第25章 30.さよならクーちゃん
それから…
「ええっ〜、クーちゃんと同じデール族の人たちが住む島っ?、そこには竜が住んでるのっ?」
「うん、ヴェッタから乗った船が遭難して、海に投げ落とされて、気付いたらそこに流れ着いてたの。竜の他にも、見たことのない動物や植物や食べ物がいっぱいあったよ」
「それは大変だったわねぇ…。それにしても、まさかこの世に本物の竜が存在してたなんて…。でも竜って怖くないの…?、人を食べたりとかしないのかしら…?」
「たまに暴れる竜もいるけど、基本は人に危害を加えたりはしないみたい。あとすごく頭が良い生き物なんだって。だから里では大事に保護されてたよ?」
「森に竜の卵取りに行かされた時はマジで死にかけたけどな…」
「へぇ…、なんかすごい話ねぇ…。でも世界って本当に広いのね…。私も小さい頃から、書物では外の世界について色々勉強はして来たけど、クーちゃんたちは本当にその足で世界を回って来たわけだものね…。私もいつか世界中を旅してみたいなぁ…」
「大丈夫、また平和な世の中になったらどこだって行けるわよ。みんなと一緒に旅行でも行きましょ?」
「うん…、そうね…。ところで…、あの話……そのぉ…全…裸の人の話っていうのも本当なの…? いくらなんでも冗談よねぇ…? あ、わかった、私のこと揶揄ってるでしょ?」
「ううん…、信じたくない気持ちはすっごくよくわかるけど、残念ながら本当だよ…」
「今フォークは全裸のおっさんばっかでえらいことになってるよ…」
「そんな…、そんな馬鹿なことが……。世界中の国々と交流が生まれるのは喜ばしいことだけど、こんな弊害もあるだなんて…。やっぱりこの先、この王都でも流行り出しちゃうのかしら…。ていうかお姉様一体どうしちゃったのよぉ〜、そんなものに傾倒し出すだなんてぇ…。もしかしたらこれまでずっと “鉄の王女” としての重圧で、人知れず大きなストレスでも抱えていたのかしら…。妹の私が、もっと親身になって話を聞いてあげるべきだったのかしら……。そうだとしたら…、これはもしかしたら私にも原因がっ……ああああ…ど、どうしよう……」
「ちょ、ちょっと…、シエラ落ち着いて…?、あなたがそんなに思い詰めなくても……」
「王女様も大変だなぁ…」
………………………
そんなこんなで、積もりに積もった思い出話に花が咲く三人だったが……
「クーちゃん、リグくん、とても楽しい時間をありがとうね…。でも私のことならもう大丈夫だから…、あなたたちは早く先に行って?」
突然シエラは、感情に富んだ笑顔を落ちつかせる。
それはどこにでもいる年頃の少女から一国の王女へと、その顔を変えたようにも見えた。
「え…、どういうこと…?」
「この青のローブ……、あなたたちはもう、魔導部隊の一員として戦いに来たのでしょう? ならば早くお姉様の元に戻って、あの人に力を貸してあげて欲しいの…。それにクーちゃんのこのドレス、魔道審査会の時に着ていたものよね? 私の脳裏には、あの日のあなたの勇姿が今も強く焼き付いてるの。だから大丈夫…、あなたたちなら絶対にやれるわ」
「で、でも……」
シエラの言葉は理解出来るものの、それでも彼女のことが心配でならないクラリス。
後ろ髪引かれる思いで、煮え切らない態度を取ってしまう。
すると…
「えっ、シエラ……」
いきなりシエラは、衰弱した脚でバッと立ち上がった。
そしてピンと真っ直ぐにクラリスを指差し、姉レイチェルを彷彿とさせる覇気ある声で言った。
「おほんっ、クラリス・ディーノ・センチュリオン、ジオス王国第二王女シエラ・クレセント・ジオスの名において命じます。我が姉レイチェルの力となりて悪しき者たちを討ち、この王国と人々の未来を救うのです!」
一瞬きょとんとするクラリスとリグ。
だがシエラの胸の内を察したのか…、クラリスは「ふっ」と軽く息を抜くと彼女の想いに応える。
「はい、シエラ様の仰せのままに…」
クラリスはシエラの前で跪き臣下の礼を取った。
ところが…
「ぷぷぷぷ……ふふふふふ……」
「もう、ちょっとぉ〜、シエラが先に笑わないでよぉ〜。私すっごく恥ずかしいじゃない、あはははは……」
「ふふふふ…ごめんね、自分でもすごくおかしくって…。まさかクーちゃんがこんなにも乗って来てくれるなんて思わなかったから、ふふふふ…」
「わははははっ、なんだよぉ〜、二人とも。王女様って見かけによらず面白い人なんだなぁ〜、あははは…」
締まらない寸劇で、暗鬱な地下牢がパッと華やいで見えるほどに笑い転げる三人。
そんな屈託なく笑うシエラの顔は、やはりクラリスの記憶の中にいる彼女の顔だった。
こうして…
「じゃあね、シエラ…、私たち行ってくるね」
「王女様、ゲネレイドなんてやっつけて、またすぐに助けに来るからな。もう少しの辛抱だからな?」
「うん、二人とも気を付けてね」
シエラは気丈な姿勢を見せて、クラリスとリグを淡々と見送った。
二人の石畳を駆ける硬い足音が小気味良く響き、それは瞬く間に闇の中へと溶け込んでいく。
その刹那を体と心で噛み締めるシエラ。
いつしか彼女の温顔からは、ポロポロと大粒の涙が零れ落ちていた。
そして…、深閑とした地下牢の中でさえ、掠れて消えてしまうほどの弱々しい声でこう呟いた。
「さよなら…、私の初恋の人……」




