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とある魔導士少女の物語   作者: 中国産パンダ
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第25章 最終話.フォッセルの大虐殺

 ジオス城崩落から、早3週間が経った。

 事の顛末は、従軍記者ロッソ・パンテリアの手により、フェルトの通信社経由で全世界へと発信された。

 だが、ロッソが書いた記事の内容は…


“レイチェル第一王女率いる王国義勇軍特務隊の決死の奇襲攻撃により、ジオス城は義勇軍の手によって奪還された。ゲネレイド国王は自害をし、彼の苛烈な圧政から解放された王都の人々は歓喜に湧いている。だが落城間際、錯乱した国王は城内に仕掛けていた多量の爆薬に点火。その大爆発により、数百年もの長きに渡り栄華を誇って来たジオス城は、一瞬にして無残な瓦礫の山と化した。その時の王都の混乱ぶりと言ったら舌筆に尽くしがたく、『空に黒い満月が現れた』『竜を見た』など妄言を宣う者まで出る事態であった。”


 自身が目撃した一連の事象を上手いこと記事に取り込んで、事実を歪曲して伝えたロッソ。


(こんな悍ましい光景が、その世に存在してなるものか…。何より、とてもではないが私の力量で伝え切れるものではない…)


 レイチェルの許しを得て、彼は過度期のジオスで起きたこの真実を闇に葬り去ることを決断したのだ。





 さて所変わって、ここは王都から数百キロも離れたフォッセルの地。

 特務隊のゲネレイド斬首作戦の陽動として、形だけの大軍勢を展開していた場所である。

 しかし、レイチェルが王都を奪還して3週間も経つ今現在……、なんと戦いはなおも続いていた!

 王都からの魔導通信を通じて、軍を率いるランスとシュランクには自軍の勝利はすでに伝わっている。

 だが対峙する王国軍側は、それを『賊軍の情報工作だ』として決して信じようとしなかったのだ。

 最初こそは、予想だにせぬ義勇軍の大軍勢を前に、慎重に警戒体勢を取っていた王国軍。

 とはいえ、それは所詮はハリボテの烏合の衆である。

 いくらもしないうちにその実態は明るみに出て、あっという間に義勇軍は劣勢に立たされていた。

 数合わせのために召集された大勢の民は、とっくに戦場から逃げ失せている。


「どういうことだ…、詳しい内容は分からぬが、我が軍は王都での戦いで勝利したのだろう?、レイチェル様は見事怨敵ゲネレイドの首を討ち取られたのだろう? なのに、何故連中は退かぬのだっ…?、むしろ一層士気を上げているではないかっ…!」


「ええ、詳細まではわかりませんが、確かにそのはずです…。奴らには自軍の敗戦が伝わっていないのか…。しかし、これは非常にまずい状況ですな…。いくら我々が王都を制圧しても、ここを突破されればそのままフォークに攻め込まれる…。フォークが敵の手に落ちれば、元も子もないですぞ…」


「うむ、これ以上の犠牲は何としてでも阻止せねばならん。同じ血を持つ者同士が血で血を洗う…、こんな悲劇はもう二度とあってはならないのだ。それはそうとシュランクよ、アレはどうなった?、アレはどんな状況だ?」


「『アレ』……ああ、アレね…。アレはまあ何と言うか…、アレな感じですなぁ…」


「そうか…、アレはアレなままか……」


 ランスとシュランクが先ほどから『アレ、アレ』言っている “アレ” …。

 それは軍事支援を約束したフェルト軍より提供された、最新型の通信機器であった。

 実はランスとシュランク、戦況のさらなる悪化を予測して、すでに10日前にフェルト側へ支援を要請していた。

 間もなくして受諾の返信が返って来たものの、その後通信機からは何の音沙汰もなし…。

 うんともすんとも言わない “アレ” は、単なる珍妙な置物と化してしまっていた。


「一体フェルト(あちら側)はどうなっているのだっ。日数がかかるのはわかるが、せめて連絡ぐらいは寄越すべきだろうっ…。我々と何の意思疎通もなく援軍に駆け付けると言うのか…」


「大体支援するにしても、戦局やこの地の特性を理解しているのかも不安ですしなぁ…。いくら優れた戦力を持っているといえども、我々と情報の共有が出来ねば(かえ)って足手纏いにもなりかねませんぞ…」


 非常に厳しい戦況も相まって、フェルト軍の動向に懸念を募らせるランスとシュランク。

 ところが、そんな彼らの会話がフラグとなったのか…、その時だった。


「ランス様っ、シュランク様っ…、失礼致しますっ…!」


 突然、ヴィーボが二人の元に飛び込んで来た。


「どうしたっ、ヴィーボよっ? まさかっ…ついにアレがアレしたのかっ…?」


「え…、何ですか『アレ』って……? そんなことよりも、ついにフェルト側から軍事支援について返信が来たんですよっ!」


「お、おおっ…! して、あちらは何と言っているっ?」


「はい、それが……、これより3時間後に支援作戦を開始する。それまでに自軍兵士を戦域より撤退させること。それ以降は友敵の区別は一切出来ない……以上です」


「さ、3時間後だとっ…?、もうすぐではないかっ…。一体フェルト軍はどこで待機してると言うのだ…?」


「この地は農耕地帯で彼方まで平地が広がっている…。望遠鏡で覗いても、そんな姿どこにも見えないが……」


「とにかく、今はフェルト側の指示に従うしか……」


「う、うむ…」



 ……………………


 こうしてフェルト軍の指示通りに、ランスたちは直ちに前線で戦う自軍兵士に撤退命令を出す。

 その数は最早千人余りに過ぎず、撤退は至ってスムーズに行われた。

 一方、敵対する王国軍側。


「むむっ、賊軍どもが次々に撤退して行くぞっ? ついに勝ち目がないと見て、敗走の道を選んだかっ」


「これは好機ですぞ! この勢いのままフォークを奪還致しましょうっ」


「うむっ、国王陛下に我らの栄光なる勝利を呈上するのだっ!」


 当のゲネレイドがすでに壮絶な死を迎えていることなど知る由もなく、司令官たちは主君への忠誠に燃える。


「今こそ攻め時っ!、賊軍どもを完膚無きまで蹴散らしっ、そしてフォークを奪い返すのだっ!」


「おおおおっ!!!」


 ここぞとばかりに、王国軍は一気に大攻勢に出た。


「やはり我々の撤退を見て、我々が敗走を始めたと判断したか…」


「指定された時間まであと僅か…。何とかそれまで時間を稼がねばなりませんな…」


 懐中時計を見ながら、約束の時間に刻々と近付く針と津波のように押し寄せる大軍勢との間で、苦境に立たされるランスとシュランク。

 そして…


「来たぞっ、時間だっ…。この状況にどう立ち向かうと言うのだ………ッツ!?」


「なっ、何だっ…!?、一体どこからっ……」


 それは指定された時間を過ぎて僅か数十秒後のことだった。

 怒涛の大砲撃が王国軍に容赦なく降りかかる!

 ランスらが持っている望遠鏡では到底届かぬ十数キロ先から、フェルト軍が迫撃砲を撃ち込んでいるのだ。

 一転、まるで踏み潰された蟻の群れのように、王国軍の陣形は壊滅的に乱される。

 それから、さらに十数分後のこと…。


 ドドドドドッ……


「な、何なんだあれはっ…。まさかあれもフェルトの……」


 地平の彼方から、けたたましく砂埃を巻き上げて大地を荒らしながら突き進む一団。

 いざ接近すると、全速力の馬にも匹敵するその速さに驚愕する。

 金属に覆われた堅牢な装甲に砲身、そしてそれを支える左右2基の巨大なキャタピラー。

 そう、それは原初的な型ではあるが戦車だった。

 さらに戦車軍団の後方には、武装した兵を乗せた軍用車両が続く。

 最新鋭兵器を取り揃えたフェルト軍の前に、前近代的装備の王国軍は為す術がなかった。


「司令官殿っ、これは一体っ……。まさか賊軍はこんな戦力をこれまで隠していたということですかっ…?」


「そんなわけがなかろうっ…。かような奇天烈で恐ろしい兵器、最早一つしかあるまい…、フェルトだ。どうやら奴らはフェルトに援軍を要請したようだ…。この月の神の御加護を得た聖なる土地を踏み荒らすよう、他国と通謀するとは……痴れ者どもめが……」


「おのれぇ…なんと非道なっ……。如何致しますかっ?、まずは今一度戦力を再結集させて戦術を組み立て直すべきかとっ…、地の利は我々にありますしっ…」


「……いや…、降伏だ…。直ちに全兵にそう伝えよ」


「えっ…、今何と……」


「『降伏だ』と言っておるっ。この戦…、これほどの戦力差を見せ付けられれば、最早我々に勝ち目がないことなど、幼子ですらわかることだ…」


「し、しかしっ…、いくら何でも降伏はっ……。なれば、一旦この地より撤退致しましょうっ。そして体勢を立て直してみてはっ……」


「撤退したところで、どこから狙い撃たれるかもわからん…。見ての通り、フェルトは遥か遠方から狙撃可能な能力を有しておるのだ…。そして何より、兵士たちをこれ以上犬死にさせるわけにはいかぬっ…」


「わかりましたっ…!、直ちに全軍に伝達致しますっ…!」


 実は大層聡明な人物だった王国軍司令官。

 ところでジオスでは、軍旗を上下逆様にすることで降伏の意思を表す。

 それは友軍であるフォーク軍も認知しているはずである。


「おおっ、敵軍がついに降伏したぞっ…!」


「大変賢明な判断ですな。あちらの上官は分別のある人間だったようだ」


 勝利への喜びと、不毛な争いがようやく終わったことへの安堵で、胸が大いに満たされるランスとシュランク。

 ところが…


「な、何故だっ…!?、何で攻撃を続けるっ…? 敵はすでに降伏しているのだぞっ!」


 王国軍兵士が一斉に軍旗を逆さにしても、なおも嵐の如くの攻撃は止まることがなかった。

 恐怖…怒り…無念…絶望……雑多の感情に満ちた兵士たちの凄惨な悲鳴は、激甚な砲撃音の中に露と消える。

 その無慈悲なフェルト軍の所業には、人を人として思わない、徹底した冷酷さがひしひしと感じられた。


「連中には降伏の意思が伝わっていないのかっ…。いやっ、そんなはずはないっ…!」


「フェルト側に通信を送っても、全く応答がありませんっ…。まさか…、これは意図的に行われているのでは……」


「何ということだっ……。止めろぉっ!、止めぬかぁっ…!」


 ランスの悲壮な叫びが、ただ虚しく響いては消失していく。

 そもそも、フェルトが此度の軍事支援要請に応じた理由。

 それは一連の技術革命によって生み出された最新鋭兵器…、それらの実験演習の場を求めていたからである。

 レイチェルからの支援要請は、むしろフェルト側にとっては鴨が葱を背負って来たようなものだったのだ。

 ちなみにこの作戦では、飛行機の偵察目的での運用も試みられた。

 遥か上空から、現地の地形や敵軍の展開状況を鳥瞰し、瞬時に情報を作戦本部へと伝達する。




 それから、フェルト軍はフォッセルの地で殺戮の限りを尽くし、そのまま撤退して行った。

 ジオス有数の肥沃で美しい大地は、今では(おびただ)しい肉片と砲弾の残骸に埋め尽くされた地獄絵図と化していた。

 作戦終了からすでに半日が経とうとしていても、ランスたちの震えは止まらない。


「こんなことがあって良いものか……。敵とはいえ、人をこんなにも虫ケラ同然に虐殺するなど……」


「果たして我々の選択は正しかったのか……。勝利したはずなのに、後悔の念しか湧き起こらないのは何故か……」


「これは…、フェルト側のジオスへの示威行為とも捉えられるのではないでしょうか…?」


「うむ…、我々はいよいよ国の在り方の根本について、真剣に考えねばならないのかもしれん…」


「ええ、このままでは、遠からぬ将来に我が国が存続している確証などありませんからな…。いくら我々に優れた魔導士がいようと、最早そんな次元の話ではない…」


…………………


 ついにここフォッセルにて完全終結を迎えた、王国を救うためのレイチェルたちの戦い…。

 だがそれは同時に、混沌かつ厳酷な世界への扉を開いたことを意味していた。


第25章はこれにてお終いです。ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。更新頻度が安定しなかったり何かとグダグダしてしまいましたが、何とかここまで来ることが出来ました。次回からはいよいよエピローグとしての最終章に入ります!

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