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とある魔導士少女の物語   作者: 中国産パンダ
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第25章 11.特務隊出陣

 その頃、アスタリア号。

 巨大船故に港に接岸出来ず、数十メートル沖で係留された状態で、出航の時を今かと待っている。

 その甲板上から、彼方へと続く大海原を万感の思いで見据えていたのはアスターだった。

 すると…


「あっ、アスター様、こんなとこにいらしたんですか? そろそろ出航ですよ、早く艦橋に行かないと…」


「ああ、すまない…。ただこの船に乗り込むのも久々なせいなのか、ここに至るまでの様々なことが一気に脳裏に去来してしまってな……、暫し感傷に浸っていたところだ…」


「まあそうですね…。俺たちがヴェッタを()ったあの日…、まさかこんな形でこの国と命運を共にすることになるなんて、夢にも思いませんでしたもんね……」


 アスターに感化させられたのか、彼と共に生死の境を掻い潜ってジオスの地にやって来たこの男も、神妙に回想を口にした。

 そうこうして…


「ところでアスター様…、やっぱりあの顎髭の大将たちは来ないんですね…」


「ああ…、あの者たちと共に、新生チームアスタリアとして一団となって戦いたかったが…、彼らにとって父同然であるフューリー殿があのようなことになってしまったからな…。その最期を看取る……、それは “子” として当然の義務であり権利だろう……」


「そうですね…、赤の他人の俺たちがとやかくいうべきことではないですね…。ならば、フューリーさんへの手向けのためにも、残った俺たちは絶対に勝利に貢献しないといけないですね!」


「うむっ、良い心構えだ。此度の我々の役目は敵船群の囮となって、本隊艇を逃すこと…、極めて危険な任務となろう…。しかしかような難局においてこそ、我々チームアスタリアの本領が発揮される時だ。我々なら出来るっ……私は早くも海の男としての血が騒いで仕方がないよ」


「さすがはアスター様っ、一生付いて行きます!」


 ヴェッタの男の矜持を漲らせて、アスターたちは強い足取りで艦橋へと向かった。




 時同じくして本隊艇…


「レイチェル様っ…、お待ち致しておりました!」


 ヘリオが張り上げた声で、やや弛緩気味だった船内の空気は厳粛に正された。

 フューリーとの対話を終えたレイチェルが、戦場記者として同行するロッソ・パンテリアを従えて乗り込んだのだ。

 緊張に包まれる船内…。

 ただその “緊張” は決して強いられたものではなく、各々の士気の高さによって成されたものでもあった。

 皆の顔付きを見て、レイチェルは満悦そうに一瞬凛々しく微笑む。


「皆の者、よく聞きなさい。此度の作戦に我が国の興廃が懸かっています。そしてそれはこの国に住む人々の幸せと未来に他なりません。皆、家族でも愛する人でも何でもいい…、己にとって大切なもの、守りたいものを強く思い浮かべなさい。それがこの困難な作戦に挑む自身への大きな後押しになってくれるはずです。我が下に集いし勇士たちよっ、我々の手で偉大なる勝利を掴み取るのですっ!」


「おおおおっ!!!」


 狭い船内に、レイチェルの檄と皆の雄叫びがけたたましく響く。

 反響で船体が微振動するほどだ。

 そんな中で一転、レイチェルはロッソに言葉をかけた。


「ロッソ殿、先ほども申した通り、この作戦は極めて困難を伴ったものとなります。我々としても不本意ではありますが、いざという時、文民であるあなたを戦火から守ることは出来ないでしょう…。それでも…あなたは我々に同行すると言うのですか?」


「はい。私は真相を世界に伝えるためにこの地にやって来ました…。我が身を惜しまず、時には巨悪に立ち向かい真実を追い求める……これこそ我が社で長きに渡って受け継がれる、報道人としての精神です。確かに戦力としては皆様のお役に立てないかもしれませんが、私には私だけの武器があります。誤解を恐れずに申し上げるのならば、私もこの地に戦いに来ているのです」


 戦闘経験などない一民間人に過ぎないロッソだが、その目は鉄の王女の瞳を寸分の狂いもなく捉えていた。


「なるほど…、武力を用いない “戦い方” ですか…。確かにこれから先の時代では、そのような手段も重要となって来るのでしょう…。よろしい、あなたの矜持、確と受け取りました。是非、我々の戦いを世界に伝えてください」


 ロッソのジャーナリストとしての覚悟を認めたレイチェル。

 ところでその時…


 ザッ…


 突如船内に現れた謎の人影…、レイチェル以外の一同は一斉に視線を向ける。

 そこにいたのは長身で切長の目に眼鏡を掛けた、笑顔が似合わない冷淡な面持ちの男…。


「せ、先生っ…!?」


「うげっ…、うっそだろ……?」


「あ、アンタっ…!?、なんでここにっ…?」


「あらぁ?、この人どっかで見たことあるような…」


 その男の顔を知る者たちは、各人各様の反応を見せる。


「遅かったですねぇ、マルコン…。てっきり来ないのではないかと思ってしまいましたよ?」


「ふっ、それは失礼を致しました。いえ…、随分と中で盛り上がっている様子でしたからね…、余所者の私がお邪魔しては悪いかと思いましてね……」


 そう…、彼の名はマルコン・スピア・ゴルベット。

 “ビアンテ先生” ことクラリスの学院での元担任であったが、実はその正体は前王デュラの直属の密偵。

 忠誠を誓った主君の無念を晴らすため、一人間諜として王国軍に潜入していたはずだが……


「あのうっ…、何で先生がここに…?」


「クラリス、聡明な君としたことがわからないのか? 君たちはどうやってこの港から出るのか…一瞬でも考えたことはないのか?」


 相も変わらず、嫌味が効いた婉曲的な物言いをするマルコン。


「はぁっ?、何なんだよっ、こいつ!、いきなり現れて訳わかんねえこと言いやがって!」


 いけ好かないマルコンに、窮屈でただでさえイライラしていたトレックが声を荒げる。


「落ち着きなさいっ。すでにアスタリア号側は準備が整っています。我々の下らぬ(いさか)いで出港を遅らせるつもりですかっ?」


 レイチェルに厳しく窘められて、トレックはその大きな図体ごとシュンと落ち込ませる。


「まあ良いでしょう…、簡潔に理由を申しますと、この者マルコンに船の操舵を一任します。この者は密偵として活動するに当たって、多岐に渡る技能を習得していますからね…。さらに申せば、我々が軍港に到着してからの行動の段取りも考えてくれました。故に、我々はこのマルコンに感謝をしなくてはなりませんよ?」


 レイチェルは皆の前で、マルコンを大いに持ち上げる。


「そんなにお褒めに与っても、私はあなた様に忠誠を誓うつもりは一切ございませんよ…?」


「ええ、それで構いません。今は私とあなたの利害が一致しているに過ぎない…、そして私もあなたの主君である父を崇敬している……、それだけで十分でしょう?」


「ふっ…、そうですな……()()()……」


 仏頂面を心なしか緩めたマルコンは、仄めかすようにして言葉を濁した。




 一方、アスタリア号…

 港に接岸出来ないため、距離にして数十メートル離れて停泊している同船と本隊艇。

 艦橋ではアスターが、相手からの出航準備完了の合図を今か今かと待ち構えている。

 ちなみに実は本隊艇…、一分一秒でも早い軍港へ到着が求められるため、元の軍船に対し徹底的な軽量化が図られていた。

 一見確認出来る2門の火砲は、なんと厚紙と木板で作られたハリボテだ。

 そして搭載されていた魔光通信機器も、任務に必要なしと判断されて取り除かれている。

 そんなわけで、現在アスタリア号とのやり取りは、旗信号を用いて行われていた。

 すると…


「アスター様っ、あちら側から赤旗が上がりましたよっ…!」


「うむっ、やっとだな!、碇を上げろぉっ!、アスタリア号出航だぁっ!」


 久々に自身が先陣を切る出航の号令に、アスターの喜びは一入(ひとしお)だ。


 ボォーーー!、ボォーーー!………


 汽笛の重低音が早朝の港に仰々しく響く。

 その音で海鳥たちは目覚めの悪い朝を迎えたようで、彼らの不平の叫びがそれに続いた。

 鯨のように悠然と海原へと()っていくアスタリア号…、それを小判鮫のように追う本隊艇。

 それを見送る港に集まった大勢の人々は、多かれ少なかれ心の中で祈りを捧げることしか出来なかった。


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