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とある魔導士少女の物語   作者: 中国産パンダ
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最終章 1.残された者たち

クラリスとリグがいなくなった世界…。それでも残された人たちの物語はまだもう少しだけ続きます。

「そんなっ……、クラリスとリグがっ……」


「あいつら……くそぉっ…!」


「クーちゃん……どうして……」


「リグちゃん……もう…君には会えないんだね……うっううう……」


「いやっ、あの子たちは絶対に生きているっ…。こんなことがっ…こんなことがあっていいはずがないだろうっ……うううう……」


 意気阻喪して戻って来たターニーから、クラリスとリグの最期を聞かされた一同。

 二人を守ってやることが出来なかった自身への憤怒に打ち震える者…、胸を()り抜かれたに等しい際限なき悲しみに沈む者…、はたまたこの残酷な真実に向き合えずにいる者……。


(確かに(わたくし)は、あの子たちが特務隊に参加するに当たって、死ねる覚悟を問うた…。故にこの結末は、二人が自ら望んだものとも言えるかもしれない…。それでも…、かような考えが頭を過ってしまう己を許せないのは何故か……。あの時、彼女らの意志を拒絶してでも、参戦させるべきではなかったか……)


 元はと言えば、二人が特務隊に志願したのが発端ではあるが、それでもレイチェルは酷い自責の念に打ち拉がれる。

 そんな中、皆と同様に絶望に暮れるフェニーチェ。

 だが、その重過ぎるクラリスへの愛ゆえに、彼女の悪感情は理不尽にもターニーに向いた。


「アンタ、お姉様たちを必ず助けるって言ったじゃないっ……、わたしにこれはお遊びじゃないって言ったじゃないっ……! どうしてよっ…!、どうしてお姉様を助けてくれなかったのよっ…!?」


「……ごめんね……」


「何が『ごめん』よっ…!、この大嘘つきっ、バカっバカっバカっ…!」


「こらっ…!、フェニーチェっ、止めないかっ!」


 兄バラッドの制止など効くわけもなく、フェニーチェはターニーに罵声を浴びせながら、彼女の胸をぽこすかと叩き続ける。

 そしてか細い声で謝罪しか出来ないターニーに対し、フェニーチェは()()()()()()()()()()()()()を口にしてしまう。


「アンタがっ…アンタがお姉様の代わりに死んじゃえばよかったのにっ……」


「フェニーチェっ、お前っ…!」


 そのあまりにも心無い一言に、ついにバラッドの堪忍袋の尾が切れる。

 妹に手すら上げそうな勢いで激怒する彼、ところが…


 ゴツンッ


「……ッ!?」


 フェニーチェの頭上に振り落とされたのは強烈なゲンコツ。

 ずきずきと痛む大きなたん瘤を両手で押さえながら、フェニーチェは涙が出尽くして(やつ)れた顔をゆっくりと上げた。

 彼女の目に映ったのは…


「悲しいのはっ……苦しいのはっ……辛いのはお前だけじゃないんだっ…。アタシだってバラッドだってっ、そしてターニーだって、みんな辛いんだよっ…! 自分勝手なことばっか抜かしてんじゃねぇっ!」


 その振り下ろした拳を震わせたまま、アリアは己の感情を振り切ってフェニーチェを一喝する。


「ううっ……うわああああんっ……!」


 怒りの遣りどころを塞がれてしまったフェニーチェは、激情の赴くがままに泣き喚くしかなかった。




 こうして1ヶ月後…、王都での最低限の雑務を終えた特務隊一同は、一旦拠点であるフォークへと戻った。


「レイチェル様ばんざーいっ!、義勇軍ばんざーいっ!」


「うううっ……やっと戦いが終わったんだっ……。これでやっと王都に帰れるぞ!」


「うおおおおおっ!!!、世界よっ、見たかぁっ!、これが全裸男パワーだぁっ!」


 まさに凱旋帰還とだけあって、(おびただ)しい人々が大路を埋め尽くし、割れんばかりの大歓声が一行を輝かしく包み込む。

 しかし当然ではあるが、皆には人々の声に笑顔で応えてやる精神的余裕などない。

 さて、理不尽過ぎる八つ当たりの標的となったのは、先のターニーだけではなかった。


「何でよっ…!、アンタ私に『クーちゃんのことは任せろ』って言ったじゃんっ…! 何でクーちゃんがいないんだよっ…? おいっ、何とか言えよっ、オバサンっ…!」


「こらっ、ソラっ、止めないかっ!」


「そうだよっ、アイシスさんは何も悪くないでしょっ…?」


 クラリスの死を知らされたソラの怒りの矛先は、アイシスに向いていた。

 父ディノンとスノウが必死に制止するも、とてもではないが収まりそうにない。


「ごめん…なさい……」


「何が『ごめんなさい』だよっ…! ごめんで済んだら警察はいらないんだよぉっ…!………うっ…うううう……」


 一瞬、アイシスに殴り掛かろうと構えるソラと、それを当然の報いとして受け入れようとしたアイシス。

 だがそんな直情径行なソラにも、流石に理性が働いたのだろう。

 こんなことをしても虚しさしか残らないことに気付いた彼女は、そのままアイシスの胸元で泣き崩れた。

 そしてそれはアイシスの心にとって、百発殴られるよりもずっと苦しい痛みだった。




 それから1週間後…、ターニーとアイシスはミーちゃんに乗って、遥か彼方の大洋上にいた。

 ついにアイシスが故郷へと帰るのだ。

 クラリスとリグの死という悲報を携えて…。

 ずっと変わり映えのしない濃青の海面を、アイシスはただ無言で陰鬱に眺めている。


「あのぅ…、いいですか?、変な気を起こしたら海に突き落としますからね…?」


 場の空気を無視して、アイシスに忠告するターニー。

 ここで彼女は『もうっ、そんなことしないわよぉ〜』みたいな、ちゃらけた反応を期待したのだが……


「そんなことしないわよ……」


 まるで『放っておいてくれ』と言わんばかりの、感情を失ったアイシスの返事…。


「ごめんなさい…、余計なこと言っちゃって……」


「いいえ…」


「ピィ……」


 自身の背上の重く沈んだ空気を察して、ミーちゃんも(うら)悲しげに呟く。

 ターニーとアイシスの沈黙の旅路はまだまだ始まったばかりである。




 さてその頃、ここは大洋を一望出来る、フォーク近郊のとある場所。

 そこにいたのはヘリオとアリア、さらにトレック、ライズド…、そしてアンピーオだった。


「アンピーオさん、本当にターニーの見送りに行かなくて良かったのか? あの子、あの感じじゃ、しばらくはジオスに帰って来ないぞ?」


「はい、これでいいんです、今は…。あの子が必死になって戦っていたというのに、私は父親として何もしてやることが出来なかった…。それでもあの子は、私のことを父として慕ってくれるかもしれないが、私は自分で自分のことが許せないんです。一度はあの子を酷く裏切ってしまったわけですしね…。だから私はもっと頑張って強くなって、あの子に心から誇ってもらえるような父親になりたいんです」


「まあ親子の問題はアタシらじゃわかんないですからね…。でもあなたが理想の父親になれるように、しっかりと応援はさせてもらいますよ?」


「そうだな。隊は違うが、俺も出来る限り力になるよ。頑張れよ、アンピーオさん」


「はい、ありがとうございますっ」


 ターニーを想って、切なく笑みを浮かべながら話を交わすヘリオとアリアとアンピーオ。


「そうだぜ、おっさん、俺らも付いてるからなっ?、一緒に頑張ろうぜ?」


 トレックが腕を肩に回して、アンピーオに馴れ馴れしく絡む。


「こらっ、アンピーオさんのことおっさんって呼ぶなって何度も言ってんだろうがっ。大体お前ら、大丈夫なのか? トレックはノポリーの影響がまだ残ってるんだろ? それにライズドは利き腕斬られて、感覚が十分に戻ってないみたいじゃないか」


「なーに言ってんっすか、姉さんっ。これからはただ魔術が強いだけじゃダメなんでしょ? 何でもフォッセルじゃあ、フェルトの奴らが敵軍を一瞬で降伏させたらしいじゃないっすか。だから俺たちジオスも変わんなきゃいけねえ。そのためには何だってしますよ!」


「まあ魔術しかやってこなかった俺らに何が出来るか…、よくわかんないけどな……」


 特に根拠もなく意気軒昂に吠えるトレックと、それとは対照的に至って現実主義のライズド。

 ちなみにフォッセルでのフェルト軍の蛮行を、彼らはまだ知らない。

 当然レイチェルの耳には入っているが、国内の混乱を抑えるために徹底的に箝口令が()かれたのだ。

 とは言ってもあれほどの大虐殺行為、明るみになるのは最早時間の問題なのだろうが…。


「『何だって』ねぇ…。まあ期待はこれっぽっちもしてないが、せいぜい頑張れよ」


「なんっすか、それぇっ〜! ここは俺らの言葉に感動するとこでしょうがぁ!」


「いや…、俺を巻き込むのはやめてくれよ…」


 一方アンピーオは、アリアたちの戯事を微笑ましく見つめていた。


(ジオスに戻って来て色々とあったが、本当に良い仲間たちに出会えたな…。これからこの国がどう変わって行くのか全くの未知数だが、僕はターニーのために、そしてクラリスちゃんとリグの死を無駄にさせないためにも、より一層精進しなくてはっ!)


 王国、大切な仲間たち、そして家族の未来のために、アンピーオは改めて決意と矜持を正した。


 ………………………


 ところがその僅か半年後…、アンピーオは突如急病でこの世を去る。

 北家当主時代、そしてヴェッタでの酒に溺れた不摂生な生活が、なんと今になって祟ったのだ。


『ターニーに会いたい……ターニーに謝りたい……』


 死の間際、病床のアンピーオは薄れ行く意識の中で、ただその言葉だけを口にしていた。

 これまで、自他共に認める悪運の強さを誇って来たアンピーオ。

 だが神は最後の最後になって、彼にとっても最も過酷な罰を与えたようだ。


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