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とある魔導士少女の物語   作者: 中国産パンダ
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第25章 44.さよならキャノ爺

誤って削除してしまいました。再投稿です。

 それから僅か数分後のことだった。


「あ、あれは……キャ…アルゴンっ……」


 レイチェル本隊がこの王城中庭に到着したのだ。

 ちなみに当初、シエラの元に向かうため別行動をしていたクラリスとリグも合流している。


「トレックっ…!?、ライズドっ…!?」


 瀕死の状態で横たわる二人の姿が目に飛び込んだアリア。

 居ても立ってもいられず、クラリスとリグを連れて駆け付ける。


「アイシス殿っ、あの二人の治癒を早くっ!」


「ハイ、カシコマリー!」


 レイチェルの指示を受けて、アイシスはロボットの如く無機質な笑顔で治療に取り掛かる。


「ねえ、お姉ちゃん一体どうしちゃったのかなぁ…? なんかキャラっていうか人間変わってない?」


「なぁ、俺らがいない間に何があったんだろうなー?」


 僅か数時間の間でのアイシスの変貌ぶりに、ひそひそ声を交わすクラリスとリグ。

 レイチェルへの恐怖心のあまりに、彼女が最早考えることを止めたことなど、まだまだ無邪気なこの二人が知る由はなかった。




 さて、屍と化したアルゴンの傍で、ビバダムはなおも失意に沈んでいた。


「ビバダム…、あなたがあのアルゴンを倒したのですか?」


 そこにやって来たレイチェルは、特に感情の起伏もなくビバダムに問う。


「はい……」


 ビバダムは場の空気に溶けそうなほどの貧弱な声で返事を返した。


「そうですか…。ヘリオですら歯が立たなかったあの王国最強の男を打ち負かすとは、あなたの成長には目を見張るばかりです。師匠冥利に尽きますね。して、それにも関わらず、あなたは何故こんなにも打ち拉がれているのですか?」


「……自分でもわかりません…。でも…、何故かとても悲しくて虚しいんです…。強くなることが…こんなにも辛いことだなんて知りませんでした…。こんな思いをするのなら…、僕はもう戦いたくないです……ううう……」


 ビバダムの口から事の真相は語られなかったが、それでもレイチェルは大凡(おおよそ)を察した。

 一瞬、どんな言葉を掛けてあげれば良いのか、神妙な面持ちで思案する彼女だったが……


 ピシッ


「……ッ?」


 レイチェルの悩める弟子への答えは、“飴” ではなく “鞭” だった。


「何を甘ったれたことを言っているのですかっ。あなたをそんなにも軟弱な弟子に育てた覚えはありませんよっ? 真の強者は身体や技のみならず精神も…、いえ、むしろそれこそ強靭でなくてはならない。あなたは王国最強と謳われた男を見事に破ったのです。もっと胸を張りなさいっ」


「はい……。申し訳…ありませんでした……」


 ビバダムは憑き物が落ちたように、しおらしくレイチェルの訓戒を受け入れた。

 やはり自身の人生を変えてくれた師の言葉は、彼にとって何物にも代え難いようだ。




 そうこうして、レイチェルは残されたアルゴンの兵士たちを集めた。


「第一王女としての(わたくし)の顔を知る者もいるかもしれませんが…、現王国義勇軍最高司令官レイチェル・クレセント・ジオスと申します。あなたたちの中には、止むを得ない事情でゲネレイド側に(くみ)した者もいることでしょう。今この場で(わたくし)に忠誠を誓うのならば、これまでのことは不問に付し、我が軍に迎え入れる用意があります。しかし、なおも我々に敵対すると申すのならば、今この場で(わたくし)自らがあなた方を処刑します」


 いつものように冷徹な眼光を飛ばしながら、兵士皆に選択を迫るレイチェルだが……


「恐れながら御言葉ですが、我々の真の主君はゲネレイド様ではございません。アルゴン様にございました。あのお方の人柄と意志に甚く共感して、我々は付き従ったのです。故にその主君亡き今…、我々には仕える主人などおりませぬ。我々の命の一切を、レイチェル様にお委ね致します」


 先にビバダムに申し出たのと同じ兵士が、真っ直ぐレイチェルの目を見据えて答える。

 そして一斉に彼女に向かって跪き、臣下の礼を取った。


「よろしい、それは殊勝な判断です。では、我が配下に加わったあなた方には、早速ですが王都の治安維持に当たってもらいます。恐らく、間もなく王城内は大混乱を来たすこととなるでしょう…。それに乗じて、不埒な者どもが城下で狼藉を働く可能性がありますからね。そしてビバダムとヴィット、あなたたち二人もこの者たちと共に任務に当たりなさい」


 レイチェルは彼らの意思がわかっていたかのように、顔色変えることなく粛々と命を出した。




 それから…、ビバダムとヴィット、さらに兵士たちが皆城下へと出て、祭りの後に似た閑散とした空気が漂う。


「ではレイチェル様、我々も先に急ぎましょう」


 何気なくレイチェルに声をかけるヘリオ。

 ところが…


「あなた方は先に進みなさい。(わたくし)もしばらくしたら合流しますので」


「そ、それは…如何なる理由でしょうか…? いずれにせよ、レイチェル様御一人だけをこの場に残すわけには参りませんっ…、あまりにも危険ですっ…」


 命に代えても主君を守る臣下として、レイチェルを諌めるヘリオだったが……


「ヘリオ…、あなたの目は節穴なのですか? ここまでの(わたくし)の戦いぶりを(しか)と見て来たのでしょう? そして何より、ここは(わたくし)の生まれ育った “家” です。その家の主人が我が家の庭で一人寛ぐ、それのどこに問題があると言うのです?」


「し、しかし………わかりました…。ただし、しばらく経ってもお戻りになられない時は御迎えに参りますので…、よろしいですね?」


「ええ、それで結構です」


 屁理屈を並べてまでしてヘリオを説き伏せるレイチェル。

 普段の廉直な彼女らしくない “我儘” に、ただならぬ気配を感じたヘリオは止むなく引き下がった。

 こうして、一人になったレイチェルが向かった場所、それは…


「やっと…、二人きりになれましたね…キャノ爺……」


 亡骸となった我が師、アルゴンの元だった。

 レイチェルはその場で腰をゆっくりと下ろすと、自身の膝枕に彼の頭を乗せた。


「何とまあ、穏やかな顔を……。ビバダムとの戦いがよほど楽しかったのですね…」


 アルゴンは外で遊び疲れて熟睡するやんちゃ小僧のような、それはもう安らかな表情を浮かべていた。

 その “寝顔” を間近で眺めながら、レイチェルは物悲しげに微笑む。


ビバダム(あの者)は強かったでしょう?、(わたくし)が見つけたのですよ。大変手間のかかる弟子でしたが、見事に私の期待通り…いえ、それ以上に育ってくれました…」 


 子供に童話を読み聞かせるような優しい口振りで、アルゴンに語りかけ続けるレイチェル。

 その慈悲深い瞳は次第に潤んでいく。


「ビバダムはあなたに勝った…、そしてビバダムは(わたくし)が育てた……。これはあなたの教えが…あなたの剣が最強だということの証明でもあるのですよ…。いつになっても…、互いにどんな立場に転じようとも…、あなたは(わたくし)の誇れる御師匠様です…。でも、こんな(わたくし)の言葉も…あなたにはもう…届かないのですね………」


 いつしかレイチェルの目からは、ポロポロと大粒の雫が滴っていた。

 それらは眼下のアルゴンの顔に零れ落ち、すっかり冷たくなった彼の顔に微かな温もりを与える。

 もちろん、もう虫の息程度の返事すらも帰って来ない。

 ただそれでも…


「さようなら…キャノ爺……」


 この時、アルゴンの口元の皺が僅かばかり緩んだ気がした。

 それはまるで、いつまでも醒めない幸せな夢に浸っているようだった。


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