第25章 54.男マルゴス、一世一代の告白
「ともあれ今、この戦いでの勝利なくしては、我々は未来を語ることすらも出来ないでしょう。マルゴス殿っ、どうか我々に力をお貸しください! 必要なものがあらば何なりと。我々も協力を惜しみません」
「ありがとうございます。では早速ですが…、こちらの彼女をお借り出来ますでしょうか?」
レイチェルから改めて支援を要請されて、それに応えるマルゴス。
さて、そんな彼が指名する、白羽の矢が立った人物は……
「へっ……アタシ…?」
それは意外にもアリアだった。
「ふっ、ふっざけんなっ…!、何でアタシなんだよっ…? それに何が『お借り出来ますか』だっ、アタシは物じゃねぇっ!」
かつて、クラリス救出作戦の際に一悶着あったこの二人。
アリアの心の中では、あの時の利己的なマルゴスのイメージを拭い切れずにいたのだ。
駄々を捏ねるようにマルゴスに猛反発する彼女だが…
「アリアよ、あなたはクラリスとリグを救いたくはないのですか? 今は私情が割り込む余地など微塵もありませんよ? つべこべ言わずマルゴス殿の指示に従いなさい」
「はい…すいません……」
レイチェルに冷淡に諭されて、すごすごと引き下がった。
こうして、レイチェルたちと別行動を取るマルゴスとアリア。
「すげえなぁ…、これが魔燃料動力車……。アタシらが以前ガノンで乗ったやつはもっとボロかったけど、今はここまで進化してんのか…」
「『魔燃料動力車』なんぞいつの時代の話かね…。今は『自動車』と言うのだよ」
「……ほんといけ好かないおっさんだな…、呼び方なんてどっちだっていいだろ…。そんなことよりおっさん、後でこれアタシにも運転させてくれよっ。な、いいだろっ?」
元々、暴走欲求があるアリア。
「なんだか君の興奮に満ちた目を見ると不安に思えてくるな…、まあ考えておこう。そんなことより早く乗りなさい、行くぞ?」
…………………
車を走らせて、球体に狙いを定めやすい地点まで移動した二人。
マルゴスはアリアに、あの兵器の使用方法をレクチャーしていた。
「しっかりと発射筒を肩に固定して撃つんだ。弾は3発しかない、絶対にしくじるなよ?」
「ところで何でアタシだったんだよ? アンタの相棒のレーンでもよかっただろ? 確かあいつ、射撃が得意なんだろ?」
「軍人でもない人間に、こんな代物を扱わせるわけにはいかないだろう? ましてやあの子はまだ10代の学生だ。それにこれは発射時身体に相当強い反動を受ける。その反動を身体で制御出来なければ命中精度も落ちてしまう。その点、君なら身体付きも逞しいし適任かと思ってね」
「はぁっ?、ふざけんなっ、アタシこれでも女だぞっ?」
「不平があるなら後で聞こう。さあ弾丸がセット出来たぞ?、これでいつでも撃てるはずだ」
「チッ、わかってるよっ。こいつでぶちかましてやったらいいんだろっ?」
マルゴスのやや気に障る物言いに苛つきながらも、アリアは狙いを定めて発射筒をしっかりと携えた。
そして…
ドオオオンッ!
身の髄まで届くほどの甚大な反動ととも、点火したロケット弾が眩耀を放って射出される。
瞬く間に目標に命中したそれは、大花火の如く眩い閃光を大空に撒き散らした。
すると…
「……ッ!?、あ、あれはっ……命中した部分が欠けているっ…?」
球体の命中箇所の損壊を確認した二人。
圧倒的な威容を誇って宙に君臨していた球体が、歪で不恰好な様に成り果てる。
「すげえな…これ……。フェルトの兵士は皆んなこんなもん持ってるのか…?」
「いや、これは第6次兵器開発指針に基づいて試験的に作られた次世代型兵器だ。今のフェルト軍の主力兵器はそれより前の第4次、第5次指針におけるものだな」
「なんかよくわからんが、これがとんでもない代物だってことはわかったよ…」
「ともかくこれで効果は証明された、次へ行こう。次はこの反対の球面に打ち込むぞ」
「ああ、頼むぜおっさんっ」
「……君なぁ…、さっきからその『おっさん』という呼び方なんとかならないかね? 確かに僕は世間一般にはそう言われても仕方がない年齢だが、流石に面を向って何度も言われると地味に傷付くんだがな…」
「悪かったよ…。じゃあマルゴスさん、頼んだぜっ?」
「うむっ」
……………………
こうして二人は、次の地点に向って再び車を走らせる。
いつしかアリアのマルゴスへの蟠りも薄れていた。
そんな中…
「アリア君…、先ほど君を指名した理由を話したが、実はあれは建前だ」
「どういうことだよ…?」
「囚われたクラリスちゃんを助けるために、君が初めて我が家を訪れて来たあの日…、僕は我が身可愛さに、君にとんでもない醜態を晒してしまった…。僕は今でもあの日の己の行いを酷く悔やんでいてね…。ジオスに戻って来たのも、その悔恨の念に決着を付けたいと思ったからだ。そして君も、僕のことを自分勝手で情けない男だと、心の底で思っていることだろう…。だから君の中での僕の汚名を少しでも挽回出来たらと思ってね…」
飄々とした佇まいのマルゴスを、性格的にもいけ好かないと思っていたアリア。
だが彼の口から語られたのは、ただの不器用な中年男の告白に過ぎなかった。
アリアはしてやられたように苦笑いを浮かべる。
「ただの嫌味なインテリかと思ってたけど、アンタ意外と泥臭い人間だったんだな…」
「そりゃあね…、研究者である前に、僕だって一人の男だからね」
「そうか…。じゃあアンタの男っぷりを見せてもらうとするかな」
「それは女性としての目でということかな? 僕のあまりにもの男っぷりに惚れ堕ちても責任は持てないがね」
「わはははっ、勝手に言ってろ」
すっかり打ち解けて、洒脱に会話を交わすマルゴスとアリア。
いつしか本人らすらも気付かぬうちに、互いに相棒意識が芽生え始めていた。




