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とある魔導士少女の物語   作者: 中国産パンダ
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第25章 6.託すものと託されるもの

 さて、会場の一角でそんな余興?が繰り広げられている中で、他の特務隊に選抜された面々は各人各様の時間を過ごしていた。

 ビバダム、ヴィット、ヴィーボの三人組と会話を交わすヘリオ。


「どうだ?、ヴィット…、己の気持ちに整理をつけることは出来たか?」


「はい…、この節はご心配をおかけして申し訳ありませんでした。己の過去を償うためにも…、そして何よりこの国の…あの子たちの未来を守るためにも粉骨砕身戦う所存です!」


 ヴィットが言った『あの子たち』…、言うまでもなくクラリスとリグのことである。

 ここで二人と対面して、突如芽生えた罪の意識で人格崩壊するほどの葛藤に苦しんだヴィット。

 しかし今ではそれは完全に吹っ切れて、彼の心の目には己の使命のみが純真に映っていた。

 狼の如く強い目で真っ直ぐに見返すヴィットを見て、ヘリオは鯔背(いなせ)に微笑む。


「いい目をしている…、もう大丈夫そうだな。ビバダムもありがとうな?、ヴィットがこうして立ち直れたのも、きっとお前の存在が大きかったはずだ」


「いえ、僕なんて…、今までこいつには迷惑をかけてばかりで…、教えられることばかりだったのに……」


「そうむやみに謙遜するな、お前の悪いクセだぞ? 確かに武人としての技量や経験はこいつの方が上かもしれんが、それ以上にお前の存在はこいつの心の支えになったはずだ…、なあ、そうだろ?、ヴィット」


「はいっ…」


 気恥ずかしさで神妙な面持ちを浮かべながら、ヴィットは芯のある声で答える。

 すると次は、ヘリオはヴィーボに声を掛けた。


「ヴィーボ…、お前にも本当に感謝している。この二人がこうしてやってこれたのも、お前が陰から献身的に支えてくれたおかげだ。お前はここに残るが…、それでも頼むっ…、こいつらと、俺たちと、気持ちだけでも一緒に戦ってはくれないかっ?」


「はいっ、もちろんですっ。ビバダム、ヴィット君…、俺の気持ちをお前たちに託すっ。だから、絶対に勝って生きて帰って来てくれっ…」


「ああっ、もちろんだ!」


「ふん、当然だろ…。まあ “その気持ち” とやらが何の役に立つかは知らんが、そこまで言うなら預かっといてやる…」


 意気高らかに答えるビバダムと、相も変わらずヴィーボにはぶっきらぼうを装うヴィット。

 何やかんやで信頼で結ばれた青年三人組の結束を前に、(いた)く兄貴分冥利に尽きるヘリオであった。




 一方、喧騒からはやや遠ざかった会場端のテーブルで、男二人で小粋に酒を飲み交わしていたのはアンピーオとアスター。


「こうしてあなたと二人で飲むのも久しぶりだな、アンピーオさん。正しい酒との付き合い方を取り戻せたようで何よりだ。出来ればかような騒がしい場所ではなく、街中の気が利いた静かな酒場で二人っきりで語らいたかったのだが、私もここに来て色々と多忙でね……」


「いえ、私は構いませんよ。大決戦を前にして血気昂る中で、久々に会った “大切な友” との懇親のひと時…、それもまた一興です。それに明日はアスター様もアスタリア号に乗船して、ユミディ川河口まで我々と行動を共にされるのでしょう?」


「ふっ…、それもそうだな。それにしても、せいぜい1ヶ月ぶりの再会にもかかわらず、随分と精悍な顔付きになられたものだ。頬の痛ましい傷跡ですら、あなたという男の価値を高めているようにも感じられる…。確か『ターニー嬢』と申されたか…、今のあなたならば、きっと御息女も父として誇りに思ってくれるのではないかな?」


「アスター様、ご冗談を…。未だ何も成し遂げていない私が、あの子に父として堂々と顔向けなど出来ましょうか…? 私が我が軍の勝利に多大なる貢献をして…、それでもようやく出発点に立てる程度でしょう…。私はそれだけの “負” を背負ってここに戻って来たのですから……」


「そうか…、あなたの気持ちも察さずにすまなかったな…。……アンピーオさん…、失礼ついでで申し訳ないが…、もう一つ無粋なことを伺っても良いかな…?」


「何でしょう…?」


 ここまで洒脱(しゃだつ)に交わしていた談笑を澱ませてまでして、アスターがアンピーオに尋ねたこと…、それは……


「この戦いに勝利し、この国に平和が戻ったとしても…、あなたはもう二度とヴェッタには戻らないのだな…?」


「はい。私は私で、戦後この国のさらなる発展の礎となる責務がある…。確かに()の地が恋しくないと言ったら嘘になりますが…、そんな利己心で再度祖国を見捨てるなど、それこそ一生娘に顔向けが出来なくなります」


「そうか…、ならばこれにて “作家サーニー” も完全廃業ということか…。思えば、我々の出会いはあなたの書いた『虫になった男』だった…。その縁が失われてしまうのは、何とも寂びしいものだな……」


 その端麗な顔を哀愁深く落ち込ませるアスターだったが……


「そう悲しい顔をなさらないでください、アスター様…。私はもうヴェッタには戻りませんが、彼の地での物書きとしての生活は、己を見つめ返すとても有意義な時間でもありました。ですので時間の許す限りで、これからもこの国で執筆を続けたいと思っております。そしてアスター様…、あなた様に文芸を愛する一友人としてお願いがございます。いつか次回作が書き上がったら、その原稿をヴェッタのあなた様の元へ送ります。それをサーニーの作品として世に出して下さいませんか?」


「ああっ、約束しようっ…!」


 己の弱さと葛藤を互いに包み隠さず曝け出し、ついには盟友となったアンピーオとアスター。

 二人は幾多の苦難を乗り越えた証でもある強堅な(てのひら)を、固く握り合った。


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