第25章 17.マルゴスに受け継がれたもの
こうして、激戦の残骸が無常に放置された橋上にて…
「……しょうっ…、師匠っ……」
「………っ?、な、なんだ、レーンか…」
「『なんだ』ってなんですか…。そんなことより急ぎますよっ?」
「『急ぐ』って…、何をだ…?」
「はぁ…?、なーに言ってるんですか…。敵の増援が来る前に、一刻も早くここから立ち去るに決まってるでしょうが…。本当に大丈夫ですか?、師匠…。もしあれだったら、調子が治るまで俺が車運転しますよ?」
「あ、ああ…、すまないな…」
魔術を発動した影響で、思考が未だ覚束ない状態のマルゴス。
しばらく彼の代わりにレーンがハンドルを握り、難所を突破した一行は再び王都を目指す。
ちなみにここまで、ずっとレーンの膝上に腰を掛けていたフェニーチェ…。
体力自慢のアルタスがその代役を買って出たのだが、本人が顔を真っ赤にして『いやだ〜!、いやだ〜!』と喚き散らすので、止むなくバラッドが “椅子役” を引き受けた。
大好きな “お兄ちゃん” の上に乗って、ご満悦な様子のフェニーチェだが……
(ううう…、育ち盛りのせいなのか、以前にも増して重くなった気が…。レーンさん、よく文句の一つも言わずにやってくれたなぁ…。本当に申し訳ない……)
兄バラッドの妹への苦労はまだまだ続く。
それから数時間後、ようやくマルゴスも調子を取り戻し、レーンと運転を交代した。
フェニーチェは大層不機嫌そうに頬を膨らますが、その割には素直にレーンの体にぴょこっと乗っかる。
そして走り出してそう時間も経たないうちに、いつもの如くすやすやと眠りに落ちた。
そうこうして…
「いやぁ…、皆心配をかけてすまなかったね…、もう大丈夫だ。レーンも運転を代わってもらって助かったよ」
「まったく…、一時はどうなることかと思いましたよ。ついに呆けが始まっちゃたのかなってね」
「失礼なやつだな、お前は…。僕は研究者としてはまだまだ若い方だぞ!」
「そんなに怒んないでくださいよぉ…、冗談ですってば…。そんなことよりさっきのアレ…、あれってやっぱり魔術ですか…? 師匠、『自分はもう魔術は使えない』って言ってたじゃないですか…」
「ものすごい魔弾でしたよ…?、あんなの撃てるのターニーぐらいじゃ……。 ずっと魔術から遠ざかっていても、やっぱり本家の血はしっかり残ってるんですねぇ」
「マジヤバかったっす!、マジ半端ねえっすっ!」
マルゴスが放ったあの魔弾について、大いに盛り上がる一同。
「ううむ…、君たちの関心に応えたいやりたいのは山々なんだが、生憎あの時の記憶は全く残っていないのだよ…。ふと我に返ったら、もうあの状況だった。普段など、魔術を使おうと試みても魔素の感覚すら掴めない有様なのにね…。本能で発動していたのだろうか…、まったく、奇怪なこともあるもんだな…」
「そうなんですね…。でもあれだけの術を使えるなんて、才能が眠っているのは確かですよ。どうですか、これを機に魔術も修めてみるとか? 父が魔術教室経営してますし、是非協力しますよ?」
「いいじゃないですか、師匠。やりましょうよっ。せっかくの才能、そのままにしとくなんてもったいないですよ!」
「うおおおっ、かっけえっす!」
「はははは…、君たち、あんまり大人を茶化してはいけないよ。魔術とはもう数十年来、目すらも合わせていないんだ。いくら本家の血筋があったと言っても、勘を取り戻すまでには何年もかかるだろう。研究者として生きると決めた僕にとって、それはあまりにも非合理的で生き方だとは思わないかね? まあそれを酔狂と言うのかもしれんが、いずれにせよ僕には似合わない生き方さ…」
逸るレーンと子供たちを、マルゴスは程々にはぐらかす。
ところで、そんな彼の心中は…
(確かに記憶はないが…、魔弾を放った時の手の感覚ははっきりと残ってる…。あの頃の感覚と全く一緒だ……)
センチュリオン本家の三男として生まれ、宮廷魔導士として将来を大いに嘱望されていたマルゴス。
幼き頃より、父ジアントや兄アルテグラたちの下で、厳しい修行に明け暮れていた。
その後、魔導工学研究者の道を志すと決意した彼は、家も故郷も捨てて単身フェルトへと渡っただが……
(やりたいことも満足にさせてもらえずに、毎日毎日魔術の修行をさせられて…、上手く出来なかったら体罰まで振るわれて……、今振り返っても本当にロクでもない年少時代だった…。今でもあの人たちへの恨み辛みを挙げたらキリがないが……それでも言わせてもらうよ……。ありがとう…父上…兄さん……)
子供時分に父と兄から徹底的に叩き込まれた魔術が、何の因果か、今の自身にとって掛け替えのない存在を救った。
未だ彼らに対して屈折した感情が消えない、へそ曲がりなマルゴス。
だがこの時だけは、彼は心の奥底から感謝の念を抱くのだった。
マルゴスたちのエピソードはとりあえずここまでです。




