第25章 25.最強の助っ人?
こうして、正門の物々しい警備も潜り抜け、ついに夢にまで見た王都へと帰って来た一同。
しかし…
(な、何だ…、この有様は…。これがあの繁栄を謳歌した王都だというのか……)
(見慣れた風景なのに…何と言うか…、まるで空気の色が違う……)
(たった一年で、こんなにも変わってしまうなんて……。それにここに来て空の色が…、こんな不気味な雲模様見たことないぞ…)
確かに僅か一年では、街並み自体には大きな変化はない。
だが塵埃を重く含んだ空気…、路上に散乱したゴミ…、あちこちに彷徨く野犬…、そこはかとなく立ち込める異臭……。
まるで街全体が瘴気に覆われたが如くの有様に、一同は言葉を失った。
街の人々も窶れた顔で俯いたまま、あたかも徘徊しているように歩いている。
そしてちょうど上空には、黒濁の巨大な巻き雲が禍々しく蠢動していた。
(そんな…、これが私たちが過ごした王都だなんて……)
眼前の光景に、遣る瀬なさに打ち拉がれるクラリス。
ところがその時…
(……ッ?、あれってっ……もしかして……)
ふと彼女の目に映ったもの…。
それはこんな状況でも朗らかに笑っている、赤褐色の髪にそばかすが特徴的な逞しい顔付きの少女。
何より、友人との会話での良く通るハキハキとした声は、クラリスの記憶にピンポイントで直撃した。
(そうだ…、つるっ禿げの副船長さんたちも言ってた…、『お金が貯まって王都の学校に行った』って……間違いないっ)
「マーサさっ……んぐっ……」
衝動的にマーサの名を叫ぼうとしたクラリスの口を、咄嗟に塞いだレイチェル。
一方、マーサは何者かに自身の名を途中まで呼ばれて、キョロキョロと周囲を見渡していた。
「あなたは何をしているのですかっ。我々は隠密行動を取っているのですっ、勝手な行動は許しませんよっ?」
「ご、ごめんなさいっ……」
「……あの少女は、あなたのお友達ですか?、クラリス…」
「は、はい……」
「そうですか…。こんな苦しい時にもかかわらず、健気に笑顔を絶やさない……、とても強い心を持った子ですね…。あの子たちのためにも、我々は頑張らねばなりませんよ?」
「はいっ…」
クラリスを厳しく叱るも、次には表情を優しく和らげて彼女を労わるレイチェル。
逆境に負けず、強い心で立ち向かう…、心なしかそんなマーサの姿がクラリスと重なったようでもあった。
そうこうして、今後の作戦の打ち合わせのため、人気のない場所へと移動した一同。
ここまで別行動を取っていたマルコンもそこに合流する。
「ここからは二手に別れて行動します。まず第一隊は重装兵団の倉庫に移動…、そこで装備を整え、重装兵に扮して堂々王城正門から乗り込みます。重装兵であれば、衛兵たちに怪しまれることなく先に進めますからね…。兵団倉庫の方は、すでに我々が押さえているので心配はありません。そしてそこまでの道案内は…、ビバダム、ヴィット、君たちにお任せしよう。何でもビバダム…、君は以前兵団倉庫に忍び込んで、装備品を拝借した経験があるそうではないか…」
(いっ…、な、何でそんなことまで知ってんだっ……この人……)
マルコンの底知れぬ情報網に、思わず背筋が寒くなるビバダム。
そんな彼の反応を楽しみつつ、マルコンは淡々と話を続ける。
「そして残るもう一隊は、王城端の通用門から潜入します。ただ正直に申しますと、これが中々に困難な作戦になるやもしれません…」
「『中々に困難な作戦』……どういうことですか?」
「最も端の門とはいえ、そこですら厳重な警固が敷かれています。そして現在、王城内にいる我々の仲間は十数人程度…。王城内部からの工作を行うには、あまりにも心許ない人数です。一応私もこれから城内に戻り、警固を無力化出来るよう試みてはみますが……」
「なるほど…、最悪強行突破も止む終えないということですか…。先はまだまだ長い…、今の段階ではしたくなかったのですが……。わかりました、マルコン、頼みましたよ?」
先の展開に暗雲が立ち込め、珍しく表情が陰るレイチェル。
するとその時…
「あの…、レイチェル様、一つよろしいでしょうか…?」
唐突に、ビバダムが意見を申し出た。
「何ですか?、ビバダム」
「はい…、以前にレイチェル様の命でアリアさんが私を試験した時、“迷彩結界” なる姿を見えなくする術を使われてました。これを使えば、誰にも見つからずに城内に忍び込めるのではないでしょうか?」
ビバダムは自身の提案にそれなりに自信があったのだろう。
だがそれを聞く皆は、小難しい顔で押し黙ったままだった。
『それで何とかなるのなら苦労などしない』とでも言いたげである。
レイチェルに代わって当事者のアリアが返事を返す。
「残念だがそいつは無理だな。迷彩結界っていうのは光の屈折を操って、自身の姿を周囲の景色に溶け込んでいるように見せてるだけなんだ。だから動くと屈折のズレから残像が生じてしまって、そこにいるのが丸わかりになってしまう…。アイシスさん、アンタもそうでしょう?」
以前の “覗き事件” のこともあって、アイシスが迷彩結界を使えることを知っているアリア。
同意を求めるつもりでふと尋ねる。
ところが…、返って来たアイシスの答えは、稲光すら見えた曇天を真っ青な晴天に一変させてしまった。
「へっ…、そうなのぉ?、私は別に姿隠しながらでも移動できるけど…。そりゃまあ、高速で移動してたらちょっと厳しいけど、普通に歩くぐらいだったら全然問題ないわよ? 動くと同時に、体を次の瞬間の風景に合わせたらいいだけの話だし…」
「え………ええええっ…!?」
驚愕のあまりに、その反応すら数秒遅れてしまった一同。
「ほ、本当ですかっ…、アイシスさんっ…!?」
「マジかよっ…すげえな……」
「レイチェル様っ……これは……」
「え、ええ…、我々は実はとんでもない存在を味方に付けていたようですね……」
「失われし魔導民族デール族…、その長の血を引く者……、よもやこれほどまでとは……」
皆の視線が一斉にアイシスに集まる。
それは決して、ここ最近の変質者を見るような、鬱陶しげな奇異の目などではない。
およそ2ヶ月前…、エルパラトスで “聖女” として奇跡を起こした時と同じ、崇敬を帯びた目であった。
「え〜、なになにぃ〜、私もしかしたら、今すっごく頼りにされてる的な感じぃ〜? もう〜、私のこと大事に思ってくれてるんだったら、正直にそう言ってくれればいいのにぃ〜、みんないけずねぇ〜。こんな崇められる目で見られるの久しぶりだから、お姉ちゃん嬉しいぃ〜!」
………………………
それから小一時間後…
(うえ〜ん……どうしてこうなっちゃうのよぉ〜……)
迷彩結界で “透明人間” と化したアイシスは、一人王都のど真ん中に放り出されていた。
 




