第25章 51.底無しの闇
「ふっ、健気なことよ。だが儂も、つまらぬ戯れ事に付き合ってやるほど悠長ではないのでな。大人しく儂の血肉となるがよいっ」
対峙するクラリスとリグにそう言い放つと、グアバガは大きく両手を広げた。
すると次の瞬間、地表に充満していた瘴気が一点に吸い込まれるように結集していく。
そして…
グアアアアッ!!!
「……ッツ!?」
瘴気が実体化して生まれたもの…、それは咆哮を上げて立ちはだかる漆黒の獣だった。
その大きさ、クラリスとリグを一遍に丸呑みしてしまえるほどに巨大だ。
「これは儂の命を削りながら作り出した隷獣だ。この空間も維持せねばならぬし、儂とて中々に骨が折れる仕事よ…。故にこれは儂にとっての、貴様らへの最高の持て成しだ、光栄に思うが良いぞ」
「くそっ、ふざけやがってっ…!」
グアバガの言葉に嗾けられたリグは、隷獣に向けて魔弾を放った。
魔弾は真正面から命中、その威力で隷獣は首から上を無惨に抉り取られる。
「よっしゃっ!」
思わぬ呆気なさにやや拍子抜けしながらも、声を高らかに上げるリグ。
ところが…
「えっ…?、な、何だっ……」
次の瞬間、残った隷獣の体がもぞもぞと湧き上がる。
それはそのまま膨張していき、気付けば欠損部は完全に再生されてしまっていた。
ガアアアアアッ!!!
甚だしい瘴気を黒炎の如く全身に纏わせた隷獣…。
再び咆哮を上げると、ついにクラリスとリグを急襲した。
二人は身体強化した脚で辛うじて猛突進を躱しながら、タイミングを見計らって攻撃を仕掛ける。
だが、どの魔術でダメージを与えたところで、欠損した隷獣の身体は最も容易く再生してしまう。
まさに八方塞がりの状況…、そんな中でクラリスは懸命に考え抜いていた。
(簡単に再生されちゃうけど、攻撃自体は効いてはいるはず…。だから単発で攻撃するんじゃなくて、体全体に満遍なくダメージを与えるみたいな…そんなことができれば……。でもどうやって…、リグくんの魔弾ぐらいの威力があれば何とかなりそうなのに…………あ、そうかっ、あの獣も元はと言えばグアバガの魔術で生み出されたもの……じゃあもしかしたらっ…!)
(リグくんっ、聞こえる?、ちょっとお願いがあるのっ)
何やら妙案を思い付いた様子のクラリスは、以心伝心でリグに声をかけた。
(クラリスっ…?、『お願い』ってなんだよ…?)
(うん、私の位置と動きに合わせてあの獣を引き付けてほしいの。どうかな…、できる?)
(どうもこうもやるしかねえだろっ。お前のことだ、なんか良い考えが浮かんだんだろ? だったら俺は泥舟に乗った気でそれを信じるだけだぜっ)
(ふふふふ…、リグくん、それを言うなら『大船』だよ? 昔も同じようなこと言ってたよね?)
(う、うっせえなぁっ…、とにかく任せろよっ…!)
(うんっ、ありがとっ)
思いがけず、クラリスとリグの緊張も心なしか解れたようだ。
こうして…
「おらあああっ!、ワン公こっちだぁっ!、やれるもんならやってみろぉっ!」
リグは仰々しく声を張り上げて、隷獣を一身に引き付ける。
一方のクラリス。
一箇所一箇所、目星を付けた地点で何やら術を仕掛けていく。
隷獣を挟んでちょうどリグと真向かいの位置で、彼の動きに的確に呼応していた。
(くっそぉっ、こいつこんな図体なのになんて速さだっ…。それになんか黒い炎みたいなもん纏ってるから迂闊に近寄れねえ……。でもクラリスも頑張ってるんだっ…、俺がここで踏ん張れなくてどうするっ…!)
(リグくん…頑張ってっ……、あとちょっと…あとちょっとでっ……)
互いが互いを鼓舞し合いながら、気力と時間とのせめぎ合いが続く。
そして…
(よしっ、出来たっ!、今っ!)
満を持して、ここまで苦心の末に構築した術を発動するクラリス。
するとなんと、蒼白に発光する巨大な十二面柱が出現し、隷獣を囲い込んでしまった!
グアアアアッ…!!!
十二面の “檻” の中で、脱出出来ない隷獣はパニックに陥った様子で暴れ狂う。
実はこれは、結界術の盾を応用したものだった。
『この隷獣がグアバガの魔術によって生み出されたものなら、隷獣そのものが魔術なのでは? ならば、結界術で動きを封じ込められるのでは?』
クラリスのその読みが見事に的中したのだ。
ちなみに十二面である理由は、単に今の彼女の力では隷獣を覆うだけの巨大な平面は作れないからである。
実力不足を補うためにクラリスは隷獣の周りをひたすらに駆け回り、リグもその動きを確とサポートした。
「なるほどなっ、そういうことかっ!、さっすがクラリスっ! あとは任せろっ!、うおおおおっ!」
ここでようやくクラリスの意図を理解したリグ。
一層強化させた脚で宙高く跳ぶと、十二面の檻の中に渾身の魔弾を打ち込んだ。
ウガアアアアッ…!!!
魔弾のエネルギーは盾の効果で外側に逃げることなく、檻の中で留まり続ける。
余すことなく魔弾の威力をもろに受けた隷獣は、再生可能な肉片を一片も残すことなく消滅した。
「やったねっ、リグくんっ!」
「おうっ、でもやっぱすげえよなぁ、お前。盾を使ってあんなことできるなんて…」
「うん、ルロドのおじいちゃんにいっぱい叩き込まれたから…。でもリグくんもすごかったよ?、私じゃあんなの撃てないもん。すっごくカッコよかった!」
「何だよぉ〜、いきなりそういうこと言うなよなぁ…」
やや惚気感もあるが、束の間の勝利の喜びに浸るクラリスとリグ。
ところが…、その幸せな時間は、まさに文字通り “束の間” だった。
再びグアバガと対峙する二人だったが……
「……ッツ!?」
勝利の高揚感が一瞬で消し飛んだ戦慄の光景…。
なんとそこには、先と同じ隷獣を5体も従えたグアバガがいた。
「そ、そんな……」
「何でだよ…、さっきので精一杯じゃなかったのかよ…」
愕然とするクラリスとリグを、相も変わらず飄々と見据えるグアバガ。
「先の儂の言葉か…、そんなものは貴様らのお遊戯に付き合ってやったに過ぎぬわ。言ったであろう?、『ここは儂の宇宙なのだ』と…。しかし貴様らの先の戦いぶりは見事であった。所詮子供だと侮っておったわ。故に、儂も少しは真剣に貴様らに向き合ってやらねばと思ってのう…」
己の力で道を切り拓いたクラリスとリグを待ち受けていたもの…。
それはさらなる無慈悲で絶望的な状況だった。




