第25章 1.一年ぶりの再会
これより第25章に入ります。宿敵ゲネレイドを討つべく、いよいよ最終決戦に入るレイチェル率いる王国義勇軍。王国の未来は…、そしてクラリスとリグの運命は如何に?
作品完結に向けての構想は出来上がっているのですが、個々のエピソードの繋げ方、キャラの起用、伏線の回収などなど…、そこに至る過程についてはまだまだ手探り状態です。それでも、何としてでもこの作品を最後まで書き切りたいと強く思っています。引き続き応援いただけると嬉しいです!
「遠方にアスタリア号確認!、総員、至急受け入れ作業開始!」
フォーク港の監視塔から、敷地全体に轟く号令が発せられる。
フェルトを出航したアスタリア号が、1週間の航海を経てジオスに到着したのだ。
船員たちにとっては、何度も繰り返している己の生業の一風景に過ぎない。
それでも、今回も無事任務を終えたという達成感と安堵感から、強面の彼らの顔も自ずと綻ぶ。
そして言うまでもなく、再びジオスの地に降り立つフェニーチェたちの喜びと感慨は一入であった。
「すごいっ、すごーいっ、わたしたち本当にジオスにやって来たのね!、この街は初めてだけど、もう雰囲気だけでジオスに来たってわかるもん! ねえねえお兄様、お姉様たち来てるかな?」
「さあ、どうだろうね? 僕らがフォークに向かっていることは通信で届いているはずだし、もしかしたら港まで来てるのかもしれないけど…」
(リグ…待っててくれよ……。俺はやっと本当の気持ちに気付けたんだ…。性別だとかそんなもん関係ねえ…、俺はお前の全てを受け入れてこの想いを伝える…それだけだっ…!)
……………………
こうして一行は、アスタリア号に接続された送迎ボートに乗り換えて、ついにジオスの土を踏んだ。
すると…
「あっ!、お姉さまっ〜!」
100メートルほど離れた遠方にもかかわらず、まさに動物的直覚でクラリスたちの姿を発見したフェニーチェ。
「フェニーチェちゃんっ…!?、それにみんなもっ…!」
「みんなっ…!?、来てくれたのかっ…?」
クラリスとリグは居ても立っても居られず、皆の元まで駆け寄った。
「みんな…、本当に久しぶりね……、でもどうして……」
「ターニーがうちにやって来たんです。それで彼女から姉様たちのことを聞いて…。僕たちも同じセンチュリオン一族として何か出来ることはないかって…、父上を説得して、みんなで話し合ってジオスに来たんです」
クラリスの胸元に恍惚と顔を埋めて離さない妹を尻目に、皆を代表して事情を話すバラッド。
「そうだったの…。でも、またこうしてみんなに会えて本当に嬉しい…、来てくれてありがとう…。でもすごいね、ターニーちゃん…、本当にあのままフェルトまで行っちゃったんだ…。じゃあもしかして、みんなもミーちゃんを……」
「ええ、本当に腰が抜けるぐらいにビックリしましたよ…、この世に竜が実在するなんて……。でも父上が甲斐甲斐しく世話をして匿ってくれたおかげで、大事にはなりませんでした。それよりも…、その…フェルカ姉様のこと……」
「うん…、もちろん今でもとっても悲しいし辛いけど……、でもお姉ちゃんは私たちやお世話になった人たち…、そして一生の愛を誓い合った人に見守られて天界に旅立ったの。最期はとても綺麗で安らかな笑顔だったよ…。だから…、お姉ちゃんの人生は短かったけどすごく幸せだったんじゃないかな…」
「はい…、ターニーもそう言ってました…。そんな幸せになったあの人に一目でも会えなかったのが、僕らにとってはとても心残りですけどね……」
皆から姉として慕われた亡きフェルカを偲んで、沈痛な面持ちを浮かべる一同。
そんな中で…
「えっ、お姉様……、今フェルカお姉様のこと『お姉ちゃん』って……」
フェニーチェが顔をきょとんとさせて言葉を溢す。
「うん、ヴェッタでね、私たちはもう名家の令嬢じゃなくなったから…。それにそっちの方がお互いに気兼ねなくいられるって思ってね」
「じゃ、じゃあっ…、わたしもお姉様のこと “お姉ちゃん” って呼んでもっ……」
「う、うんっ…、もちろん…。ていうか、初めっからそう呼んでくれても、私は全然構わなかったんだけど……」
大きな目をキラキラと輝かせて、クラリスにぐいぐい迫るフェニーチェ。
その圧に押されて、安らかなクラリスの笑顔も思わず引きつる。
(はあああぁっ、クラリスお姉様のことを “お姉ちゃん” ……なんて素敵な響きなの…。あ、でも…、お姉様はわたしにとって憧れの人……、イメージ的にもまさに “お姉様” って感じだし……。“お姉ちゃん” なんてちょっと馴れ馴れしすぎるんじゃ……。ええっ〜、どうすればいいのぉ〜!)
「ねえねえお兄様、“お姉様” か “お姉ちゃん” かどっちがいいかな〜?」
一人勝手に苦渋の選択に悩まされるフェニーチェ…、何故か兄バラッドに助けを求める。
「知らないよ、そんなの…。姉様がああ言ってくれてるんだから、お前の好きなように呼んだらいいだろ?」
「それができないから聞いてるんでしょっ!、もうっ、お兄様のわからず屋!」
顔を真っ赤にして、ぷんぷんと兄に八つ当たりするフェニーチェ。
バラッドにとってはとんだとばっちりである。
だがいつしか、そんな兄妹の滑稽な寸劇が、沈んだ場の空気を心なしか朗らかに変えていた。
ところで…
(リグ…やっと会えたな…。この一年間、どんだけお前のことを待ち焦がれたことか……。今こそ俺の想いを………ん…?、あれ……)
ようやく “愛しの” リグと再会を果たしたアルタスだが、何やら様子がおかしい。
「な、何だよ…アルタス……。何じっと黙ってこっち見てんだよ……」
(こいつ “リグ” …だよな……? いや…、どっからどう見てもリグなんだけど………あれ?、俺どうしちまってたんだ……)
何しろ1年ぶりの再会…、ましてやリグは過酷な長旅と修行を経て、時の流れ以上に大きく成長していた。
あの日一目惚れした “リグちゃん” の姿が、ずっと脳裏に焼き付いていたアルタス。
だが今、現実との落差を眼前で見せ付けられて、彼は囚われていた甘美な幻想からポイッと放り出されてしまった。
「な、なんでもねえよっ…!」
「なんだよ…何をそんなにムキになってんだよ…。そんなことより、なあアルタス、あとで俺の通ってる学校の友達とフットボールしようぜ? 前のフェルトじゃあできなかっただろ?」
「お、おう…、いいぜ」
(くそぉ……俺のこの一年は一体何だったんだよ……)
さすがにまだ思春期のアルタス…、ブリッドほど “手遅れ” ではなかったようだ。
こうしてアルタスの初恋は、後味の悪い徒労感だけ残して淡雪の如く溶け去ったのだった。
さて、それからマルゴスとレーンとも再会を喜び合ったクラリスとリグ。
さらには…
「……ッ?、クラリスっ…、リグっ……お前たちっ……!」
「あっ…?、あなたは…あの連絡船の副船長さっ……わっ…!?」
アスタリア号のあのスキンヘッドの男…、クラリスとリグの姿が目に入るやいなや、情動に駆られるがままに二人をその太い腕でギュウっと抱き締めた。
「うううっ…お前たち……こんなにも小っせえのに苦労したんだなぁ……。あの時お前らの境遇を何も知らなくて、厳しく当たってしまって本当にすまなかったなぁ……うおおおおんっ…!!!」
「あ、あのぅ……副船長さんっ…、ちょっと苦しいんですけど……」
「わかったから、いい加減離してくれよぉっ〜」
音を上げるクラリスとリグの声など耳に入らない様子のスキンヘッドの男。
二人をがっちりとホールドしたまま、野獣の咆哮の如く号泣する彼だったが……
「おい、やめろ、みっともねえ…」
相方の顎髭の男が、どすが利いた濁りのない声で咎める。
「おっと、すまねえ……つい……」
途端にシュンとしおらしくなったスキンヘッドの男は、クラリスたちからその手を離した。
「あ、ありがとうございます……お久しぶりです…船長さんも……」
あの連絡船内では、船員皆に恐れられる存在だった顎髭の男。
再会を嬉しく思いながらも、クラリスの声は緊張でやや固くなる。
「ああ、おかえり」
顎髭の男は相も変わらずぶっきらぼうに、ただそう一言のみで答えるが……
「はいっ、ありがとうございます!」
クラリスとリグは声を揃えて、明快に返事を返す。
その瞬間、顎髭の男の仏頂面は優しく綻んだように見えた。




