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とある魔導士少女の物語   作者: 中国産パンダ
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最終章 2.新たなる戦いへ

 ジオス城崩壊から2ヶ月後…、ようやくフォークに移住させられた人々の王都への帰還が始まった。

 それに伴い、政庁機能も本格的に王都へと移転。

 王位を継いで女王に君臨したレイチェルの治世がついに幕を開けた。

 暗黒のゲネレイド治世への反動もあり、希望に満ちた船出として、人々からは大いなる期待が寄せられている。

 とはいえ、女王レイチェルが直面する現実は非常に峻厳だ。

 内戦によって大打撃を受けた経済…、なおも消えない王国民間の対立と断絶…、そして超大国フェルトとの関係……。

 長く険しい復興への道のりは、まだその一歩を踏み出したに過ぎない。

 ところで城がなくなった現在、レイチェルはセンチュリオン本家邸に近い王家の別邸を居城としている。

 当の王城だが、崩壊直後に直ちに中に取り残された者たちの救助捜索活動が始まった。

 武官民問わず総動員で、懸命な作業が昼夜ぶっ通しで行われる。

 だが技術が立ち遅れたジオスでは、それらをほぼ全て人力で行うしかなく、瓦礫の巨山の前には魔術の助けも焼け石に水だった。

 結局活動開始から2週間後、クラリスとリグの遺体も発見されることなく、捜索は打ち切りとなってしまう。

 そしてレイチェルは少なくともこの先数十年間は、城の再建を行わないことを決めた。

 人々の生活も含めた国全体の復興を最優先すべきだという、(もっと)もな理由である。

 ただそれだけではなく、王国の変革期である今において、前時代の象徴である王城の再建は相応しくないという彼女の意思もあった。




 それから、さらに1ヶ月経ったある日のこと。

 王家別邸のとある一室…、そこにいたのは、窓を開けて晩秋の空気の中に佇む車椅子の少女。

 感傷気味に表情を和らげて、彩りを失いつつある外の木々を眺めている。

 すると…


「シエラ様、外もかなり冷えて参りました。そろそろ窓をお閉め致しましょう」


「ううん…、もう少しだけ外の空気に当たっていたいの…。ねぇ、いいでしょう?」


「かしこまりました。ではお足下が冷えぬよう、膝掛けだけでもお持ち致しましょう」


「ええ、ありがとう…」


 そう、この車椅子の少女は、脚に障害が残ってしまったシエラだった。

 そして、彼女に声をかけたこの執事の男は、地下牢にて世話役だったドルグである。

 元はと言えば敵兵…、そして何と言ってもあの悍ましい容姿…。

 周囲の人々は、彼がシエラの専属執事を務めることに大反対した。

 だが彼女は、ドルグを自身の執事にすると言って聞かなかったのだ。

 あの温和なシエラがそこまで固執した理由…。

 それはドルグへの、彼女なりのせめてもの恩返しだった。




 そうこうして…


 コン、コン……


「し、失礼しますっ…」


 ノックと共に聞こえたのは、大層緊張(しき)った少女の声。

 そっとドアを開けたのは…、なんと意外にもスノウだった。


「いらっしゃいませ、スノウお嬢様。ではシエラ様、(わたくし)は一旦これにて…」


「ええ、お疲れ様、ドルグ…」


 ドルグはスノウに優しく会釈をすると、そのまま部屋から退出して行った。


「スノウちゃん、そんなに畏まらなくてもいいのに…。もう何度もここに来ているでしょう?」


「いやいや…、何度来たって緊張するよぉ…。何たって王女様のお部屋だもん…」


 そもそも、ゲネレイド側に付いた両親の下から逃げ出して、フォークに辿り着いたスノウ。

 王都に戻っても、彼女には帰る場所などなかった。

 そんなスノウを不憫に思ったレイチェルは、彼女をシエラの話し相手…いわゆる“御伽(おとぎ)役” に任じて、別邸内に住まわせていたのだ。


「もう…、あんまり『王女様』とか言わないで。お友達に距離を置かれるのは良い気がしないわ」


「あははは…ごめんごめん…。でもやっぱり、お屋敷のこのすごい雰囲気はなかなか慣れないかなぁ…」


 まずは挨拶代りの他愛のない会話を交わすシエラとスノウ。

 するとその時だった。


「お姉様…?」


「ひっ……じょっ、女王様っ…?」


 突然のレイチェルの登場に、スノウは声を上擦らせてカチンコチンに固まってしまう。


「ふふふふ…、スノウ?、そんなに緊張せずに気を楽になさい」


 そんな彼女を、微笑ましく労わるレイチェル。

 だが一転、妹シエラに対しては、(いかめ)しい面持ちで向き合って話を続ける。


「シエラよ。(わたくし)は明日より1ヶ月ほど、この国を不在にします。理由は分かりますね?」


「はい…、ついにフェルトへ行かれるのですね?」


「その通りです。実は我々が王都を奪還した直後に、フェルト側から首脳会談の要請が来ていたのです。戦後処理を理由にここまで先延ばしにして来たのですが、ついに応じざるを得ない状況となりました。フェルト国首相が、(わたくし)を国賓として迎えてくれるとのことですが、あちら側の真意はジオスを完全に影響下に置くことでしょう」


「この国を属国にしようということですか…? 会談は一体どうなるのでしょうか…?」


「実のところ、現状は相当厳しいと言わざるを得ません。此度の戦いでの軍事支援を受けた負い目、復興のためのフェルトからの経済技術支援、そして何より圧倒的な国力の差…。通商面における不平等条約の締結など、大幅な譲歩を強いられることは間違いないでしょう。それでも…、我々の矜持は絶対に渡してはなりません。この国を傀儡国家などにさせぬよう、(わたくし)は身を尽くす覚悟で会談に臨む所存です」


 以前は民の幸せのためなら、王国がフェルトに併合されるのも止むなしとまで考えていたレイチェル。

 しかし、フォッセルでのフェルト軍の蛮行を目の当たりにして、彼女の考えは大きく変わった。


「申し訳ありません…お姉様……。王国がこんな大変な時に、私は何もお役に立てなくて……」


「何を言うのです、シエラ…。あなたが見せてくれた矜持と覚悟のおかげで、我々は勇気をもらい一層奮起することが出来たのです。あなたは十分に頑張ってくれました…。なので、今はゆっくりとお休みなさい。それにあなたは王女とはいえ、まだ15歳の少女…。今しか出来ない友達との交遊も、あなたの今後の人生において重要なことなのですよ? (わたくし)の留守中の政務など一切の責はゴルベット殿に委ねています。何か聞きたいことなどがあれば彼の元を尋ねなさい」


 最後は姉らしい慈しみに溢れた笑みを残して、レイチェルは退出して行った。

 ところで息子マルコンの死と引き換えに命を繋がれ、辛うじて生き延びたゴルベット。

 当初こそはしっかりと生きようと決意した彼だが、すぐに息子を見殺しにし自身だけ助かった現実に打ちのめされ、自死すら考えるようになる。

 だがレイチェルは、そんな彼にあえて引き続き王国財務庁長官、さらには復興庁長官、外交特別顧問など、いくつもの要職を兼任させた。


『このまま死んで楽になろうなど許しませんよ? 王国、そして民への深い罪の意識があるのならば、あなたのその卓越した能力を全て王国の繁栄に捧げなさい。それがあなたの命を繋いでくれたご子息が最も望んだことではないですか?』


 レイチェルに突き付けられたその言葉に、ゴルベットは自身の考えの愚かさを甚く痛感させられる。

 そして王国の繁栄と人々の幸福のために、半分をとうに過ぎた残りの人生を彼女に捧げることを誓ったのだった。


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