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とある魔導士少女の物語   作者: 中国産パンダ
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第25章 50.グアバガの世界

 高さにして、塔頂からおよそ百メートル上空…。

 その禍々しく空に君臨する謎の球体を仰ぎ見ながら、レイチェルたちは暫し言葉を失う。

 そんな中…


「あのぅ…レイチェル様……私……」


 ターニーが後ろめたそうにもじもじしながら、レイチェルに声をかける。

 そんな彼女のいじらしい様を見て、レイチェルは意識をハッとさせられた。


「ええ、あなたの大切な()()()なのでしょう? 早く行ってあげなさい。ここまでよくやってくれましたね、ターニー。皆を代表して礼を申します」


「はい、ありがとうございます!」


 ターニーは顔をぱあっと綻ばせて快活な返事を残すと、ミーちゃんの元へと駆け付けて行った。




 さて、ターニーの退場が良い仕切り直しとなったのか、皆は改めて深刻に意見を交わす。


「本当に一体何なんだ…、あの不気味な球体は…。グアバガが生み出したものであることは確かなようだが……」


「まさかっ…、クラリスとリグがあの中に閉じ込められてるとかっ…」


「でも、あの男は『別次元に連れ去る』みたいなことを言ってましたよ?」


「だがその一方で、『初めて試みる秘術』だとも言っていた…。もしかしたら、当の本人も術を発動した結果起こる事態について、完全に把握出来ていなかったという可能性も……」


「うむ…、確かにアンピーオさんの言う通りかもしれん…。いずれにせよ、あれが奴の存在を何らかの形で具現化したものには間違いないだろう。ならば俺たちがやるべきことは決まっているっ。レイチェル様、御命令とあらば、我ら直ちに総攻撃を行いますが?」


「……そうですね…、不穏な気がしないでもないですが、今この場で出来ることをするしかありません。皆の者、頼みましたよ?」


 ヘリオの申し出に、レイチェルはやむを得ない様子で指示を出す。


「はっ、かしこまりました。よし皆っ、あれに対して集中攻撃を仕掛けるぞ!」


「おおうっ!」


 こうしてヘリオ、アリア、アンピーオ、ブリッドの四人は、引きも切らずに球体目掛けて魔弾を放ち続けた。

 一方球体の方は、魔弾が着弾する度にぼんやりと漆黒の光を帯びるが、それがダメージなのかを判別する(すべ)がない。


(くそっ…、これは一体どういう状況なんだ…。何らかの反応はあるようだが……)


 五里霧中の状況で、しかしそれ以外の手立てもなく、徐々に焦燥感を募らせていく一同。

 ところが…


「……ッ!?、皆っ、攻撃を止めろっ…!」


 突然、切羽詰まって声を張り上げたヘリオ。

 ほぼ同じくして、球体は眩い光を瞬間的に放出した。

 そしてその時!


 グオオォァギョオオンッ!!!


「……ッツ!?」


 この世に同じものが一つとして存在しないであろう、厭わしい不協な轟音。

 それと共に、なんと球体からは(おびただ)しい数の光弾が放たれたのだ。


「うおおおおっ…!」


 ここでアンピーオ、恐ろしく機敏な判断でドーム状の巨大な結界術の盾を発動。

 隕石群の如く、自分らに降りかかる光弾の雨を辛うじて凌ぎ切った。


「助かりましたよ、アンピーオ…。流石は元魔導第一部隊の部隊長…、その腕は未だ衰えていませんね?」


「いえ、もったいなき御言葉にございます…。それにしても…、今のはもしや…魔導反射では…?」


「ええっ…?、じゃあ、アタシらが撃ち込んだやつが全部跳ね返って来たってことですかっ?」


「なんてことだ…、申し訳ございませんっ、レイチェル様っ…。この(わたくし)が迂闊なことを申したばかりに……」


「いいえ、最終的な判断を下したのはこの(わたくし)です。しかしこうなっては、最早打つ手なしですか…。やむを得ません…、一旦ここは撤退し、城下で活動するビバダムたちとも合流して、改めて策を練りましょう。それに、先の雷撃での城下の被害状況も気になるところですしね…」


 ……………………




 一方その頃…


「リグくんっ…、リグくんっ……」


 へどろのように纏わり付く瘴気の沼の中で、目覚めないリグの名を悲愴に呼び続けるクラリス。


「……う…ううう……クラリス……」


「リグくんっ…!、よかったぁっ……」


 ようやく意識を取り戻したリグを、クラリスは愛おしく強く抱き締める。


「ごめんね…リグくん……、私なんかのために……」


「『私なんか』って言うなよ…。俺はどこに行ったってお前と一緒にいたい…、ただそれだけだし…」


「うん…、ありがと、リグくん…」


 面と向かって好意を伝えるにはまだ若干の照れ臭さがあるのか、リグはぶっきらぼう気味に返事を返した。


「それよりも…、ここは一体どこなんだ…?」


「わかんない…。でも本当に…グアバガが言っていた『闇の世界』なんじゃ……」


 遠くに目を向けると、そこにはどこまでも果てしない暗黒が広がっていた。

 音も匂いも肌に触れる温もりもない…、絶望の世界の中で途方に暮れるクラリスとリグだったが……


「ようこそ、我が宇宙(世界)へ…」


 唐突にどこからか響いた(しゃが)れた声に、二人はハッと俯いていた顔を上げる。

 その視線の先にいたのは、悠然と宙に浮かぶグアバガの姿だった。


「な、何なんだよ、こいつっ…、浮かんでやがるっ……」


 グアバガは体をゆっくりと着地させると、驚き慄く二人に対し(いや)らしい笑みを見せる。


「ここは儂の精神世界そのものよ…。この空間では儂はありとあらゆる(ことわり)の桎梏から解放され、自由自在にその身を変幻させることが可能だ。故にお前らのその身もその心も、全ては儂の手中にあるということだ。クラリス(お前)以外に余計なものが付いて来てしまったが、よく見るとこの小僧もそこそこの魔素を持っておるな…。よかろう、お前たち二人まとめて(くろ)うてやろうぞっ」


 グアバガがそう言っている間にも、クラリスとリグに絡み付く瘴気は二人の心身を蝕んでいく。


(うっ…体が思うように動かない……心が重い……。くそっ…このままじゃ……)


 そんな中、リグと同様に苦しみながらも、クラリスは決然とグアバガに問いかけた。


「あなたに…、どうしても聞きたいことがある…。あなたは…、本当に私のお祖父さんなんですかっ…?」


 思わぬ問いをぶつけられたグアバガだが、動揺も躊躇もなく淡々と答える。


「その通りだ。だが、儂はお前についてそれ以外のことは知らぬ。お前が儂の孫だということも、ゲネレイド(あの馬鹿王子)の調べで知ったに過ぎぬ。強いて言うのならば、先ほどあの王女に『かつては復讐を誓った』と言ったが、それすらも偽りだ」


「どういうことですかっ…?」


「儂は “月の民” たるデール族が、この世界の下等な人間共と交わることが許容出来なかったのだ。故に、儂の子でありお前の父であるメリダを捨てて、一人フォークの里を去った。闇魔術の再興は、この世界に住まう下等民共にデール族の偉大さを知らしめるための、儂なりのやり方と言ったところかのう、ふはははっ…」


 ついにその邪心を隠すことなく曝け出したグアバガ。

 ところが…


「そっか…、じゃあよかった……」


「何だと…?」

 

 クラリスは俯いて表情を見せずに…、それでも、その感情が推し量れる押し殺した声で呟く。

 そして顔を真っ直ぐ上げて、グアバガを強い眼光を浴びせながら言い放った。


「これであなたをこれっぽっちも許さずに済むっ…。あなたを憎んだまま倒せるっ…!」


 クラリスの乾坤一擲(けんこんいってき)の決意にも、グアバガは表情一つ変えずに飄々とした素振りを見せる。

 だがそんなことに構わず、彼女はなおも苦しむリグに切実に訴えかけた。


「リグくんっ、しっかりしてっ…! 私たちいっぱい苦労して、修行もして、前よりもずっと強くなったでしょっ? 一人だけじゃ無理でも、二人でなら乗り越えられないことはないってっ…、今まで私たちで証明して来たじゃないっ。ここが敵の心の中なら、私たちはそれに負けないずっと強い心を持てばいいでしょっ!」


「クラリス……」


 これまで聞いたことのない、クラリスの強固な言葉。

 それを受けて、リグも男として、相棒として、そして伴侶として…、応えないわけにはいかなかった。


「悪いな、みっともないとこ見せちまった…。でももう大丈夫だ…、こんなジメジメして鬱陶しいとこ、さっさとぬけだそうぜっ! それにみんなも心配してるだろうしな」


「うんっ!」


 皆が温かく待っててくれるあの場所に帰るために…、クラリスとリグは最後にして最大の敵に立ち向かう覚悟を決めた。


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