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とある魔導士少女の物語   作者: 中国産パンダ
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第4章 18.旅の終わり

 軍港を出発して、馬車は1時間程度でジオス城下に到着した。

 城壁の正門を潜ると、沿道には迎えのために集まった市民が数百人はいた。

 凱旋帰国というほどではないが、それなりに賑やかだ。

 青のローブのレプリカが街中の至る所で売られているように、世界最強の魔導部隊はそれだけジオスの人々にとって誇りであり、アイデンティティでもあるのだ。



 馬車はそのまま、市内中心部の停留所で止まった。

 ここから屋敷へは、クラリスは家中の迎えの馬車にて、アルテグラと一緒に帰ることになる。

 つまりここが、彼女の、この1ヶ月半にも及んだ長旅の終着点だ。

 クラリスはアリアたちと最後の別れの挨拶を交わしていた。


「本当に楽しかったよ、クラリスちゃん。あと、看病してくれてありがとう…」


”こんな私でもお役に立てたのなら嬉しいです。あれからお体は大丈夫ですか?”


「うん…、何とか中毒症状は治まったかな? それでも、もう部隊には残れそうにないし、俺は俺で魔導士として出来ることを探してみるよ」


”頑張ってください!”


「うん、ありがとう…」


 スコットの新たな門出を応援するように、屈託のない笑顔でメモを見せたクラリスに対し、彼は少しはにかむように優しく表情を綻ばせた。

 すると、二人のやり取りに、トレックが割り込んで来る。


「なあ、クラリスちゃん、もし良かったら城においでよ。俺たちいつも暇持て余してるからさあ、いつでも城内案内するよ!…………痛っ!?」


 まるでクラリスを口説くようなトレックを見て、咄嗟にアリアが背後から回し蹴りを食らわす。


「なーにが暇してるだっ!、仕事をしろ、仕事を! やることないなら、街に行って仕事でも探して来い!」


 二人のやり取りを見て、クラリスは口元に手を当ててクスクスと笑った。

 気を取り直して、アリアがクラリスに尋ねた。


「ところでさ…クラリス、お前は学院に来ないのか?」


”学院って、学校ですか?”


「ああそう。今お前んとこのリグが来てるだろ? だからお前も来ないのかなあと思ってさ…」


”なぜリグのことを知っているんですか?”


「ああ…、実はアタシ、平時は学院で非常勤講師もしてるんだ。それにしても、アイツ本当にやんちゃ小僧だよなあ。こないだも、悪ガキグループ作ってふざけてたから、一発ゲンコツをお見舞いしてやったよ」


”すいません、うちの子がご迷惑おかけして…”


「いや…別にお前が謝らなくても…。でも、悪ガキだけど根は優しいし、面白いヤツだとは思うぜ。王国有数の名家なのに、全く家の権威を笠に着ない、飾らないところも良いよな。何やかんやでアイツのことは好きだよ、アタシは…」


 リグの人柄を、アリアはちゃんと見てくれていることを知って、クラリスは安堵した。


「まあ、気になったら見学にでも来いよ。アタシがいる時なら案内も出来るしさ」


 ちょうどその時、アルテグラがクラリスたちの元にやって来た。

 先ほどまで、すっかりリラックスしてダラけていたトレックたち三人に緊張が走る。

 アルテグラはクラリスたちと少し距離を置いて、アリアと二人で話し始めた。


「ピレーロ部隊長…いや、アリア、この度は私の愚娘(むすめ)が迷惑を掛けてすまなかったな…」


「いえ、アルテグラ様、とんでもありません。彼女のおかげで我々にとっても、有意義な遠征になりました。彼女を私に託して下さったことを感謝致します」


「そうか…、そう言ってもらえると、私としても気が休まる。ところでどうだ…、お前から見てクラリスは?、見込みはありそうか?」


「見込みは間違いなくあるでしょう。ただ僭越ながら…、私としては彼女にもっと選択肢を与え

て、あの子自身で進むべき道を決めさせてあげたいのですが…」


「具体的にどうしたいのだ?」


「彼女を…学院に通わせてあげてはいただけないでしょうか?」


「……善処しよう」


 そう言って、アルテグラはアリアとの話を打ち切った。


「じゃあな…クラリス、またな」


 アリアはクラリスに別れを告げて、三人とともに城の方面へと帰って行った。




「すでに屋敷からの迎えも来ている。クラリス、行くぞ」


 淡々とそう告げるアルテグラに対し、クラリスは…


”ごめんなさい、お義父様、あと数分だけお時間いただけないでしょうか?”


「……早く行って来なさい」


 アルテグラは娘の我儘を聞くように、理由も尋ねず、ただ呆れ顔で軽くため息を()いた。

 厳格な父を待たせてまでしてクラリスが向かった先は……、行きの船内で侵入した彼女を不審者として拘束し、後に彼女をデートに誘おうとしたがアリアに阻止された、あの衛兵の青年の元だった。

 魔導部隊の一員として戦地に向かおうとする彼女に、短剣を贈ったのも彼だった。

 実は初めてクラリスを見たあの時から彼女のことが頭から離れなくなり、それから船内で健気に働く彼女の姿を見て、すっかり惚れてしまっていたのだ。

 センチュリオンの次女だと知って、身分違いなのは重々承知はしていたが、思いの丈だけでもぶつけたいと彼女をデートに誘うも、その機会すらアリアに潰される。

 彼女が戦場に出ると知り、お守りとして…自分の分身として…、自身の短剣をプレゼントとして渡した。

 しかしその後、クラリスがエリートである魔導部隊の面々と仲睦まじくしている様子を見て、一介の衛兵には出る幕はないと悟り、彼女からは距離を置いていたのだ。

 そのクラリスが…、彼女の方から自分の元にやって来た……

 彼も男である以上、一抹の期待を抱いてしまう。


”こないだは剣を下さり、ありがとうございました。おかげで無事に帰ってこれました!”


「い…いや、いいんだよ…。安物だしさ…あんなのでお役に立てたら嬉しいよ…。それより、言葉が喋れなくなったって聞いたけど…大丈夫かい…?」


 彼の問いかけに対し、クラリスはいじらしく頷いて意思表示をする。


(やっぱり可愛い…その肌に触れたい…守ってやりたい…)


 引き込まれるような青い円らな瞳で、自分だけを見つめるクラリスの姿を見て、衛兵の彼は思わず息を飲む。


(身分なんて関係ない…、年の差なんて関係ない…、周囲にロリコン呼ばわりされようがどうでもいい…、やっぱり俺は…この子のことが好きだ……)


 彼の心の中には、確固たる彼女に対する恋心が形成されていた。

 そして満を辞して……


「クラリスちゃん、俺……」


 彼が何かを言い掛けたところで、クラリスは持っていた手提げ袋から、リボンで可愛らしく包装された袋を取り出した。

 そして、彼の言葉を遮るように、速筆でメモを書いて提示する。


”これ、いただいた剣に釣り合うかどうかわかりませんが…、船内で焼いたビスケットです。もしよかったら召し上がってください。では、父が待ってますので、失礼します”


 こうして、クラリスはぺこりと一礼して、衛兵の彼の前からそそくさと立ち去った。

 クラリスの遠ざかっていく後ろ姿を見つめながら…、彼は自嘲気味に力なく笑ってため息を吐いた。

 彼女からプレゼントされたビスケットの袋は、何故か彼には焼き立てのように温かく感じられた。


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