第25章 4.親の心子知らず 子の心親知らず
徒然と日々は過ぎ1週間後…、いよいよレイチェル御自らが率いる特務隊が王都へと出征する前日となった。
最終的に隊に選ばれたのは、ヘリオ、アリア、アンピーオ、ビバダム、ヴィット、ブリッド、トレック、ライズド、アイシス、マリン、そしてクラリスとリグ。
レイチェル本人を含めて、計13人の少数精鋭である。
さらにそこに戦場記者として、バラッドたちと一緒にやって来たロッソ・パンテリアが随行する。
そういうわけでその日の夜、旧北家邸にて…、特務隊に選ばれた皆を囲んで、決起集会兼壮行会が盛大に行われていた。
「お姉さまぁ……絶対に無事に戻って来てくださいね……」
「うん、ありがとう…フェニーチェちゃん…」
涙目になりながら、いじらしくクラリスに激励の言葉を贈るフェニーチェ。
結局彼女の中での『お姉様』or『お姉ちゃん』論争は、馴れ親しんだ『お姉様』に落ち着いたようだ。
ところで…
(もっと泣き喚かれて反対されるって思ってたけど、意外とあっさりとわかってくれた…。この子も成長したのかなぁ…?)
これまでの言動からして不自然なほどに聞き分けの良いフェニーチェだが、クラリスはその場ではあまり気に留めなかった。
さてフェニーチェが一旦クラリスから離れた後、入れ替わり立ち替わりに彼女の元にやって来たのは……
「クーちゃーんっ!」
クラリスの心の友ということで、会場に招かれていたスノウとソラだった。
「クーちゃん…本当に行くんだね……。そりゃあクーちゃんはセンチュリオン家の子供だし、あたしたちとは違う人生があるんだろうけど……、それでも悲しいよぉっ……」
「ごめんね…。でもこれは無理に参加させられたんじゃなくて、私たち自身がレイチェル様に志願したの…。父の無念を晴らしたいし、私たち自身で家の名誉を取り戻したいし…それに私の手でシエラを救い出したいっ……」
「ちくしょーっ、こういう時に限ってカッコいいこと言いやがってっ…。待たされる私たちの身にもなってみろってんだっ……ううううっ……」
「ごめんね二人とも……絶対にシエラを助け出して無事に戻って来るから……」
クラリスの髪に顔を埋めて咽び泣くソラ。
せめてもの慰めに、そんな彼女を気が済むまで自身の髪の中で泣かせてやろうとするクラリスだったが……
「クーラリスちゃーん!」
「わっ…!?」
「ぎゃあっ」
そこに空気も読まずにアイシスが突っ込んで来た。
ふわふわのクラリスの髪の中で夢心地に浸っていたソラは、その衝撃でポンッと弾き飛ばされる。
「ちょっとっ、何すんのよっ、オバサン!」
「だからオバサン言うな、小娘がっ。ふん、あなたなんかが心配しなくたって、クラリスちゃんはとっても頼りになるこのお姉ちゃんが守ってあげるわよ、ねぇ?、クラリスちゃん。あら?、あなたがスノウちゃんね?、とっても可愛らしいわねぇ…、私はアイシス、よろしくね?、でゅふふふ……」
一転、スノウに下卑た笑みを投げかけるアイシス。
「ど、どうも…こんばんわ……スノウです……」
(ええ…、なんなのこの人……。確かにこないだの温泉旅行の時に一緒にいたけど…。すごく綺麗な人なのに、なんていうか残念な感じがすごい……。てかクーちゃんの “お姉ちゃん” ってどういうことなの…。確かに髪色はそっくりだし、お姉さんがいるとは聞いてたけど……、でもこの人クーちゃんから聞いてた話となんか全然違う印象……)
眼前に現れた不審な女の姿に、警戒心を露わにするスノウ。
するとそこに…
「あらぁ、マリンちゃん、こっちにいらっしゃーい」
「………ッ?」
そこそこ離れた場所にいたマリンを、アイシスはあたかも近くを通りかかった感覚で呼び寄せた。
おどおどと小さい体を一層縮こませて、こっちへとやって来たマリン。
「うふふふ…、マリンちゃんも一緒に行くのよねぇ」
アイシスはマリンを愛玩人形の如くぺたぺたと弄る。
「あのぅ…、マリンさん…大丈夫なんですか……?」
心配げに尋ねたクラリスに対し、マリンは生気を失くした操り人形のようにただ小さく頷いた。
実はあれから…、治癒術を修めるべくアイシスの弟子になると意気込んだは良いが、彼女の変態的な修行に付いて行けず逃げ出してしまったマリン。
ところが、いざ自宅で独学で修行を再開すると、これまでとは比べ物にならないほど魔素が研ぎ澄まされ、修行は大いに捗ったのだ。
誠に不可解な話ではあるが、アイシスの性欲の吐口にしか見えなかったあの日々には、ちゃんと意味があったのである。
こうして大変不本意ではあるが、マリンは再びアイシスの元へと舞い戻った。
そんなわけで、二人の爛れた主従関係は今もなお続いている。
それからしばらくして…
「あ、お父ちゃーん!」
人混みの中から、一際大きな体格をした父ディノンを見つけたソラ。
「お父ちゃん、いつも話してるクーちゃんだよ!」
ソラは意気揚々とクラリスを父に紹介した。
「は、はじめまして、クラリス・ディーノ・センチュリオンと申します…」
「こ、これはセンチュリオン家のご令嬢…、はじめまして、私は公設市場の市場長をしておりますディノン・テューラ・クロベロと申します。ウチの馬鹿娘が大変お世話になっているようで……。あのう…、ウチの娘は何か粗相などはしておりませんでしょうか…?」
「い、いえ…その……、私の方こそソラさんにはとても良くしてもらっていて……」
『粗相』と言われればキリがないが…、ここはソラの父親の前で大人の対応を見せるクラリス。
「そうそう、クーちゃんったら私がいないとダメなんだからぁ、あはははっ」
「ソ、ソラっ…?、お、お前と言うやつはっ……」
「だ、大丈夫です……お気になさらないでください……」
(この子のお父さんも大変だなぁ……)
場の空気を読まない不逞な娘に対しさぞかし胃が痛むであろうと、クラリスはディノンに甚く同情の念を抱く。
「そうだよ、大丈夫だって、お父ちゃん。私とクーちゃんはもうっと特別な仲なんだから、ねぇ?、クーちゃん」
「…………………」
再びクラリスの髪にボスっと顔を埋めるソラ。
その横では、アイシスがマリンをがっちりと抱き締めたまま、刺々しい眼差しを向けている。
「本当にお前というやつは……。だいたい外では『お父ちゃん』と呼ぶなとあれほど言っただろうがっ。しかもセンチュリオンのお嬢様の前でなんとみっともない……『お父様』と呼びなさいっ」
「えっ………ぷっ…ぷっぷっぷっ……ギャハハハっ!、『お父様』だってぇっ〜!、これが『お父様』っていう面かよ〜!、腹痛いっ〜!、ギャハハハハっ!」
公の場であまりにも品のない哄笑を上げるソラ。
出席者大勢の奇異の目に晒されて、父ディノンは今にでも破裂しそうなぐらいに顔を真っ赤にしている。
「ううう……これではとてもじゃないが嫁の貰い手もないな……何故こんなふうに育ってしまったのか……」
ふくよかな強面の顔が泣きっ面へと変わろうとしていたディノンだったが……
「大丈夫だって、お父ちゃん! お嫁に行けなかったら、私がちゃーんとお父ちゃんの跡を継いであげるからさ!」
「……ソラ…お前………うっ…うううう……この馬鹿娘が………」
年甲斐もなく、人目憚らず男泣きをしてしまったディノン。
その涙が悲しさ故のものなのか、はたまた嬉しさ故のものなのか…、それを知るのは彼本人のみである。




