第25章 20.お楽しみいただけたかな?
レイチェル率いる特務隊を乗せた本隊船と、随行するアスタリア号がフォークを発っておよそ半日。
「そろそろユミディ川河口に差し掛かる頃でしょう…。この先に展開する敵船群にこの船を紛れ込ませて、敵船の注意を全てアスタリア号に向けさせる…。ここで失敗すれば全てが水の泡です。皆、絶対に外に顔を覗かせてはなりませんよっ?」
船内により一層の緊張が張り詰める中、レイチェルが皆に厳しく注意を促す。
こうして本隊船は、アスタリア号の巨大な船体の背後に姿を隠して航行する。
そして…
(いよいよ敵船群が見えて来たな……まだだ…もう少し……あと少し………よしっ、ここだ!)
軽量化の末、魔導通信機器が取り外されたため、現在アスタリア号との連絡が取れない本隊船。
操舵するマルコンは、周囲の状況を瞬時に見極めて、まさに直感で船を船列から離脱させる。
アスタリア号の威容に驚き慄いて右往左往する敵船群に、見事本隊船を紛れ込ませた。
一方のアスタリア号…
「おおっ、アスター様、無事あちらも敵船群に合流したみたいですねっ!」
「うむっ、確かマルコンと言ったか…、何と見事な状況判断と舵捌き…、是非我がチームアスタリアに欲しいものだな」
「本隊船の操舵手として名前だけは聞いてましたけど、一体どんな人なんでしょうねぇ…?」
「というか、出航前に港にそれらしい奴なんていたっけ…?」
マルコンが見せた妙技に舌を巻くアスターと部下たち。
同じ船乗りとして、謎に包まれた彼の存在が甚く気になるようだ。
「それよりも、いよいよここからが俺たちの仕事ですねっ、腕が鳴りますよ!」
「はははは、それは結構なことだ。とはいえ、我々とて決して無理を冒す必要はない。本隊船が海域を離れてユミディ川の彼方へと消えれば、そこで我々のお役は御免だ。それまでせいぜい、この時代遅れのオンボロどもと遊んでやると良い!」
「おおっ!!!」
久々の活躍の場を前にして、血気漲るチームアスタリア一同。
「よおしっ、まずは誉れ高き王国軍の諸氏に、ご挨拶代わりの祝砲をくれてやれっ!」
ダアアアンッ!、ダアアアンッ!、ダアアアンッ!
ドオオオンッ!、ドオオオンッ!、ドオオオンッ!………
アスタリア号の威嚇発砲に対し、すでに臨戦態勢に入っていた敵船たちは即座に攻撃を開始した。
細波が絶え間なく流れていた穏やかな海面は、一瞬にして砲弾が飛び交う大時化と化す。
そんな中で、けたたましい砲音とともに、激烈な戦いの空気がビシビシと伝わる本隊船内。
「きゃっ…、すごい音……」
「いよいよ始まったようだな…。大丈夫だ、アスター様たちを信じろ…」
不安に慄くクラリスをそっと抱き締めるアリアであったが、そこに忍び寄る影が……
「うへへへ…、大丈夫よ、クラリスちゃん…。お姉ちゃんが………」
ゴツンっ…
「なによぉ…、私まだなーんにもしてないじゃない……。殴られてすぎて、私これじゃあ頭パァになっちゃう…ううう……」
……………………
さて、なんやかんやで相変わらずの特務隊一行を他所に、チームアスタリアの奮迅はなおも続く。
「くそぉっ、何なんだっ、この巨大船はっ…? 攻撃を仕掛けて来たと思いきや、その後はぐるぐると逃げ回っているではないかっ…、一体何が目的だっ…?」
「こんなにもデカいのに、なんという敏捷性っ…。頻りに黒い煙を吐いてるが、一体どうやって動いてるんだっ…?」
「この巨大船…、以前この沖で我が軍と交戦した不審船ではないかっ…? そして西側の海洋でも度々目撃情報があったという……。やはり賊軍に属するものなのかっ……。しかしどのようにして、奴らはかような巨大船を手に入れたというのだっ…?」
「4号船っ、8号船っ、11号船は右に回り、敵の進路を封鎖せよっ! 3号船っ、10号船は左に回れっ!」
魔導通信で緊密に連絡を取り合い、まさに人海戦術でアスタリア号包囲を試みる敵船たち。
だがそんな彼らを弄ぶようにして、アスタリア号はその巨大な船体を華麗に立ち回らせる。
「うっ、うわあああっ…!、ぶつかるっ…!」
「おっ、おいっ…!?、こっち来るなぁっ…!」
ドガンッ!
アスタリア号の機敏な動きに対応し切れずに、自軍同士で衝突する船まで出て来た。
そうこうして、小一時間後…
「アスター様っ、艦橋の大型望遠鏡からも本隊船の姿は確認出来ません! 無事海域から脱してユミディ川を上ったものと思われます!」
「うむっ。では名残惜しいが、お楽しみの時間はこれにてお終いだ。我々があとすべきことは、あの方々の御武運を祈ることのみだからな…」
「そうですね。ただそれにしても、なんか物足りなかったですねぇ。もうちょっと楽しませてくれると思ってたのに……」
「まったくだ。こんなんじゃ、顎髭の大将たちの方がよっぽどすげえや。王国軍が聞いて呆れるぜ」
「はははは、そういうことを言うものではない。慢心は己の身を滅ぼす元だ。それに何より、如何なる結果で終わったにせよ、相手方を敬う心を忘れてはならない。さあて、立つ鳥跡を濁さず…、最早役目を終えた我々は早急にこの場を立ち去るとしよう。最後に、我々の消閑にお付き合いいただいた王国軍の諸賢に、感謝と敬意の祝砲を!」
ボオオオンッ!、ボオオオンッ!、ボオオオンッ!
それぞれ青赤黄で着色された三発の空砲を放ったアスタリア号。
さらにそこには大量のビラも仕込まれており、高く上空に舞い上がったそれらは灰雪のように敵船群に降り注ぐ。
さて、ビラに書かれてあった内容とは…
“チームアスタリア参上!”
“女神の国から月の神の国へこんにちわ”
“ヴェッタの男をなめんなよ!”
……などなど。
実はこれ、アスタリア号の皆が各々の思いの丈を書いたものである。
「くそっ、奴らどういうつもりだっ……。『ヴェッタの男』だと……、ヴェッタってどこだ…?」
「『コケコッコー食堂のチキンの壺煮込み食いたい』…、『レティーナちゃんかわいい』…、こっちのには『ボヨヨン先生新刊まだか?、仕事しろ』……な、何なんだこれはっ……、ふざけてんのかっ…!」
「俺が拾ったやつには『全裸男パワーで世界平和!、全裸になればみんな友達!』って書いてあるぞっ…? くそぉっ〜、“全裸男” って一体何なんだよっ、すげえ気になるじゃねえかよっ…!」
アスターが仕組んだ粋な演出に、狐につままれたが如くの王国軍の面々。
そんな彼らを残して、アスタリア号は颯爽とフェルト方面に向けて南下して行った。




