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とある魔導士少女の物語   作者: 中国産パンダ
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第25章 59.最後の物語

「……う…ううう……ここは…………ッツ!?、な、なんだっ…これはっ……」


 リグはようやく目を覚ました。

 荒涼とした地平から霞んだ彼の視界に飛び込んで来たのは、業火に包まれた瓦礫の山々だった。

 その地獄絵図に、まだグアバガの世界に取り残されているのではないかと、一瞬錯覚したリグ。

 だが、朦朧としていた意識が完全に戻ると、彼は自身の体を温かい何かが覆っていることに気付く。


(何だ一体…、俺今どういう状況なんだ……、いやっ、それよりもクラリスはっ……)


 何とか残る力を振り絞り、自身を()(ひし)ぐ瓦礫の山から這いずって脱出したリグだったが……


「……ッ!?、クラリスっ…!?」


 彼が気も狂わんばかりに心配し探し出そうとしていた存在は、すぐ目の前にいた。


「そ…そんな…クラリス……、お…俺のために……」


 痛烈な後悔と自身への怒りで、リグはか細い声を震わせる。

 闇の世界が崩壊があの時…、とにかく彼を守ろうと無我夢中で抱き締めたクラリス。

 瓦礫の雨は容赦なく二人に降りかかり、彼女はリグを守るための盾となってしまっていたのだ。


「クラリスっ…!、クラリスっ、しっかりしろっ…!」


 体温が徐々に冷めていくクラリスの手を強く握って、リグは懸命に治癒術を施す。

 グアバガとの戦いですでに死力を尽くしていたリグ。

 それでも、相手を助けたい想いが強く反映される治癒術において、彼の術は一応の効力を発揮する。


「………はぁ…はぁ………リ…リグ…くん……」


「クラリスっ…!、待ってろよっ、今すぐ助けてやるからなっ…!」


 クラリスの意識が戻ったことに大いに安堵すると、リグは腕を身体強化させて瓦礫を手当たり次第に除去し始めた。

 だが満身創痍の状態では、術の効果はすぐに切れてしまう。

 それでもリグは、(てのひら)が傷だらけでボロボロになっても、ただひたすらにクラリスを圧し拉ぐ瓦礫を退()かし続ける。


(リグくん……)


 自分たちを取り巻く周囲の光景は、最早絶望しか予感させない。

 そんな状況下で、クラリスは決断をした。


「リグ…くん……ありが…とう……。でも…もう…いいよ……。私は…もう駄目…みたい……。あなただけ…でも……逃げ…て……」


「はぁっ?、何言ってんだよっ…!? 大丈夫だっ、俺に任せろっ…!、あとちょっとだからっ……」


 クラリスの絶念の言葉に焦り、より一層躍起になって除去作業を続けるリグ。


「無理…よ……。もう…体も…何も……動かない…もの……。でも…リグくん…だけなら……今すぐ…逃げれば……何とか……」


「ふざけんなっ! だったら、お前がそう言うんだったら、俺も一緒に残るっ。ずっと一緒にいるって約束しただろうがっ…!」


「リグくん……。でも…駄目よ…。私…たち……、センチュ…リオンの家を……復興…させなきゃ……。私が…いなくても……、リグくん…がいれば……」


「それもお前と二人でだろっ…? お前がいなきゃ、俺だって生きてる意味がないんだっ…。だから頼むよっ…!、そんなこと言わないでくれよぉっ…!、お願いだからぁっ……うっ…ううう……」


 リグの熱い涙が、彼の頬を伝ってクラリスの顔面に零れ落ちていく。

 その熱は彼女の胸の高鳴りを呼び起こし、さらには涙を誘った。


「そう…だね……。私が…リグくんの……立場…だったら…、きっと…同じこと……言ってた…って…思うもん……」


「だろっ…?」


 リグは涙でくしゃくしゃになった顔を、ニッと屈託なくはにかませる。

 その顔は、クラリスがこの世で最も好きなものの一つだった。




 するとその時…!


「ピイイイイィッ!」


「あれ…、この鳴き声は………ターニーっ…!?」


「あっ、いたっ! お姉さんっ、お兄さんっ、助けに来ましたよっー!」


 ついにターニーがミーちゃんとともに救助にやって来た。


「まずはこの炎をっ…、えーいっ!」


 ターニーは上空から最大力で風術を発動し、障害になる大火を消し飛ばそうと試みる。

 ところが…


「えっ、なんでぇっ…?」


 ターニーが全力で起こした大強風は、何故か地表で威力が半減してしまった。


(まさか…、あの衝突で闇の力がまだ周辺に残留してて、術の効果を減退させてるってこと…? でもそれだったらっ…)


「ミーちゃんっ、お願いっ!、もっと近付けるっ?」


「ピイイィッ!」


 ターニーは術の効力低下を補うべく、さらに低空からの消火を試みた。

 しかし…


「うううっ……」


「ピイイイイィッ……」


 業火は瓦礫すらも燃やし尽くす勢いで、一段と苛烈さを増す。

 あのターニーを(もっ)てしてでも、この状況を打開するのは困難…、いや最早不可能にも思われた。

 竜のミーちゃんでさえ()()()わかっている。

 だがただ一人…、この場で()()()わかっていない者がいた。

 それはターニーである。


「ターニーっ、もう無理だっ…! このままじゃお前までっ……」


「いいえっ、大丈夫ですっ…、私を信じてくださいっ! 私を誰だと思ってるんですかっ、私に出来ないことはないですっ! きっと私のこの魔術の才能だって、今お兄さんたちを救うためにあるんだってっ!」


 絶対的な自身への信頼が、皮肉にも彼女の状況判断を鈍らせていた。

 ターニーはさらに一層、ミーちゃんを地表へと接近させる。

 ミーちゃんも身体に鞭を打って、相棒の期待に必死に答えようと頑張りを見せる。


(くそっ…、このままじゃあいつらまで………仕方がないっ、許してくれ…ターニー……)


 ターニーを守るためにリグが決断した非情の選択…、それは……


「ピイイイイィッ…!」


「………ッツ!?、お、お兄さんっ…、一体何をっ…?」


 なんとリグは、残る気力を全て振り絞って、ミーちゃんに向けて魔弾を放ったのだ。


「ど、どうしてっ…、お兄さんっ…! ミーちゃん、お願いっ、頑張ってっ!」


 力尽きるまで、なおも魔弾を放ち続けるリグ。

 ターニーのために根性で踏ん張るミーちゃんだったが、ついに彼の執拗な嫌がらせに耐え切れず高度を大きく上げた。


「そ…そんな……、こんな終わり方って……」


 業火に包まれ崩壊して行くジオス城全景を鳥瞰しながら、ターニーは人生で初めて味わう無力感に打ち拉がれていた。





「これで…よかったんだよな……」


「うん……ありがとう……」


 王城の終焉とともに、いよいよクラリスとリグにも今生との別れの瞬間が訪れようとしていた。

 瓦礫に埋もれるのを免れた、クラリスの上半身を強く抱き締めるリグ。


「クラリス……怖いか……」


「うん…、怖くない…って言ったら嘘になるかな……。でも…、リグくんと一緒なら…きっと……ううん…絶対に…大丈夫……」


「俺もだよ…。でもさ…、俺たち死んじゃったら天界に行くんだろ? そこには父上に、姉ちゃん……まああのクソ兄貴もいるんだろうけど…。それにお前の本当の父ちゃん母ちゃんもいるはず……。だから……またみんなで一緒に暮らせるよ…。こんなにも早く天界に来ちゃって、父上にどやされるかもしれないけどな……」


「うん…そうだね…。でも私は…、この世界でまたあなたと巡り合って……そしてまた一緒になりたい……。別に人としてじゃなくても……動物でも植物でも…魚でも虫でも……何でもいいから……」


「うん…そうだな……」



 ……………………


 ついに、辛うじて原型を留めていた王城の残り半分の崩落が始まった。


「リグくん……」


「クラリス……」


 互いに最期の言葉を交わしたクラリスとリグ。

 一層身を寄せ合って、さらに唇を合わせる。

 それは “死” という絶対的恐怖を眼前にした二人の少年少女が、いじらしくも抗おうとする姿にも見えた。




 さて、因業な運命を体現した瓦礫の濁流にクラリスとリグが飲み込まれる……その刹那のことだった。

 すでに自ら目を閉じた二人が気付く由もないが、実はクラリスの記憶とともにあるあのペンダントが眩く発光していたのだ。

 そしてクラリスとリグの命が途絶えたその瞬間、彼女の切ない願いを託されたそれは、粉々に砕け散ってその役目を終えた。


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