中国産パンダ
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第1章 5.残酷な別れ

 私があの連中に連れてこられ、奴隷として売られていたこの町の名前は、この世界クアンペンロードの西大陸南に位置する国ガノンの首都エクノカという街らしい。

 これまで街で文字に触れる機会がなかったが、ようやく街並みを思う存分見ることが出来るようになって、それを知った。

 それにしても、この歳でほとんどの文字が読め、言葉や単語の意味もわかるということは、やはり記憶を失うまでは、それなりに恵まれた環境で育てられていたということなのだろうか…。

 よろよろとしか歩けない私に歩調を合わせて、ご主人様はまず、みすぼらしいなりの私を服屋に連れて行った。

 女性物の衣服専門の店のようで、店内には可愛らしくお洒落な服が所狭しと陳列されている。

 靴すら履かず、ぼろ切れみたいな衣を(まと)っている汚らしい少女と、片や高級そうな正装で身を固めた紳士…。

 当然のことながら、服屋の主人はこの異質な二人の来客に不審の目を向ける。

 すると、ご主人様がおもむろに鞄の中からコインを数枚取り出し、主人に預けた。


「すまんが、余計な詮索はしないで欲しい…。これで、適当にこの娘に似合う服を取り繕ってくれ」


 そのコインは金貨だった。

 服を買うには、それは価値があり余り過ぎた。

 主人はそれを見て、血相を変えて「は、はい…ただいま!」と声が裏返る勢いで返事をして、私を店の奥へと連れて行った。

 主人は何枚かのワンピースとスカート、ブラウス、そしてそれに合う靴を用意した。

 私はその中から、乙女心をくすぐるパフスリーブで薄いピンクのフリルがあしらわれたバックリボン付きのワンピースを選んだ。

 薄汚れた体を、女性の店員に軽く拭いてもらって、選んだ服を着用する。

 さらに彼女に甘い香りの香料入りのオイルで髪をといてもらった。

 これまで全く手入れされていなかった、櫛も通らないぐらいにボサボサでゴワついていた私の長い髪は、とても艶やかで滑らかになった。


「まあ!元は良いとは思ってたけど、こんなに可愛らしくなるなんて…!」


 彼女が思わず感嘆の声を上げる。

 その姿を見たご主人様は、


「うむ、いいだろう。これからしばらく長い旅路となる。残りの服も全ていただこう。世話になったな」


 服や、その他これから増えるであろう日用品を入れる私用の鞄まで買ってもらい、私たちは店を出た。

 記憶の中では、初めてちゃんとした靴を履いた私は、足取りが一気に軽くなり、心持ちまで軽くなったような気分だった。



 続いてご主人様に付いてやって来たのは、一軒の食堂だった。

 彼は私のために料理を注文してくれた。


「さあ、腹が減っているだろう? 食わねば、人間まともに動くことが出来ないからな。遠慮せず食べなさい…」


「あ、ありがとうございます…。……畏れ多き神の賜物(たまもの)…頂戴致します…」


 私は何気なく、食前の祈りを捧げた。

 記憶はなくとも、習慣として体に根付いているのだろう…、しかしその様子を見て、ご主人様が訝しげに私に尋ねる。


「何だ、今の言葉は?」


「い…いただく前のお祈りの言葉です……」


 私の怯えた返事を聞いて、ご主人様は神妙な表情を浮かべたまま暫し沈黙し、そして淡々と私に言葉をかけた。


「お前のそれは間違っている。食前の祈りは『神の恩寵と慈愛に感謝を捧げ、いただきます』と言うのだ…」


「は、はいっ…、申し訳ありません…。……神の恩寵と慈愛に感謝を捧げ…、いただきます…」


 ご主人様に間違いを指摘されて、私は畏まって祈りをし直し、目の前のテーブルに並べられた料理をいただいた。

 ふわふわで柔らかくほのかに甘みが感じられるパンに、彩り鮮やかな野菜が添えられたバターの香りが鼻をくすぐる魚のソテー、濃厚なコクが口中に広がるポタージュ…。

 それらは私の記憶の中では、初めて食べる、美味しいと思える食事だった。

 一人黙々と食べ続ける私に対し、ご主人様が周囲に聞こえないほどの小声で言った。

「食べながらでいい、よく聞け。実はこの国と我々ジオス王国とは対立関係にある。この街の連中に私の身分がバレると少々厄介なことになる。これを食べたら、旅支度だけして、すぐに出立するぞ。今のうちに旅に必要なものがあったら考えておけ」


「ふぁ…、はいっ…」


 私は口の中に含んだものを急いで飲み込みながら、慌てて返事をした。

 ガノンからジオスへ向かうには、エクノカの港から世界で最も繁栄しているフェルトの港湾都市ウェルザに向かい、そこから陸路でひたすら北上するのが最短ルートだ。

 しかし、今、港では身分証明の確認が厳しく、ご主人様がジオスの人間であるとバレてしまう恐れがある。

 そのため、非常に遠回りではあるが、一旦陸路でエクノカを離れ、この大陸の南端にある小規模な港町ルイからフェルトに向かうことになった。

 ちなみに、かなり後に知ったことだが、彼はこの時、ガノンの反体制派の幹部との密談のためにこの地を訪れており、身分証を偽造してこの国に入ったとのことだ。

 私たちは当面の食料と日用品だけを買い込み、一刻も早くこの街を出立するために、準備を進めた。



 こうして、ご主人様に付いて、エクノカの街を忙しなく移動している最中のことだった。

 ある路地の傍らで、首輪を付けられた一人の少女が、男に鞭を打たれて強制労働を強いられていた。

 そうだ…あれが本来の奴隷の姿だ…。

 私は何の因果か、こうして小綺麗な身なりをしているが…。

 後ろめたさとやるせなさから居た堪れなくなり、その光景から思わず目を背けようとした時だった。

 まず、少女に鞭を振るっている男に対して、私の記憶が働いた。

 あの男は、ジェミスを連れて行った男ではないか…?

 ならば、あの少女は…………間違いない……それはジェミスだった……。

 彼女の体の痣は、遠目からでもはっきりわかるほど増えていた。

 何故あんな過酷な目に遭っているのか…?

 私たち少女の奴隷は、男の慰み物になるのではなかったのか…。

 あの生き地獄のような世界での唯一の友が、目の前で鞭で打たれて虐げられている光景を見て、私はただただ衝撃と恐怖と憤りで言葉が出ず、沸騰するように湧き上がる感情で打ち震えるしかなかった。

 まだ、彼女の方が私に気付いていなかっただけ、不幸中の幸いだった。

 といっても、こんな一端の少女の身なりをした私など、想像もつかないのだろうが…。

 その様子を見て…、というよりも、まるで私の心を読んだかのように、ご主人様は私に語りかけた。


「あの奴隷の娘を救いたいか?」


 彼の思ってもいない言葉に、私は咄嗟に「は、はいっ…」と答える。

 この時、私は彼に期待をしていた。

 ご主人様が、ジェミスも、私同様に救ってくれるのではないかと…。

 しかし…、儚くも私の期待は裏切られた。

 というよりも、私が勝手に思い違いをしていたに過ぎないのだが…。


「ならば、私の元で強くなれ。強さがなければ弱者を救うなど到底出来ん」


 それが、私の期待に対する彼の回答だった。

 当時の幼い私は、その言葉の真意を理解出来ず、途方に暮れてその場に立ち尽くす。


「時間がない。さっさと行くぞ」


 ご主人様は私の手を引っ張って、気持ちの整理が付かないまま立ち尽くす私を、その場から無理矢理連れ出した。


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[一言] ジェミスー!!(இдஇ;)
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