第25章 32.とある兵士の憂慮
その頃…、ここは王城内のゲネレイドの居室。
彼は兵士から状況報告を受けていた。
「賊軍どもが少数で王城に攻め込んで来ただとっ…!?、しかも一部情報ではそれを率いているのはレイチェル本人だというっ……。これは一体如何なることだっ!?、我が軍は何をしているっ!?、十人にも満たない小勢相手に何を苦戦しておるのだっ!?、そもそも王城への侵入を許すとは何事だっ!?」
「はっ、そ、それが…、通用門警固の兵どもが恐らくは魔術によって眠らされておりまして…、そこから侵入されたものと思われます…。そして重装兵団も魔導士隊もその主力は、現在敵軍討伐のためにフォッセルへ遠征中…、王都内の現戦力は平時よりもかなり手薄となっております…。しかも敵は少数と言えど、魔導部隊の精鋭など手練れ揃いのようでして……」
「何だとっ?、眠らされただとっ…、なんたる体たらくっ…! そもそも王都の防衛は何にもまして最優先されねばならんはずだっ!、それを手薄にするとは何事だっ!? ええいっ、どいつもこいつもっ、この無能どもめがっ!」
ガシャンッ!!!
「ひ、ひいっ…、も、申し訳ございませんっ……」
闇魔術への狂信が過ぎた結果、最早国王としての職務すら放棄してしまったゲネレイド。
自身が知らぬところで進行していた未曾有の事態に、その理不尽な怒りを花瓶と兵士にぶつける。
そんな中で、当たり前のようにゲネレイドの傍で佇む、彼の闇魔術の師グアバガ。
いつものように飄々とした素振りで口を開いた。
「恐れながらゲネレイド様、落ち着きなさいませ…。この兵士の方へお怒りになられても、過ぎたことは覆りませぬ故…」
「し、しかし老師様っ…、これが落ち着いてなどいられましょうかっ…? この王城に敵の侵入を許し、今この時にも我らの元へと接近しているのですよっ…?」
グアバガを完全盲信するゲネレイドも、流石にこれには声を荒げて反論する。
ところが…
「落ち着きなさいませ…」
「……ッ!?」
再度ゲネレイドを諭すグアバガ。
先と何ら変わらぬ嗄れた弱々しい声だが、何故かその声はゲネレイドの心臓を毒々しく脈打たせた。
「も…申し訳ございません老師様…。取り乱しました…」
暴君がこっ酷く叱られた幼子のようにしおらしくなる様を見て、その場にいた兵士は空いた口が塞がらない。
グアバガはゲネレイドになおも語りかけ続ける。
「ほほほほ…、おわかりになられればよろしいのです…。そしてご安心なされませ、ゲネレイド様…。外部が如何なる状況になっていようと、我々の “勝利” は揺るぎませぬ…。空の方をご覧になられませ…」
グアバガは窓の外を見るよう、ゲネレイドに促す。
禍々しい黒濁の空色は、さらにこの数十分でより一層の闇を纏っていた。
「おおおっ!、何と神々しく美しいっ…、魔神様の神明は、もうすぐそこまでやって来ているということかっ…! 流石は老師様…、何せ若輩者にて、浅略をお許しください…」
「お気になさらずとも結構にございます…。ともあれ、魔神様の神明による “真理の門” がいよいよ開かれるのです…。新たなる創世へのその瞬間を、我々は粛々とお迎えすることに致しましょう…」
いつしか二人は、その邪な外面を蕩けるほどに歪めさせていた。
その一方で…
(な、何なんだ…この二人は…。こんな気味の悪いドス黒い空が『神々しく美しい』だと…。それに『魔神様の神明』…、『真理の門』…、『新たなる創世』……、一体何を言ってるんだ…? ダメだ、完全に頭がイカれてる…。とてもじゃないが付いて行けない……)
ゲネレイドたちの会話を傍で聞いていた兵士。
到底理解が追い付かないその内容に恐怖すら覚え、今すぐにでも逃げ出したい衝動に駆られる。
だが、ここで部屋から飛び出してしまっては、ゲネレイドへの反逆だと見做されかねない。
何とか穏便にこの場から脱出するため、彼はすっかり上機嫌になったゲネレイドに話を振った。
「そ、それにでございます…、まだ城内には歴戦の猛者であられるアルゴン様と、その配下の方々がおられるはずです…。以前のガーミンでの一戦において、敵軍を完膚無きまでに叩きのめしたアルゴン様であれば、必ずやこの窮地を救って下さることでしょう…」
「そうかそうか、それは不幸中の幸いというものだな。あのやんちゃ爺め…、これまで散々数々の無礼に目を瞑り、好き勝手に遊ばせてやったのだ。その分も含め、ここは確と働いてもらうぞ、わはははっ…」
さらなる吉報を聞いて哄笑を上げるゲネレイドと、苦々しい引きつった笑みで調子を合わせる兵士。
「では老師様…、魔神様の神明を迎えるべく “特等席” へとご案内致します」
「はい…、参りましょう…」
最後兵士に一言も声をかけることなく、ゲネレイドはグアバガとともに部屋から出て行く。
こうして…
(王様は得体の知れない老ぼれに操られ、一方の人々は困窮に喘ぐ…。レイチェル領では人々は穏やかに暮らしているという敵側の宣伝は、まさか事実だったのか…。これからどうなっちまうんだ、この国は……)
「はあぁ……」
花瓶の破片が絨毯一面に飛び散る部屋の中で、兵士の彼は王国の未来を悲観してへたり込んだ。




