第25章 24.ついに王都へ
こうして、それぞれ指定の格好に変装して出立の準備を終えた一同。
ちなみに彼らの武具防具などの元の装備品は、先にマルコンの仲間たちが港外に運び出している。
団体ではさすがに怪しまれるので、一行はいくつかのグループに分かれ間隔を空けて正門に向かった。
まずトレック、ライズド、戦場記者ロッソは、無難に三人連れの港湾人足に扮する。
アンピーオは一人、月理教の神官となった。
地に這いつくばったゴミ虫のような人生に打ち勝ち、人として一層の熟成を経た彼。
神の教えの下、迷える人々に生きる道を説く聖職者は、案外性に合っているのかもしれない。
ビバダムとヴィットは、先にマルコンが告げた通り兄弟という設定だ。
「ヴィット、ちゃんを俺の腕に捕まってろよ? 今のお前は目が見えないんだから…」
「あ、ああ…、言われなくてもわかってるよ……」
(今、俺の全てはビバダムさんに委ねられてる…、何でこんなにも胸がドキドキするんだ…? ビバダムさんの体温がそのまま俺の体温に流れ込むほどに体が熱い……)
「な、なんだ…、何だか息が荒いぞ…ヴィット…」
「え…、ああ…、慣れないことをしてるもんでな…、ちょっと疲れが出てるだけさ……はははは……」
……………………
次にヘリオとアリア…、二人が扮したのは名門商家の主人夫妻。
そのため、他の面々と比べて清潔で華美な装いをしている。
「うへぇ…、スカートなんてガキの頃に穿かされた以来だ…。この股がスゥスゥする感じが嫌なんだよなぁ……。このドレスみたいなヒラっヒラなやつも恥ずかしくってしょうがない…。男に扮してた方がよっぽど楽だよ…。あ、おいっ、こらリグっ、笑うな!」
「おいアリア…、言葉遣いに気を付けろ。今のお前はあくまで良家の奥様なんだからな。それにお前は元々綺麗な顔立ちをしてるんだ…、この格好だってすごく似合ってるさ」
「な、何なんですか…ヘリオさん……、こんな時に変なこと言わないでくださいよ…。そりゃまあ、アタシだって女なわけだし…、嫌な気分じゃないですけど……」
「ふっ…、心なしか少しはお淑やかになって来たんじゃないか? まあ俺はどんな “顔” のお前も好きだけどな…」
「もうっ…、アタシを口説いてるんですか…、からかうのもいい加減にしてくださいよぉ………嫌じゃないですけどぉ……」
何の偶然か悪戯か…、設定を超えて “いい感じ” が醸成されてしまう二人であった。
さて残るは五人…、まずブリッドとリグとマリンがグループを組まされたのだが……
「うーん、やっぱり自分で女装するのは何だか変な感じだな…。でもまあこれも任務、割り切らないとね。リグちゃーん、ママでちゅよぉ〜」
「ひっ、ひいいいっ……」
なんと女装したのはリグではなくブリッド。
元が中性的な美青年だけあって、骨格にやや違和感があるものの十分麗人の域に達していた。
身も心も母になり切って、ブリッドは愛しの我が息子を強く抱き締める。
「ちょっとっ、アンタやめなさいよ!、リグくんが嫌がってるでしょ!」
リグの死んだ顔を見るに見かねて、横から厳しく注意するマリンであったが……
「あはははっ、そんな格好で言われたって何も説得力なんかないよ。でもお前にはお似合いだな、ははははっ…」
「うううっ…、私だって好きでこんな格好してるんじゃないもんっ……、何でこんなことに……ううううっ……」
ブリッドに鼻で笑われたマリンの装いは、これでもかとレースが施されたフリフリのドレス。
箱の中に入っていた謎の女児服…、それはマリンに充てがわれたものだった。
実はこの三人、母ブリッド、息子リグ、娘マリンという設定である。
そしてそうなると、最後に残ったのはレイチェルとクラリス。
二人にも母娘の設定が与えられたのだが…
(ど、どうしよう…、レイチェル様と二人っきりだなんて……。もしミスでもしちゃったら……)
相手がレイチェルとあって、クラリスは酷く緊張頻っていた。
すると…
「クラリス…、私の顔をしっかり見なさい」
「は、はいっ……」
レイチェルはクラリスにそう強く促して、自身と目線を合わせさせる。
「あ、あの……、私…何か粗相でも……」
レイチェルの感情が見えない表情に、ますます不安が募るクラリス。
ところが…
「えっ…?」
レイチェルは不意にクラリスをそっと抱き締める。
「何も不安がらなくても大丈夫ですよ…クラリス…。今この瞬間だけでも、あなたは私の可愛い子です。だから…、母である私のことを信じて、全てを委ねなさい…」
(レイチェル様の胸の中…、すごく温かくて落ち着く……。それでいて、すごく優しいような、何となく悲しいような切ないような……。この感じって…お姉ちゃんにもあったけど……、何だろう…もっと懐かしいような……)
「お母さん……」
レイチェルの肌から直に伝わる彼女の母性が、クラリスの失われた記憶の復元に一役買ったのかもしれない。
いつしかクラリスは、レイチェルの胸の中で無意識にそう言葉を漏らしていた。
「そうです、お母さんですよ…」
クラリスの夢心地の顔を見て、すっかり母親役に没頭した様子のレイチェル。
ただ、愛おしそうにクラリスの頭を撫でる彼女の姿は、決して役に徹しているからだけではなさそうだ。
それから、なんやかんやで無事正門を突破して、港外へと脱出した一同。
先に兵士たちに連れられて出ていたアイシスとも合流する。
あの仕打ちが相当応えたのか…、珍しくクラリスに絡んだりなどせずに、暗く俯いて何やらブツブツ言っている。
さすがにこれには、皆も心苦しさを感じずにはいられないようだ。
そんなこんなで歩くこと1時間弱…、ついに一行の眼前に、広大な王都を取り囲む壮観な外壁が現れた。
「おおっ!、ついに王都だっ…!、やったなっ、クラリス!」
「うんっ…、本当に戻って来たんだね、私たちっ…」
「うおおおっ、一気にテンションが上がって来たぜ!」
「うううっ…、何だろ……急に涙が……うううっ……」
「はぇ〜、おっきい……。確かにこりゃあ、フォークの街の比じゃないわねぇ……。」
感慨…、歓喜…、郷愁…、驚嘆……、各人各様に万感の想いが込み上げる一同。
「これ、皆の者っ、平静を保ち粛々と行動しなさい。ここは依然敵地なのですよ?」
そんな彼らを、敢えて厳しく律するレイチェル。
とはいえ、それらの想いが一番に胸に迫っているのは彼女本人であるということは、ここにいる誰もがわかっていた。




