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とある魔導士少女の物語   作者: 中国産パンダ
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第25章 57.王城が燃えた日

「や…やった…ぞ……」


「リグくんっ…!?」


 死力を尽くし切ったリグは、その場で屍のように地に沈んだ。

 そんな彼を介抱しようと、居ても立っても居られずに駆け寄るクラリス。

 ところが、その時…!


 ズウウウウウン……


「………ッ!?」


 全身の骨を伝わって血管一本一本まで震わせる感を覚える、不快な謎の重低音。

 それと同時に、クラリスの眼前の光景は徐々に徐々に(ひず)みだす。

 グアバガ(主人)を失った闇の世界が、いよいよ崩壊を始めたのだ。


「何なのっ、一体っ…?、なんか空間全体がすごく揺れてるっ………リグくんっ…!」


 クラリスは倒れたままのリグをとにかく守ろうと、彼を体全体で覆うようにして抱きしめた。




 そしてその頃、外の世界では…


「……ッ?、シエラっ…!?」


「シエラ様っ…!」


「お姉様っ…!?」


 クラリスとリグが去ってから、改めて救出されたシエラ。

 長きに渡る監禁生活で満足に歩けなくなっていた彼女は、世話役のドルグに背負われてレイチェルの前に現れた。


(な、何なのだ…この男……。なんて醜い顔を……)


 顔面が潰れた悍ましいドルグの容姿に、決して悪意はないが戦慄して言葉を失う一同。

 だが…


「シエラ…、よくぞ頑張りましたね…。我が身を顧みずに大切なものを護ろうとしたあなたを、(わたくし)は姉として誇りに思います。ところでそちらの者は?」


「はい…、ドルグ・クレトリアと申す者です。地下牢の生活にて、食事や身の回りのこと、さらには看病に至るまで、私に献身的に尽くしてくれました。私がこうして無事に戻って来れたのも、彼らのおかげです」


「そうですか…。ドルグとやら、シエラが大変お世話になりましたね。王家を代表して、そしてこの子の実姉として礼を申し上げます」


「い、いえ…、(わたくし)めなど己に与えられた職務を全うしたに過ぎませぬ…。なんと…勿体なき御言葉……ううう……」


 感涙を流すドルグを、レイチェルは嫌な顔一つせずに穏やかな笑みで労わった。




 さて、城の外で起きている事態など全く知る由もないシエラ。


「えっ…、では、あの宙に浮かぶ物体の中にクーちゃんたちがっ……? あの子たちは無事なのでしょうかっ…?」


「わかりません…。ただ我々も有効であると考え得るあらゆる手段を尽くしています。今はそれに懸けるしかありません」


「あのマルゴスさんのあの兵器で、相当打撃を与えられているかとは思われます。それにしてもレイチェル様…、先程は何処へ行かれていたのですか? まさか竜に乗って、本当に攻撃を行って来たのではないでしょうね? あれほど『危険なことはおやめください』と申し上げましたよね?」


「ふっ、妙な勘ぐりはおやめなさい、ヘリオ…。(わたくし)は空から見る我が国の姿を、一目その目で見たかったに過ぎませんよ? ターニーが同行していたので安全にも問題はないでしょう。それに “竜” ではなく “ミーちゃん” ですよ。ね、ターニー?」


「そうです!、ちゃんとあの子にも名前があるんですから!」


「ええ……、えっと…す、すまなかったな、ターニー……」


「私じゃなくてミーちゃんに謝ってください!」


「……………」


 天然なターニーを利用して、ヘリオの追求をはぐらかしたレイチェル。

 ぷんぷんと顔を真っ赤にするターニーを前に、ヘリオは年頃の娘に手を焼く父親のような心境で後頭部を掻く。

 そんなこんなで、和ませ程度の戯れを織り交ぜつつ意見を交わす一同。

 しかしその時だった!


 グオオオオォ……


「……ッ!?、何だっ、あれは……ま、まさかっ……?」


「球体が落下してるっ…!?」


 最初こそは、注意深く観察していなければ気付かぬ程度だった。

 だが次第に、球体は唸りを伴って、徐々に加速度を増しながら落下していく。

 その落下予測地点は……


「まずいっ!、このままでは城の監視塔にっ…、いやそれどころか王城に直撃するぞっ…!」


「ああ…、何てことに……。とにかくここに留まっていては危険ですっ。皆、今すぐにこの場から撤退しますよっ!」


「そんなっ…、クーちゃんとリグくんがっ……」


「ミーちゃんもお城の中にいるんですよっ…?」


「落ち着きなさいっ、こういう時こそ冷静な心持ちが肝要です。あの子たちを助けるにしても、それは我々の命があってこそですよ?」


「最もお辛いはずのレイチェル様がこう仰っておられるのです。シエラ様も心を強くお持ちなさいませ。ターニーも気持ちはわかるが、今は何を最優先すべきなのかよく考えなさい」


 異を唱えるシエラとターニーを冷徹に諭すレイチェルとアンピーオ。

 こうして、一行は直ちに王城周辺から撤退する。

 その数分後…


 ドオオオオオンッ!!!


 球体は一際尖った監視塔に突き刺さるようにして、王城に衝突した。




 一方、ちょうど時同じくして王城内…


「なっ、何事だっ…?、今の衝撃はっ……地震かっ…?」


「わかりません…、とにかく一刻も早くここを出ましょうっ」


 まだ城内に残っていた、ゴルベットと息子マルコン。

 途中、何度か交戦せざるを得ない局面があり、脱出が遅れていたのだ。

 ところがその時…


 ゴトッ…ゴトッ…ゴトッ……


 まずは大小混合の瓦礫が、天井からバラバラと零れ落ちる。

 そして次の瞬間、天井を構成する巨大な石材のブロックが、ゴルベットの真上から落下した。


「………ッ!」


 愛する子どもたちへの最期の言葉を紡ぐ時間などない。

 ただ固く目を閉じて、ゴルベットは刹那的に死を受け入れるしかなかった。

 しかし…


「………ッ!?、何だっ…?」


 目を瞑ったまま、突然何者かに強く突き飛ばされたゴルベット。

 それと同時に、ブロックが落下したであろう轟音が両耳を貫く。

 自身が生きていることを今一度自問自答して、ゴルベットはそっと目を開けた。


「………ッツ!?、マ、マルコンっ…!?」


 彼の眼前にバッと映ったもの…、それはブロックの下敷きになった息子の姿だった。


「マルコンっ…!?、しっかりしろっ…!、今助けてやるからなっ…?」


 衝動的にそんな言葉が出たものの、何の超人的能力も持たない文官であるゴルベットに、瀕死の我が子を救う(すべ)などない。

 びくともしない巨大なブロックを、非力な手で持ち上げようと必死に足掻くゴルベット。

 そんな父の姿を見て、マルコンは苦悶に満ちた顔を微かに緩めると、まさに虫の息で言葉を吐いた。


「父さん……申し訳…ありません……、僕は…ここまで…のようです……。あとは…一人で行って…ください……。出口まで……もうそんなに…遠くは……ないでしょう…から……」


「何を馬鹿なことを言っているっ?、無理に喋らなくたっていいっ…! 待ってろっ、今すぐ助けを呼んで来てやるからなっ?」


「いえ…無理…ですよ……。この様子…だと……、間もなく…ここは崩落……するでしょう……。それに……僕は…任務とはいえ……多くの人間を…殺めました……。だから…これは当然の報いだと……受け入れるしかないんです……。ただ…一つ……、心残りがあるとすれば……、『共に生きてください』という……自分で言ったはずの…言葉を……守れなかった…ことでしょうか……。本当に…ごめんなさい……父さん………」


 ついにマルコンの言葉が途絶えるとともに、彼の虚ろな瞳もゆっくりと重い瞼に閉ざされた。


「マルコンっ…!?、マルコンっ…!!!」


 ゴルベットの悲愴な叫びが、最早崩落が時間の問題となった城内に虚しく響き渡る。

 だが聡明な彼は、ここで悲しみと絶望に押し流されて自暴自棄に陥ることはなかった。

 自身が生きることこそが、息子から託された使命なのだと悟る。


(マルコン…、お前がいくらその手を汚そうとも、お前は私の自慢の、そして掛け替えのない息子だった……。すまないな…マルコン……)


 マルコンの頬に軽く手を当てて心の中で別れを告げると、ゴルベットは外を目指して一目散に走り去った。




 さて、一方のマルコン。

 意識などとうに絶たれたと思いきや…、なんと彼の目は半眼よりもやや瞼が下がったぐらいで開いていた。

 瀕死の状態には変わりはないが、あと数分は会話を交せる程度には気力が残っていたのだ。

 もちろん当の本人も、ゴルベットに伝えたいことがまだまだ山ほどあった。

 それなのに、父を欺いてまでして、一方的に親子の対話を終わらせた理由…。

 それはゴルベットに自身への未練を断ち切らせ、何が何でも生き延びて欲しかったからに他ならない。


「これで……よかっ…た………」


 霞んだ視界からゴルベットの姿が見えなくなると、マルコンは再びその重い瞼を閉じる。

 そして、その目はもう二度と開かれることはなかった。


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