第25章 33.馬の名前じゃありません
一方、別動隊として行動するビバダム、ヴィット、トレック、ライズドの四人。
彼らはマルコンらの手引きで重装兵団へ倉庫に入り、手筈通りに重装兵の装備を纏った。
「ふう、この白銀の甲冑を纏うのも、えらく久しい感じだな…。まだ1年も経っていないはずなのに、数年も年月が経ってしまっているかのようだ…」
まるでかつての自身と対面を果たした心地で、無常感に耽るヴィット。
そんな中…
「何だよこれ…、くっそ重えじゃねえか…。術で身体強化しなきゃやってらんねえよ。よくこんなん着て戦えるよな…、バカみてえだぜ…。てか、俺のやつ小っさ過ぎだろ…、窮屈でしょうがねえ……」
「そう贅沢言うなよ…、マルコンさんたちが何とかこれだけ揃えてくれたんだ。何たって、最近兵団の人数が一気に増えて、武器防具がかなり不足してるって話だぜ?」
「ライズド、お前そう涼しい顔して言ってるけどな…、お前だって腹周りがギュウギュウだぞ? 少しはダイエットでもしろよな」
「……うっさいな…、てか触んなっ…。まあともかく、俺たち魔導士から見たらあまり合理的とは言えないよな…」
一応痩せようと努力はしているが今一つ結果が出ないライズドを揶揄いつつ、トレックは兵団の装備にケチを付ける。
すると…
「やれやれ、魔導士風情にはこの勇猛なれど気品溢れる造形美が理解出来ないらしいな。そもそも魔術の力に頼らねば甲冑すら碌に纏えぬとは…、“王国の剣” を標榜する者が聞いて呆れる」
トレックの言葉が大層癪に触ったようで、ヴィットは棘のある物言いで応戦する。
「ああっ?、何だとっ、てめえっ!? 大体てめえ、レイチェル様に忠誠を誓ったんじゃねえのかよっ?、何を敵の肩を持とうとしてやがるんだっ?」
「ふっ、愚問だな。確かに重装兵団は、俺も含めてゲネレイドの支配下で数々の過ちを犯した…。だからこそ俺は、これから先のレイチェル様の時代で、兵団を国家の平和と繁栄を守り人々に尽くすという、あるべき姿に変えて行きたいと切に思っている。故にレイチェル様への忠誠と兵団への誇りは決して相反するものではない。そんなことすらわからんとは…、お前はやたらと筋肉質だが、まさか頭の中まで筋肉が詰まってるのか?」
「こ…この野郎っ……てめえそう言って裏切るつもりだなっ! もう許せねえっ!、ぶっ殺してやるっ!」
「『ぶっ殺す』だと…?、魔導士風情が近接戦でこの俺に勝てるとでも? 面白い、どこからでもかかって来い」
「おうっ、上等だっ!、術なんぞなしでボッコボコにしてやんよっ!」
「お、おいっ、こらっ…、落ち着けトレックっ…」
「ヴィットっ、お前何やってんだっ…?、こんなとこで仲間割れしてる場合じゃないだろっ!」
一触即発のトレックとヴィットをそれぞれ必死に宥める、苦労人役のライズドとビバダム。
「ふん、ビバダムさんに免じてこの辺にしといてやる…」
「この野郎っ…、後で覚えてろよ…」
……………………
そんなこんなで、初っ端から先が思いやられる中、別動隊は王城へと移動を開始した。
歩くこと30分ほど…、王城正門前に到着した一行。
レイチェル率いる本隊が城の裏側から攻めるのに対し、こちらは重装兵を装って正面突破を図る。
「よし、行くぞ。姿勢をしっかりと正し、きびきびと歩け。雄々しい所作は兵団員の基本中の基本だからな」
ここで皆を率いるのは、元兵団上官であり、四人の中で城内の構造を最もよく知るヴィット。
至って妥当な人選と言えるが、トレックは酷く顔を歪めて甚だしい不平を露わにしている。
そんな彼のことなど構う暇もなく、一行は厳重に警固された正門を堂々と潜り抜けようとしたのだが……
「お待ちくださいっ、上兵様方っ」
「……ッ?」
重装兵の威光を盾に、難なく正門を通過出来ると確信していたヴィットだったが、思いがけず兵士に呼び止められる。
「何用だ?、我々は先を急いでいるのだが?」
「申し訳ございません、しかしこれは昨今の情勢上の理由から厳命されていることでして…。今この場で、皆様方の団員番号と所属隊とお名前を照会させていただきます」
四人を囲む兵士たちの目は総じて鋭い。
(ヤバいな…、こいつら俺たちのことを疑いの目で見ている…。ヴィットの名を出すわけにはいかないし…、どうする…ヴィット……)
早々に訪れてしまった難局。
ところが…
「私は団員番号21043、王都防衛団第1兵団第3隊隊長のグレイ・セイ・バルデックだ」
「王都守備隊隊長のバルデック様……、は、はい、確かに名簿にお名前がございます…」
「そして後ろの三人は右からそれぞれビバダム・グリンチャー、ベイル・アストロガ、ズッコケ・ノーキン。此度のアルゴン様の兵団改革によって、つい先日入隊が認められたばかりの者たちだ。故にまだ見習い同然であり、団員番号はなく所属も決まっていない。お前たちが持っているその名簿にも名は載っていないだろう。今からその考査も兼ねて、アルゴン様直々の面談に連れて行くところだ。その時間が差し迫っている…、あの方は大層お気が短い。我々が遅れた原因がそちらにあるとお耳に入れば、ただでは済まされんぞ?」
「し、失礼致しましたっ…、どうぞお通りください…」
数十人ものの兵士がサッと一斉に道を開ける。
ヴィットの見事な機転とアドリブにより、一行は易々と正門からの侵入に成功した。
こうして…
「助かったよヴィット…、でも『バルデック』って一体誰なんだ?」
「バルデックは俺の兵団時代の、部下であり友であった男さ。マルコンさんから兵団の現状を事細かに聞いててな…、やつが元気にやっていることに安心して、つい名前を出してしまった…。少々心苦しさはあるがな…」
「そうか…。ところで何で俺だけ本名出して、この二人は偽名を使ったんだ?」
「ビバダムさん、あんたは元は名もなき衛兵だ。故にその名を覚えている者は誰もいないだろう。だがこの二人は精鋭である魔導部隊の人間だからな…、名前を把握されてる恐れがあると思ってな」
「へえ、すごいな、そこまで考えてたのか…。お前剣の腕だけじゃなくて頭もすごくキレるんだな。ああ、さっきは甲冑のこと悪く言ってしまってすまなかったな…。デザインはすごくカッコいいと思うよ」
「……確かライズドさん…と言ったな…?、あんたは結構話がわかるやつじゃないか。横の筋肉バカとは違ってな」
「ああっ、誰が『筋肉バカ』だっ!、大体何なんだ、俺の名前を『ズッコケ・ノーキン』って、ふざけてんのかっ?」
「本当はもっと気が利いた名も考えていたんだがな…、流石におふざけが過ぎると思って出さないでおいた。例えば『マイカイ・シツレンヤロー』とか『ウザスギ・チャラオ』とか『ドスケベ・ノゾキマ』とかな」
「てっ、てめえっ…、それもうただの悪口じゃねえかっ! てか何で温泉旅行の事まで知ってんだよっ!?」
「静かにしろ、上官に向かって声を荒げる兵団員などいないぞ? 今は俺の指揮下であることを忘れるな。それと何度も言うが、姿勢をしっかりと正せ。おそらく先の正門で警戒されたのは、お前の所作に兵団員として不審な点があったからだ」
「ぐぬぬぬぬ…」
(くっそおっ、甲冑が窮屈すぎて思うように歩けねえんだよっ! 本当に後で覚えてろ…、この野郎……)
心中では怒りで燃え滾っていても、今この場ではヴィットの部下として振る舞うしかないトレック。
苛立ちのあまりに、最早折る勢いで歯をギリギリと軋る。
そんな彼に構うことなく、相変わらずのポーカーフェイスを保つヴィット。
だがその胸中は…
(アルゴン様がこの城内にいる…。いずれ対決は避けられないのだろうが、今ここで一戦交えるのは流石に分が悪過ぎる…。何とか遭遇することなく先に進みたいものだが…。気持ちとしても、今も尊敬して止まない師に刃は向けたくないしな…)
かつての恩師アルゴンへの複雑な想いが駆け巡る中、皆を引き連れたヴィットはただ前だけを向いて進んだ。
タイトルの意味がわからなかったらごめんなさい




