第4章 13.辛すぎる再会
あの壮絶な戦闘の直後、私は1台の馬車を追いかけている。
咄嗟に駆け出した私に対して、アリアが何かを言っていたが、その時の私には敬愛する彼女の言葉すら耳に入らなかった。
何故ならば…、この不審な馬車とすれ違う際、私は見てしまった……
馬車の運転席に二人の男が座っていたが、そのうちの一人は……あの日ジェミスに鞭を打っていたあの男だったのだ!
ジェミスを痛ぶりながら浮かべていた、あの下衆な笑みは嫌でも忘れない…、そして閉ざされたあの馬車の荷台…あれは間違いなく私たちを奴隷として運んでいたものと同じタイプだ。
(となれば、まさかあの中にジェミスが…!?)
彼女が私たちジオスを憎んでいる…、仮に救えても憎悪の念を向けられるかもしれない…。
昨日まで燻っていたこの不安は、すでに私の中では完全に消え失せていた。
ジオスだかガノンだかなんて関係ない。
彼女にどう思われようと私はジェミスを救いたい…、ただそれだけだ。
仮にジオスの人間という理由で彼女に嫌われても、私は自分の行いを後悔しないだろう。
私が彼女を救うことで、彼女が幸せになれる…、それだけで私は十分だ。
ところで馬車を追いかけるも、やはり一小娘に過ぎない私の足では追い付くのは至難で、差はますます広がり、このままでは馬車を見失ってしまう…。
足にやるのは初めての試みだ…上手く成功するか何の保証もないが…、やるなら今しかない…!
そう決意すると、私は一旦立ち止まり、走り続けて息切れしている呼吸を何とか整えて精神を研ぎ澄ませる。
魔素を昂揚させて、それを術式と一体化させる…、そして周囲の大気中のマナを両脚に纏わせるイメージで…。
まもなく、私の両脚が何だか熱くなり、ズーンとした重さを感じる…。
この感覚は…どうやら発動したようだ。
恐る恐る足を踏み出すと、私の両脚はまるで荒野を駆け出す獣のように軽やかに動き出した。
身体強化の術を私の両脚に使ったのだ。
一気に、私が追う馬車との距離を縮める。
とはいえ、連中がどこへ行くのか突き止めなくてはならない。
下手くそながら、走る速さを加減して、馬車と一定の間隔を取って尾行をする。
こうして男たちが乗る馬車を追いかけること数十分…、馬車は路地奥を抜けて廃倉庫が並んだ区画に入り込んだ。
戦闘による損壊は見当たらない…、全体的に酷く寂れており、どうやら戦争が始まる遥か以前から、放棄されてこのままの状態だったようだ。
廃倉庫群に入り込んでさらに追いかけること数分、両側に廃倉庫、奥が煉瓦の壁で突き当たりになった袋小路で、停車した馬車を発見した。
その場で私が見たものとは……
首輪と枷を付けられた、ざっと見て10人はいる少年少女の姿…。
しかし…それは皆意識のない、屍同然の状態だった……。
生きているのか死んでいるのかはわからない…、しかし意識のない彼らは、まるで丸太のようにぞんざいに地面に転がされていて、その様はとてもではないが人間に対する扱いではなかった。
「な…なんて酷い……」
あまりもの惨たらしい光景に、思わず無意識に声が出たその時だった…!
馬車の荷台から男二人が担ぎ出して来たのは……長身で橙色の髪をしたキリッとした顔立ちの少女…。
「ジェミス…!!!」
他の少年少女同様に、物同然に運ばれる彼女の姿を一目見て、私は咄嗟にそう叫んだ。
変わり果てたジェミスの姿に、怒りと悲しみと絶望が、瞬時に私の心を支配する。
男二人が私の存在に気付いた。
「何だ、このガキは…? ん…、アレってジオスの魔導部隊のローブじゃないか!?」
「いやいや…、こんなガキが魔導士なわけないだろ…」
「それもそうだな。嬢ちゃん、こんな危ない場所でごっこ遊びはいけないなあ…」
男たちが私にゆっくりと近付いて来る。
「しかし、何でこんなとこにいるのかは知らねえが、えらい上玉だぞ、こいつは…。この娘だけでも相当な金になるぞ」
「ああ…、こいつらをさっさと処分して、奴隷仲介なんざ危なっかしい仕事からは足洗おうと思ってたが…最後に少しだけ稼がせてもらうか…へへへ…」
男たちは下衆な笑みを浮かべながら、私との距離を徐々に縮めていく。
しかし、男たちに対しては、何の恐怖も緊張もなく、それどころか男たちの会話すら全く耳に入らなかった。
「ジェミス…ジェミス……」
私は彼女の名を、呻くような悲痛な声で連呼する。
意識して言葉を発したのか、それとも無意識に言葉が出てしまっていたのか…どちらだったかはわからない。
とにかく、心がギシギシと握り潰されるような、酷く苦しくやるせない感覚を覚えた。
ジェミス…どれだけ辛い思いをした来たのだろう……
痛ぶられて無惨に殺される…どんなに怖かっただろう……
誰にも愛されず…こんな悲惨な最期しか迎えることが出来なくて…、彼女の人生とは何だったのか……
(ジェミス…ごめんね……もっと早く助けに来れなくて……)
…………………………
「うああああああああっ!!!」
突如、その場で発狂するかのように絶叫した私は、条件反射的に男たちに右手をかざす。
そして理性を失い、連中への怒りと憎しみに駆られた私は、威力を加減することも出来ずに、為すがままに男たちに向けて雷球を放った。




