第25章 48.グアバガの本性
「どういうことですか…。あなたがこの子と何の関係があるというのですか…」
グアバガの目からクラリスを守るように、彼女を後ろに遣るレイチェル。
その衝撃の告白に怒りすら覚えながら、グアバガに問うが……
「ふん、我らデール族を虐殺した大罪人の孫娘か…。貴様の祖父アンガーに殺された同胞の恨み…、決して忘れてはおらぬぞ」
「えっ…?、デール族……」
グアバガのぼやきに、クラリスが思わず反応してしまう。
「そうだ。そしてお前の父メリダは儂の息子…。つまりクラリス、お前と儂とは同じ血が流れているということだ」
「そ…そんな……」
まさかの絶望的な真実を突き付けられたクラリス。
今の彼女を形作る掛け替えのない思い出たちが、一瞬で真っ黒に染まってしまった。
(私…みんなと一緒にいちゃいけない人間だったんだ……。どれだけ綺麗事を言っても…私にも邪悪な血が……)
甚だしい自己嫌悪に打ち拉がれるクラリスを、グアバガは狡猾に追い詰めていく。
「そうだクラリスよ…、この者たちは決して許してはならぬ、我らの怨敵なのだ。今からおよそ30年前…、我らが民族が虐殺されたあの忌まわしきフォーク事変…。儂は同胞の無念を晴らすべく王国への復讐を誓った…。失われた太古の禁断魔術である闇魔術を苦心の末甦らせ、ゲネレイドを傀儡にして王国の崩壊を謀ったが、この馬鹿者の粗相のせいで寸前で全て台無しとなってしまった…。だがクラリスよ…、儂と同じ民族の血が流れるお前とならば、まだ我らの大願が果たせるのだ。お前も父の無念を晴らしたいであろう…。さあクラリス、目を醒ますのだ…、お前の居場所はここではない、儂と共に来るのだっ」
「あ……あああ……」
クラリスは蹲り両手で頭を押さえながら、呻き声を漏らし始めた。
どうやらグアバガの言葉には、精神を混乱させる呪術が掛けられているようだ。
今のクラリスの心には雑多な悪感情がせめぎ合い、彼女の気丈な心をじわりじわりと侵食しつつあった。
最早自我が崩壊寸前のクラリス。
『このままグアバガの言葉に身を委ねた方が楽になれる…』
そう屈しようとしたその時…
「……ッ?」
強い揺さぶりがクラリスを襲った。
それとともに、懐かしさすら覚える力強い言葉たちが飛び込む。
「おいっ、クラリスっ、どうしちゃったんだよっ…?、しっかりしろよっ! あのジジイが何て言おうと、お前はお前だろっ? お前は俺の家族で、俺の…恋人で、ここにいるみんなの仲間じゃねえかよっ!」
「そうだ、クラリスっ、あんなジジイなんかよりも、アタシらの方が何よりお前のことを知ってるっ。お前はとても心が強くて…だから時には一人突っ走ってしまったり…、すごく優しくて…でもそのせいで損な役回りさせられたり……そんな誰からも好かれる子…それがお前じゃないかっ!」
「そうですよっ、この髪色のせいでずっと周りから疎外されてきた私を受け入れてくれた…、あの日の夜のこと忘れてないですっ。お姉さんのおかげで、私は嫌なことにも負けずにここまで来れたんですっ。だからお姉さんも負けないでっ!」
両肩をがっしりと掴むリグの熱い体温が確と伝わる。
リグ、アリア、ターニー…、皆から寄せられた声たちは、クラリスの心には光から差し伸べられた手のように映った。
今にも底なし沼の闇に引き摺り込まれようとしていた彼女は、必死になってその手を掴もうとした。
そして…
「わた…し……私……みんなと一緒にいたいっ……一緒に戦いたいっ……。あなたが私の本当のお爺さんだとか同じ血が流れてるとか……そんなことどうだっていいっ…。あなたなんかに私のお父さんのことを語って欲しくないっ…。私の居場所は今もこれからもこの国だけっ…。だから、大好きなこの国を苦しめようとしたあなたを、私は絶対に許さないっ…!」
クラリスは言葉を振り絞るように声を上げた。
すると…
「邪心に屈しず、よくぞ言ってくれましたね、クラリス…。やはりあなたは本当に強い子です」
優しい安堵の表情を浮かべたレイチェルが、クラリスの頭をさらりと撫でる。
さらに彼女はグアバガを見据えて話を続けた。
「グアバガよ…、あなたの言い分を全て否定するつもりはありません。確かに私の祖父であり先々代の王アンガーは、歪んだ野心に囚われて無辜のデール族の人々を虐殺するという大罪を犯しました。それは決して許されることではなく、アンガーの血を引くこの私が背負い続けなくてはならない罪だと考えております。しかし、私にはどうもあなたが、本心でそれを言っているようには思えないのです。あなたは『同胞の無念を晴らす』などという大義名分を、己の邪欲の隠れ蓑にしたいだけなのではないですか? そして何より、クラリスは我々の大切な仲間です。あなたごときが手を触れて良い存在ではないのですよ?」
グアバガの邪心を見透かした、レイチェルの冷徹な言葉。
だが当のグアバガは、それを一蹴するように涼しい顔で笑って退ける。
「ふははは…、なるほど、弟が愚鈍ならばその姉は聡明だということか…。世の理とは上手いこと出来ておるものだ。しかし、この者が貴様ほど賢かったならば、儂はここまで来れておらんかったからな…、この男の愚鈍ぶりには感謝せねばならぬな」
「随分な余裕ぶりですね…。やはり、クラリスを誑かそうとしていたのですかっ?」
クラリスの実の父まで利用したグアバガの卑劣なやり口に、一層の怒りが籠るレイチェル
ところが…
「如何にも。確かにかつては復讐を誓った頃もあったが…、今となっては最早どうでも良い。儂は己が目指した崇高なる闇魔術を大成させる…、ただそれだけだ。この王国など、その実験台に過ぎぬわ。ところで聡明なる王女よ…、儂の “嘘” は見事に貴様に看破されたわけだが、実は儂はもう一つ嘘を吐いておる。それは何か…お分かりか?」
「どういうことですか…?」
「ふっ、流石に分からぬか…。ならば教えてやろう。それはだ……クラリス、お前の意思など実はどうでも良いということだっ!」
グアバガはこれまでで最も声を強めると、レイチェルたちに向かって手を翳した。
すると次の瞬間、どす黒い靄のようなものが皆の足元に絡み付いて行く。
「……ッツ!?、こ、これはっ……」
「な、何だっ、これっ……動けねえっ……」
「これが…闇魔術かっ……」
あたかも靄が鎖となって地に縛り付けられたが如く、皆はその場から一歩も動けなくなってしまった。




