第25章 55.特攻王女
一方その頃、レイチェルたち一行。
しかし…
「あれ…?、レイチェル様はどちらに……」
「おかしいな…、さっきまでここにいらっしゃったはずだが……」
当のレイチェルの姿がどこにも見えない。
すると…
「大変ですっ、ターニーちゃんもどこにもいませんっ…! しかも近くにいた衛兵の話では、王城から何やら空に登って行ったとっ……。しかもその時、少女のものと思われる絶叫が響いていたと言ってました…」
「な、何だとっ…!?」
「ということは…、ま、まさかっ……」
「ただ『少女の絶叫』って何だ…? ターニーではないだろうしな……」
(そういえばフェニーチェの姿も見えないなぁ…。どこかほっつき歩いてるのかな…? まったく、こんな時にしょうがないやつだな…)
……………………
「何たる絶景っ……。王都周辺は疎か、遥か遠くの村々や山地まではっきりと見える…。これが翼を持ちし者でしか知り得ぬ世界……」
眼前に無限に広がる我が国の空景を前に、驚きと感嘆で息を呑むレイチェル。
皆の嫌な予感通り、彼女はミーちゃんに乗って球体よりもさらに上空にいた。
そんな中、同行しているターニーはどこか浮かない顔をしている。
「あのぅ、レイチェル様…、本当によかったんですかね…。みなさんあんなに反対してましたけど……。私、あとでお父さんたちに怒られたりしませんよね…?」
「安心なさい。あくまで私が個人的関心でミーちゃんに乗ることを望んだ…、ただそれだけの話です。あなたがとばっちりを受けないよう、アンピーオたちには私から確と説明しておきますからね」
レイチェルに優しく説得されて、ターニーは表情を愛らしく綻ばせる。
ところが…
「しかしあなたは別ですよ?、フェニーチェ」
ターニーの背後にぴったりとくっ付いて蠢く小さな影…。
なんとフェニーチェもミーちゃんに乗っていた。
実は彼女…、ひっそりとレイチェルとターニーの後を付けて、あろうことかミーちゃんの尻尾に飛び乗っていたのだ。
飛び立った後に、後方から響く絶叫でその存在に気付いた二人。
今からフェニーチェを降ろしに戻るわけにもいかず、やむなく彼女を引き上げた。
「だ、だってぇ……、お姉様たちのことを想うと、わたし居ても立っても居られなくてぇ……」
厳しい眼光を突き付けるレイチェルの前で、往生際悪く弁明するフェニーチェだが……
「お黙りなさいっ。あなたに一体何が出来ると言うのですか? 勇猛と無謀を履き違えてはなりませんよ。後で皆から厳しく説教を受けてもらいますからね。それとフェルトのご実家の方にも報告します。覚悟しておくことですね」
「うううぅ……あ、そ、そうっ…、ちょっと前にターニーから一緒に来てって言われててぇ……。そ、そうでしょっ…?、ターニー、わたしたち友達だもんねぇ?」
「え…ええぇ……あ、そ、そういえば……なんだかそうだったような気がして来ましたぁ……」
友情の押し売りで、ターニーの記憶を改竄しようと企むフェニーチェ。
一方、将来高価な壺でも買わされないかと心配になるほどに、底抜けなターニーの純朴さと天然さ。
さて、そんな小細工がレイチェルに通用するはずもなく…
「二人とも、何を馬鹿なことを言っているのですかっ。ターニーもいちいち乗せられてはいけませんよっ?」
理不尽にも、フェニーチェと共にお叱りを受ける羽目になったターニーだった。
そうこうして…
「よし…、この辺りでいいでしょう」
皆を乗せたミーちゃんは、球体の数メートル真上で停空飛翔していた。
眼下の巨大な標的を見据えると、レイチェルは徐に剣を抜く。
「あのぉ…レイチェル様……。本当にやるんですか…?」
不安そうに尋ねるターニー。
「もちろんです。皆が頑張っているのに、長であるこの私が手を拱いているわけにはいきませんからね」
「でも失敗したら死んじゃいますよ…?」
「ここまで己の命を擲つ覚悟を何度も決めて来たのです…。今更死など恐れていませんよ? それに私はあなたに全幅の信頼を置いています。良いですか?、ターニー、よく聞きなさい。これは私とあなただけにしか出来ない極秘ミッションなのです。まさに今、皆の知らぬところで、この王国の未来は私たちだけに託された…。どうです?、そう考えると心なしか楽しくなって来ませんか?」
「は、はいっ…、何だかすごくドキドキワクワクして来ました! よぉうしっ、やりますよ〜!」
「うわぁーいっ、わたしたちすっご〜いっ!」
レイチェルは言葉巧みに、単純なターニーをすっかりその気にさせる。
そしてお荷物の分際で、ちゃっかりそれに乗っかるフェニーチェ…。
「ではターニー、頼みましたよっ?」
「はいっ、行ってらっしゃいっ」
一切の躊躇もなく、レイチェルは剣を下に突き出して飛び降りた。
「よしっ、じゃあ私たちもっ。フェニーチェちゃん、ちょっと下がるからしっかり掴まっててね?」
「へっ…、どういうことよ………ギャアアアアっ!!!」
レイチェルの姿を見届けると、ターニーはミーちゃんを突如急降下させる。
すとんと全身の重力が抜けて生の実感を失うフェニーチェ。
その大絶叫が大空にこだまする。
そしてそんな些事など知ってか知らずか…
(いざっ、参るっ!)
降下の勢いそのままに、剣先に全重力を乗せて球体を突き刺したレイチェル。
さらに剣身が根本まで深く刺さった状態のまま、球体表層を豪快に切り裂く。
「レイチェル様ぁ〜!」
下から聞こえたターニーの声を合図に、レイチェルは迎えに来ていたミーちゃんに飛び移った。
「お帰りなさい!、どうでした?」
「ええ、確かにあなたが言っていたように、独特な材質で出来ていましたね…。しかし、とりあえず剣は通りました。マルゴス殿の砲撃も成果が出ているようですし、私も少しは貢献出来ると良いのですが…。それにしてもこれは…、中々に癖になりますねぇ。ターニー、もう少し私にお付き合いなさい」
「いいですよっ、なんかミーちゃんも喜んでるみたいですし!」
「ピイイイイィッ!」
そんなこんなで、すっかり意気投合した二人と一頭。
そんな中、叫ぶに叫んで、泣くに泣いて、吐くに吐いたお荷物のもう一人は、無理に付いて来たことを甚く後悔しているのであった。




