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とある魔導士少女の物語   作者: 中国産パンダ
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第25章 43.“強さ” に生きた漢

「ア、アルゴン様っ…!?」


「お、おのれぇっ…、貴様ぁっ!」


 肩からバッサリと刃を浴びて(おびただ)しい血を流す師の姿を前に、配下の兵士たちは大いに(いき)り立つ。

 だが…


「やめいっ…!」


 手負いの体とは到底思えない野太い声で、アルゴンは敵討ちに逸る兵士たちを一喝した。

 そして達観した目でビバダムを見上げて言う。


「貴様の勝ちだ…ビバダム・グリンチャー……。最後のは釈然とせんがな……。しかし…ともあれ儂という(おとこ)を打ち負かしたのだ……。誉めて遣わそう……」


「………………」


 激戦の反動で呆然と突っ立っているビバダム。

 アルゴンの言葉を思考で噛み砕くことなく、ただ耳に入るがままに受け止める。


「先にも言ったが…、儂には微塵の後悔もない…。儂には生き辛い…この無聊な世に争いと憎しみをもたらし…、この老耄(おいぼれ)に生きる喜びを与えて下さった…ゲネレイド様には感謝しかない…。だがただ一つ……、儂に悔いがあるとするのならば……、貴様のような漢を…儂の手で見出してやることが出来なかったことぐらいかのう……」


 ビバダムはなおも押し黙ったまま、アルゴンの言葉を聞いていた。


(やっとの思いで勝ったのに…達成感や嬉しさよりも何故か虚しい…。戦っている時はあんなにも恐ろしかったのに、今は何でこんなに優しそうな目をしてるんだ…? 出来ることならもうこんな戦いはしたくないな…。でもこれで先に進めるし、とりあえずは良かった…。後はレイチェル様にこの人の処遇を任せよう…)


 もちろん、勝てた喜びがないわけではない。

 しかし、それを有耶無耶(うやむや)にしてしまうくらいに雑多な感情が押し寄せて、ビバダムの心が決して晴れることはなかった。




 そんな中…


「ビバダム・グリンチャーよ……、勝者として…貴様には果たさねばならぬ使命がある……」


 不意にアルゴンは目を(いかめ)しく据わらせると、重い口振りでそう言った。


「『使命』……?」


 アルゴンのただならぬ様子に、戦い後初めて反応を示すビバダム。

 アルゴンの口から放たれた言葉は、今の彼にとってあまりにも理解不能で残酷なものだった。


「貴様の剣で……儂の心の臓を貫くのだ……」


「えっ……」


 ビバダムはとてもではないが思考が追い付かず、ただ絶句する他なかった。

 無論、彼が人を殺すのはこれが初めてではない。

 ただそれは戦場という、言わば殺人が正当化され得る極めて特殊な空間での話だ。

 今、眼前の相手は酷く傷を負い、戦意などとっくに喪失している。

 そんな人間の命を奪う行為は、ビバダムにとって単なる人殺しも同然であった。


「い、意味がわからないっ…。な、何で今さらそんなことをしなきゃならないんだっ…? こんなに喋れるなら、ちゃんと治療すれば助かるだろっ…?、俺たちの仲間には腕利の魔導士だっているっ。本当に負けを認めるんなら、生きてちゃんとレイチェル様の裁きを受けるべきだっ。何だったら、俺が助命をお願いしたってっ……」


 ビバダムは思い付く限りの理屈を並べて、アルゴンの意思を撤回させるべく訴えるが……


「まったく…貴様は無粋な男だのう……。儂はここまで年老いても…、なおも強くなれることを知った…。今の儂は…己自身でも最強の強さを得たという自負があった…。それを貴様に破られたのだ……。故に…儂はもう死んだも同然……。貴様の剣で最期を迎えられることは……、むしろ儂にとって(ほまれ)なのだ……」


「……ッ」


 ますますアルゴンの思考に頭が混沌するビバダム。

 するとその時…


「ビバダムさん…」


 一部始終を見守っていたヴィットが、ビバダムの元へとやって来た。

 この時ビバダムは、アルゴンと旧知の仲である彼が助け舟を出してくれると、内心期待をしていた。

 だが無情にも、ヴィットがビバダムに味方することはなかった。


「ビバダムさん…、あんたが理解出来ないのも無理はないが、これがアルゴン様の生き様なんだ…。皮肉にも敵対することになってしまったが…、それでも今もこの方が尊敬して止まない師であることに変わりはない…。だからどうかお願いだっ…、この方に尊厳ある最期を迎えさせてあげて欲しいっ…」


 ヴィットは痛切に涙を浮かべながらビバダムに懇願する。

 さらには、兵士たちが二人の元に(こぞ)ってやって来た。

 その内の一人が代表して、畏った様子でビバダムに申し出る。


「グリンチャー殿と申されたな? 貴殿に対する度重なる侮蔑行為…、誠に申し訳なかった。我々の想いもヴィット(この者)と同じだ。我らが師の気高き誇りを、無下にするような真似だけはしないでいただきたい。どうか、この通りお頼み申し上げるっ」


 兵士たちは一斉にビバダムに向かって(うやうや)しく頭を下げた。


「そ、そんな……」


 最早何が正しくて何が間違っているのか…、ビバダムの自分自身が信じて来た価値判断は大きく揺らいでいた。


「何を…しておる……?、早う…せい……」


 結局、アルゴン自身の言葉が引き金となった。


「うう…うああああっ!!!」


 グザッ…


 “王国最強の男” アルゴンをまさに物語るように、彼の胸からは人体らしからぬ仰々しい貫通音が響いた。

 震えた手で心臓に突き刺さった剣を握ったままのビバダムを見て、アルゴンは吐血しながら最期の言葉を残す。


「見事…だ……」


 ………………………


 間もなくして、アルゴンはしめやかに絶命した。


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