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とある魔導士少女の物語   作者: 中国産パンダ
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第25章 40.アルゴンの心に見えたもの

すいません、またぼちぼち始めさせていただきます。

(ビバダムさん…)


(ビバダム…)


 ヴィットとトレックの痛切な想いを背負って、アルゴンの眼前に立つビバダム。


「貴様の方から来るが良い」


 惰性程度にゆったりと剣を構えると、アルゴンは静かにビバダムを(けしか)ける。


「……ならっ、行くぞっ!、うおおおおっ!」


 大獅子の如くのその威容にたじろぎつつも、ビバダムは自らを奮い立たせながらアルゴンに突撃した。


 ギンッ!、ガンッ!、ガキンッ!………


 怒涛の連撃を繰り広げるビバダムに対し、アルゴンは思案顔のまま淡々と彼の剣を受け切るだけだ。

 その様は、遠目から見ればアルゴンが防戦一方に映ったのだろう。


「おいっ、マジかよっ…、ビバダムのやつやるじゃねえかっ!、あのジジイ手足も出ねえぞっ!」


 ビバダムの戦いぶりに、大興奮の声を上げるトレックだが……


「いや…、残念だがそれはないな」


 ヴィットが暗澹(あんたん)とした声でトレックの喜びに水を差す。


「あっ?、どういうことだよ?、現にあのジジイ相手に完全に押してんじゃねえかっ」


「違う。あれはビバダムさんの剣筋を吟味しているだけだ。グラスに注いだワインをその香りからじっくり嗜むようにな…。おそらく、アルゴン(あのお方)にはビバダムさんとまともに戦う気もないようだ…」


「はぁっ、どういうことだよっ?、てかてめえの例え、わかりづらいんだよっ!」



……………………


 一方、当のビバダム。


(何なんだこいつ…、何で何も仕掛けてこない……、一体何を考えてる……)


 雑念を払い一意専心で剣を振り切ってるつもりでも、アルゴンの出方に薄気味悪さを覚えずにはいられない。

 するとその時だった。


「なるほどのう…、やはりそういうことか」


「……ッ?」


 唐突にぼそりと呟いたアルゴン。

 思わず気を取られたビバダムだが、次の瞬間、アルゴンはこの戦いで初めて剣を振るった。

 その意表を突いた一太刀を、ビバダムは鍛え上げられた反射神経で間一髪免れる。


(ふぅ…危なかった…。なんかもっと力で押して来ると思ってたけど…、こんな感じで来るのか……。とにかく、どんな形で攻めて来ても落ち着いて対応しないと…)


 間合いを十分に取り、次の攻撃に備えて呼吸と心を整えるビバダム。

 だが彼の予想に反して、アルゴンはその場で剣を下ろした。

 そして厳し(いかめ)くビバダムに問う。


「貴様、この剣を誰に(なろ)うた?」


「え……、な、何でお前にそんなことをっ……」


「この儂が問うておるからだ。答えよ」


 戸惑いつつも回答を拒絶するビバダムだが、アルゴンは儼乎(げんこ)な声を一層強めて執拗に迫る。


「……第一王女の…レイチェル様からだ…」


 その得も言われぬ圧に当てられたビバダムは、不承不承答えざるを得なかった。

 ところが…


「わはははっ!、そうかそうか、やはりあの小娘かっ。どうりで軟弱で女々しい剣筋をしておるわけだ」


「……ッ?、どういうことだっ…!?」


「あの小娘に幼少期から剣を教えていたのは、紛う方なきこの儂だ」


「ええっ…!?」


 アルゴンは躊躇することなく、レイチェルの剣の師が自身であることを語った。


「あの小娘は必死に儂から剣術の極意を学び取ろうとしておったが、所詮は女。どれだけ精進しようとも、やっておることは猿真似に過ぎぬ。この儂に並び立とうなど、まったく愚かしいことよ。しかしその “猿真似” をさらに真似ようとする薄鈍(うすのろ)がいようとは滑稽なことよ、わははははっ」


 (いや)らしく哄笑を上げながら、レイチェルとビバダムを愚弄するアルゴン。


「俺のことはどんだけ馬鹿にしたっていいっ…、でもレイチェル様を侮辱することは許さないぞっ…!」


「ふん、ならばその敬重して止まぬ師の教えを()って、この儂に打ち勝ってみせよ」


「言われなくたってやってやるっ!」


 憤激に駆られるがままに再びアルゴンに突撃したビバダムは、渾身の力で剣を振り下ろすが……


「ふんっ」


 赤子の手を捻るが如く、アルゴンはビバダムの一太刀を振り払う。

 そして立て続けに繰り出された斬撃で、ビバダムを受け切った剣ごと弾き飛ばした。


(ううう……、な…何なんだこの威力……、受け切ったはずなのに、体がバラバラにされたみたいに軋んだ…。骨が何本折れてるかもわからない……くそぉ……)


 たった一撃で満身創痍にされたビバダムは、それでも死力を尽くして立ち向かおうとする。

 だが、そうして彼が立ち上がったもうその時には、アルゴンは眼前で次の斬撃を放っていた。


「うっ……」


 最早叫びを上げる余力すらなかった。

 立ち上がって1秒も経たないうちに、ビバダムは再び地に沈み屍同然と化す。


「ビバダムさんっ…!?」


「ビバダムっ…!」


 ヴィットとトレックの悲鳴が響き渡る中、ビバダムは身動き一つ出来ない体で朦朧と意識を紡いでいた。


(もう俺はこれで終わりなんだろうな……。怖い…怖くてたまらない……、今すぐにでも逃げ出したいのに体が少しも動かない……。でも…どうせここで死ぬんなら、逃げ出すなんて損だよな……。『逃げ出さない心』…、それこそが俺がレイチェル様から学んだ最もたるものじゃないか…。そうだ…、せめてこいつに俺のお師匠様の教えを食らわせてやるっ……)


 そんな中…


(ふん、半端に儂の剣を受け流したことで、僅かに命を繋いだか…。折角この儂が無理に苦しまぬよう一瞬で絶命させてやったというのにのう)


 そう心の中でボヤきながら、アルゴンは止めを刺すべくビバダムに剣先を突き付けた。

 一方のビバダムは動かないうつ伏せのまま、アルゴンをじっと睨み上げる。

 それは誰の目から見ても、全く無力な悪足掻きにしか映らないだろう。

 だがそんな細やかな抵抗が、思わぬ展開を生み出すこととなる。




「………………」


 気付けば、アルゴンがビバダムの真上で剣先を構えて、とうに1、2分が過ぎていた。

 アルゴンは無言のまま時間を忘れたように、自身を睨むビバダムを見据える。

 この時アルゴンの心中に浮かんでいたもの、それは…


『キャノ爺っ、お願いですっ!、今一度手合わせ願いますっ!』


 模擬剣片手に防具を纏い、全身土塗れになった麗しい少女…。

 それはかつての教え子である、幼き頃のレイチェルの姿だった。

 何度も打ち負かされても立ち向かう、彼女の直向きな眼光…、そして今のビバダムの矜持の眼光…。

 不覚にもアルゴンの中で、双方が重なり合ったようだった。

 アルゴンは獰猛な面を苦々しく歪めて、一寸でも情を芽生えさせてしまった自身への嫌悪を露わにする。

 そして構えていた剣先を地に下ろすと、トレックに向かって淡々と告げた。


「そこの魔導士よ、この者の治癒をしてやるが良い」


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